任務:徳妃の色香を抑えよ②

「これ、もしかして本物ですか?」


私はしゅう徳妃の腕にはめられたダイヤのブレスレットを覗きこんでたずねる。


「ええ。祖国ではこういう石がよく採れるの」


覇葉国のアクセサリーは真珠や翡翠ひすいなどの光らない石が主。こういうキラキラした"ザ・宝石"は珍しくて私はつい目を奪われてしまった。


覇葉国の西南に位置する妟肖あんしょう国の鉱山では、ダイヤやルビーなどの宝石が採掘されるようだ。


「ダイヤって、本物は初めて見たかも……」


細い腕輪にびっしりはめ込まれたダイヤが全て本物なら、片腕だけでマンションが買えるはずだ。

しかし徳妃の装いが決して下品にならないのは、肌の色や服との組み合わせが計算されているからだろう。


「……この国には偽物があるの?一体何から作られるのかしら……」


宝石に釘付けになる私に不思議そうな顔をする徳妃。

隣に座る紫雲さんから無言の圧力がかかった。


(……しまった)


何とかやりすごしながら私たちは徳妃らと歓談した。

しかし、やはり彼女の人柄や思考に問題は見受けられなかった。


陛下の来訪の際通訳をつとめたという侍女さんが言うには、あの時も今と同じく終始和やかな雰囲気だったそう。

なぜ陛下がいきなり帰ってしまったのか、侍女さんらも見当がつかないとのことだった。



結局大した収穫も得られぬまま、この日はお開きとなった。

蝋梅ろうばい宮を出ようとした時、私はふとこの宮では覇葉人の女官も顔回りに厚手のベールを巻いているのに気付いた。


「このベールは徳妃の指示で?」


「いえ、冬はこれを巻いている方が暖かいので」


私がたずねると覇葉人の女官さんはベールを掴んではにかんだ。

なるほど防寒のためか。


「宦官服は支給されていませんか?こちらの方がきっと暖かいですよ」


私は自分の服の袖を引っ張って言う。宦官服の方が肌の露出は少ないし、ゆったりしているので中に沢山着こむことができる。女官服とは雲泥の差だ。

すると女官さんは少し言いにくそうに視線を下げた。


「その、いただいてはいるのですが……徳妃様が美しくない姿をあまり好まれないので。それに徳妃様があの薄着だと私達だけ着込むのも何だか申し訳なくって」


「ああ、確かに」


徳妃の衣装は寒そうだった(特に胸元が)。


いつ陛下の来訪があっても良いように、蝋梅宮の女官たちは常に美しくいるよう徳妃に言われているらしい。


「そういえば、徳妃様はいつもベールを被らないのですか?」


ただでさえ寒そうなのだからベールくらい巻いていれば良いのに、と単純に気になった。


「いえ。こちらに来たばかりの頃は被っていらっしゃいましたよ」


どうやら徳妃は陛下に拒否されたあの夜以降ベールを外すようになったそう。その理由はやはり自分の"武器"をアピールするためだという。


徳妃は陛下のお渡りがないのをひたすら自分に魅力が足りないせいだと思っているらしい。

なるほど、だからあの媚薬に頼ろうとしていたのか。


「祖国でも家の中ではベールを外していたようなので、さほど抵抗は無いとおっしゃっていましたが……」


女性の美しさは夫にだけ見せるもの。他の男性の目には晒してはいけないというのが妟肖国あんしょうこくのルールなので、家の中ではけっこうオシャレを楽しんでいたようだ。


「でもここは宦官も出入りしますし、外すの結構勇気がいるんじゃないですかね。それに寒そうだし(特に胸元が)(2回目)」


私がそう呟くと女官さんもうなずいて、嘆くような声を漏らした。


「徳妃様がこんなに涙ぐましい努力をしていらっしゃるのに、陛下はなぜ来てくださらないのでしょうか」


まったくその通りである。

後宮の妃として常に美しさを保ち、陛下の来訪を健気に待ち続ける徳妃。言っちゃ悪いが他の妃とは比べ物にならないほど模範的な女性ではないか。

そんな彼女をなぜ陛下は避け続けるのだろうかと疑問は深まるばかりだった。



*   *   *



「どうでしたかトウコさん。問題は見つかりましたか?」


蝋梅ろうばい宮からの帰り道、すこし寒さの和らぐ日差しの下を私と紫雲さんは歩いた。


「特に……見つからなかったですね」


「……そうですか。女性の目ならば何か見つかるかと思ったのですが」


足取りは行きより重い───が、任務である以上分かりませんでは済まされないので私は続ける。


「ではなぜ陛下が徳妃を避けるのか、ですけど────まず思いつくのは外交問題ですかね。覇葉国と妟肖あんしょう国の関係が悪化してるとか」


