任務:徳妃の色香を抑えよ⑤
「徳妃殿、お加減はいかがですか」
枕元にかけていた
部屋の隅にいた私は慌てて椅子から立ち上がり、寝台の上を覗き込む。
「わたし、どうしたのかしら……」
「頭で気が滞っておりましたので、
肌に血色のもどった秀徳妃は、仰向けになったまま困惑気味に視線をおよがせる。
覇葉語での会話に限界がきたのを私は察し、橙さんの背後から通訳に入った。
「お脈を拝見したところ、
橙さんの声色と表情が一段やわらかくなる。
その姿はいつもの元気な少年ではなく、言うなれば保健室の先生のような温かみがあった。
「
徳妃の目が大きく開く。
「この国の医師は……人の
不安げな声色でたずねる徳妃に、橙さんと私は思わず顔を見合わせる。
徳妃は慌てて上体を起こし、恥ずかしそうに布団で口元を隠す。
「ごめんなさい。祖国ではまともな医師にかかったことがなくて」
王女でもそんな扱いなのかと驚く私の横で、橙さんは困ったように笑み「医学における
「そうですね……僕ら医師は、
徳妃と目線を合わせ、わかりやすい言葉でゆっくりと話す橙さん。
胸の固い結び目がだんだんとほどけるように、徳妃が口を開く。
「以前から……驚いたりショックなことがあると突然息がうまくできなくなったり、感情が抑えられなくなることが。ここに来てからはあまり無かったのだけど」
「失礼ですが、今は月のものが近いですか?」
「そうね」
「月経前は何かと不調が起こりやすいですからね」
「それは知っているけれど、他の皆は私のようにならないわ。やっぱりどこかおかしいの?」
徳妃は布団の
彼女が口にした『おかしい』は、体の不調だけを指しているとは思えなかった。
私に向かって『おかしくなんかない』と必死にうったえた彼女の姿が頭によみがえった。
「突発的な発作はおそらく、体を流れる気や
この国…というかこの時代の医療は呪術的な要素も濃い。日本にもはびこっていた、病の正体を物の怪ととらえる様なやつだ。
医師になるため学ぶ医学の中には鍼や薬学とならんで呪禁という科目があるそうで、橙さんの同僚である宮廷医官の中にも呪術師のような風貌の者が当たり前のようにいたりする。
しかし人体オタクの橙さんはそっち方面に全く興味がないようで、あくまでも身体的な疾患としてとらえ見解をのべた。
「治るのは難しいってこと……」
布団を握ったまま落胆するように視線を落とす徳妃。
そんな彼女の手を橙さんが自分の両手で包み込む。
「いいえ。
『一緒に』という言葉に徳妃は顔を上げ、目に涙を浮かべながらうなずく。
彼女は橙さんに示された道筋そのものよりも、そこにある温かみに心が震えたようだ。
私は2人の間で空気のように通訳に徹していたが、会話が終わるのを察するとその場で両膝をついた。
「申し訳ありませんでした。刺激の強いものをお見せしてしまって……。お倒れになるなんて、さぞ不快な思いをされたでしょう」
手を床につき頭を下げながら、己を心の底から恥じた。
私はBLが特殊な題材だという至極当然のことをすっかり忘れていたのだ。BLは好む者のほうが「腐って」いるのであって、むしろ受け付けない人の方が多数だ。
「ああ違うの。あなたのせいじゃない」
徳妃はこちらを向き慌てた様子で否定した。
「……?」
私は顔を上げる。
徳妃は無造作に下ろされた髪を耳にかけながら呟いた。
「ただ思い出してしまって。昔の治療を……」
「治療?」
私よりも先に橙さんが反応を示した。
「私は……罪人だから────」
ブルーグレーの瞳が憂いに伏せられた。
彼女の口から語られたその"罪"を、私は全く予想していなかった────わけではなかった。けれどそうだとしたらあの行動は、あの眼差しは整合性に欠ける。だから無意識のうちに除外していたのだ。
その罪の本質と複雑さを知った私はまた、自らの浅はかさを知ることになる。
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後の繋がりの関係で今回短くてすみません。代わりにこぼれ話を2つ。
【こぼれ話】
その①
トウコが四夫人の宮を訪れる時、2回目以降はなるべく1人で行きます。
これはトウコの言語能力がバレるのを防ぐためです。
たとえば紫雲とトウコが話しているのを徳妃が見ると、覇葉語と妟肖語で会話しているように聞こえて不自然です。
なので外国人の妃の前では2人はあまり会話しないようにしてます。
その②
女性がショックのあまり気絶するというのは中国時代劇ドラマあるあるです。自分で自分の頬を叩く、花園で喧嘩などもそうです。
いつか水中キスとか毒酒飲んで血を吐くとかもさせてみたいですね(誰に)。
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