任務:太后の手紙を解読せよ①

寝ても覚めても、目の前に広がる景色はあかあかあかあかあか────

私は闘牛か。

「白って二百色あんねん」とか言われるけれど、この国の赤は何色あるんだろうか。



覇葉国の建物は本当に落ち着かない。赤で統一された配色もそうだけど、調度品や壁絵なんかでもいちいち装飾が細かすぎるのだ。


もちろんはじめはテーマパークみたいでテンション上がる。でも夢の国のホテルだって何泊もするもんじゃない。


ああ、質素な日本家屋が恋しい……。


桃娘娘トウニャンニャン、紫雲様がお呼びです。今から仏殿に来るようにと」


私を呼んでくれているのはお団子ヘアーの女官ちゃんだ。

桃娘娘……呼ばれるのはまだ許せるが字面は見たくない。


覇葉国に召喚されて数日。私には後宮内で空き家だった「昴宮すばるきゅう」というお屋敷が与えられ、そこに住んでいる。


はじめは紫雲さんが「私の屋敷に来ますか?」と誘ってくれたのだけど、あの色気ムンムン男子と同じ屋根の下で暮らすのはちょっと、色々危なそうなので遠慮した。いや、宦官なのだから何が危ないんだっていう話だが。


そういえばこの後宮について補足。

国王陛下には妻が数百人いるというのはあながち間違いではないのだが、厳密には違う。


陛下の妃は現在23人。正妻である王妃様と側室の四夫人(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃)、その下に十八嬪と呼ばれる18人の女性がいる。(内訳は省略)


昔はもっと多かったらしいが近年減少傾向にあり、じっさい十八嬪は何人か欠けてたりもするらしい。


それ以外の女性たちはいわゆる下働きの女官さんで、共同宿舎で寝泊まりしてる。


中国風の後宮にしては小規模だなと不思議に思っていたのだが、どうやら覇葉国というのはそこまで大きい国ではないらしい。

国自体は大きな大陸の上にあるのだが、まだ統一がされていないそうだ。

ゆえに周囲には同じような小国がいくつも存在していて、それぞれ独立した国家を築いている。


そういえば、この国では陛下は常に「国王」と呼ばれ、「皇帝」とは言わない。妻のことも「皇后」ではなく「王妃」と呼ぶ。それはこの国の形態が関係しているんだろうか?……うーん、言葉って難しい。



そんな国の後宮で今の私は陛下の妃嬪ではないけれど、聖人(仮)ということで妃嬪と同じようにお屋敷や世話係の女官を与えられている。


「じゃあ、行ってきますね」


「本当にお供しなくて良いのでしょうか?」


「大丈夫」


妃嬪はどこへ行くにも必ず侍女を伴うものらしいが遠慮したい所存。


───しかし紫雲さん、何の用事だろうか。


『まずはトウコさんの聖人としての処遇が正式に決まるまで、この昴宮でゆっくりしていてくださいね』


と言われていたはずなのだが……。



*  *  *



昴宮から仏殿は目と鼻の先なのでさっそく足を運ぶと、そこには既にいつもの3人が集まっていた。

憂炎陛下は以前とは違い黒の衣を着ている。以前着ていた白色はこの国では喪服の色だったらしい。


「急に呼び立てて申し訳ない。貴殿にこれを読んでもらいたいのだが」


いくぶんか高圧的ではなくなった丸眼鏡の青藍さんから渡された紙。大きさはB5くらいで、全体的に黄ばんでいて表面がザラザラしている。後宮にしては質の悪い紙だ。


「あ、初依頼ですか?ずいぶん早かったですね」


「ええ。実はまだあなたの処遇は審議中なのですが、ちょっと不測の事態が起こりまして……取り急ぎこちらだけ先にお願いしたいのです」


紫雲さんが少し困ったように眉を下げ言った。


「これは先月亡くなった陛下の母、王太后様の遺品です」


文字は二行くらいしか書かれていないが、バオ族という少数民族の言葉で書かれているらしい。

ちなみにバオ族はかつて覇葉国が侵略した地の民族。そのため今は消滅しているが、その血筋の者は覇葉人として今も普通に暮らしている。


そしてこの遺品は王太后様に宛てられた手紙であること、差出人はバオ族の血筋であるコウという女性だということが既に分かっている。


「後宮でバオ語が読めるのは、かつてコウ氏からそれを教わっていた王太后様だけでした。もちろん外から学士を呼べば読むことも出来ますが、内容が分からないうちは、なるべく外部に漏らしたくないのです」


康氏はかつて後宮にいた女性、しかも前国王(つまり憂炎陛下のお父さん)の妃嬪だった人。

そして康氏はかつて憂炎陛下の乳母でもあったという。

その頃に今の王太后様へバオ語を教えていたというわけか。


「分かりました」


とりあえず手紙の文字は簡単に読めそうなので、さっそく読み上げてみる。


「『これが最後の手紙になるでしょう、バオ族の忠誠心を侮らないでください。』と、書いてありますね」


「………」


目の前の3人の青年はそろって落胆した顔を見せた。


「そう……ですか」


哀れみの混じった声を漏らしたのは紫雲さん。


「はい」


「……」


一同沈黙。




制作・著作


━━━━━


 ⓃⒽⓀ




「……どういう意味か、分かるのか?」


沈黙に耐えかねたのだろう。今度は青藍さんが私にたずねる。

こちらは紫雲さんとは違い、声色には少しの同情も期待もにじまない。


「分かりません」


そんなの分かるわけがない。



見かねた紫雲さんが補足情報を入れてくれた。


「実は王太后様は去年、すでに後宮を出ていた康氏へ、王宮への招待状を出していたようなのです。かつて陛下が世話になった乳母だからと。これはその返事ではないかと考えていたのですが」


「招待を受けた康氏は、王宮へ来たんですか?」


「いえ、残念ながら来られませんでした。読んでもらった手紙の内容からしても、やはり断られてしまったようですね」


もう一度、手紙に目をやる。


『これが最後の手紙になるでしょう、バオ族の忠誠心を侮らないでください』


「何か……怒ってますよね、康氏。『アタシたちをナメるなあ!』的な。後宮を出ていたとはいえ、王太后様に対してあまりにも言葉がキツい。バオ語で書かれていなければ、即罰せられてそう」


とりあえず思った事を言ってみた。


「バオ族の血筋って、後宮でイジメとか迫害でも受けてたんでしょうか?」


「………」


何となく口にしてみた言葉は、どうやら的を得ていたようだ。

三人の表情にうすく影がさす。



「康氏について、もっと詳しく説明した方がよさそうですね。よろしいですか陛下?」


紫雲さんがうかがうと陛下は無言でこくりとうなずいた。

それを合図に青藍さんが一歩前に出る。


「先代のことゆえ、我々も記録でしか知りえなかった事も多いのだが……」


そう前おいて青藍さんが語り始めたのは、憂炎陛下の父である前王時代の後宮の話だった───



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