徳妃自身に問題がないのであればやはり、本人のあずかり知らぬ事が原因ではないかと思う。


「それは私も気になって青藍に聞いてみたのですが、今のところ関係は良好のようですよ」


紫雲さんが少し申し訳なさそうに眉尻を下げて言った。

……そうか。宰相の息子である青藍さんが言うなら間違いないだろう。


最有力案が消え、私の頭にはできれば口にしたくなかったもう一つの推測が浮かぶ。


「じゃああとはもう、単純に────」


足元に目をやると溶けた霜で靴が濡れている。じっとりと冷たい感触に私の足が止まる。


「徳妃は陛下の好みではないのでしょう。残念ながら」


紫雲さんも足を止め、やはりそうかと言わんばかりの白く大きなため息をこぼした。


私は秀徳妃のセクシーできらびやかな衣装と豊満なスタイルを思い出した。

内面はともかくあの魅惑的すぎる容姿は、この国で良しとされる貞淑な女性像とは少しずれている。


それに、たとえば峰不二子を目の前にして実際に飛び付ける男性は少ないだろう。

あの純朴そうな陛下のことだ。徳妃があまりにも色っぽすぎて目のやり場に困るとか、そういう理由で苦手意識があるのだろう。

だから訪問した夜もしとねに入らず逃げた、と。


であれば陛下と徳妃の問題は、男女間において最も単純で、しかし難しい問題だ。


私たちは濡れた地面を再び歩き出す。


「なので私が徳妃に何かするとしたら、もう少し落ち着いた衣装を着ていただく───とかですかね。あの匂い立つような色香を抑えるために」


「匂い立つ、ですか……」


紫雲さんが珍しく前を向いたまま、考え込むような声をもらした。


私はたずね返す。


「何ですか?」


「いえ徳妃のですね、"匂い"が何か……前から気になっているんですよ」


「あのアジアン雑貨店の匂いですか」


「何ですかアジアン雑貨店って」


紫雲さんに言わせれば、あの部屋の匂いはさほど気にならないらしい。日頃から香やら線香を焚いている国の人は鼻が慣れているのだろう。


彼が言っているのはもちろんその匂いではなく、彼特有の女性に対する"嗅覚"のことだ。


「何か気になるのは……少しわかります。徳妃ってどこか謎めいてるというか。でも悪い人ではなさそうですし、少なくとも陛下の来訪を待ち望んでいるのは本当だと思いますけどね」


彼女が陛下について語る表情、そして庭の蝋梅ろうばいの花を見つめる寂しげな眼差し───あれは演技でできるものではない。


これについては紫雲さんも否定せず、でもどこか曖昧な反応を見せた。


「……そうですね。私の感じた違和感もかなり微弱なものでしたし」


たとえ徳妃に何か隠し事があったとしても、一度会っただけの陛下がそれに気づいて寄りつかなくなるとは考えにくい。


紫雲さんの感じた"違和感"については、今後何かしらのアクションを起こす中で探っていこう────そんな認識を共有したところで、私たちは本題に戻る。

我々が徳妃に対しどんなアクションを起こすかだ。


「トウコさんの案ですが……身なりを変えていただくのは確かに何かのきっかけにはなりそうですね。ただ美意識の高い方ですし、我々が言って聞き入れていただけるでしょうか」


紫雲さんの言うとおり徳妃は女官たちのファッションにも気を配るほどの人だ。

そんな彼女が、寒いからと宦官服を着ている女官(私)なんかにアドバイスされた衣装を着てくれるとは思えない。

私は考えながら片腕を軽く上げ、宦官服の袖を見つめる。


「……あ、陛下からの下賜かしとして衣を贈れば?」


言いながら紫雲さんの方を向く。


「彼女の場合、何を贈るかではなく誰が贈るかですよ」


陛下からであれば袖を通さないわけにはいかない。しかもその衣を見れば、言わずともこちらの意図(陛下の好み)に徳妃自身が気づいてくれるかもしれない。


これには紫雲さんも「良案ですね」と迷わず同意してくれた。


私は続ける。


「それに問題があるのは、徳妃を避ける陛下の方だと思いますし……その理由も探りつつ私から頼んでみますよ」


陛下が徳妃と面会したのは私が召喚される前、去年の冬のことらしい。


私がこの世界にきてから10ヶ月ほど経っている。

その間に陛下もずいぶん人間らしくなったというか、無表情の裏に隠れていた優しさに気づかされることが何度もあった。


今の陛下なら、徳妃のことをきちんと話せばきっと分かってくれる────そう期待を込めながら私は清龍宮へ向かうことにした。

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