監禁もの(妹)

ゆゆみみ

監禁もの(妹)

 数週間前のことを思い出す。


 高校生になって、生まれて初めて彼女が出来た。浮かれていた。家に招いた。そして、その時家にいた二つ下の妹を紹介した。妹は無言のまま、部屋に閉じこもってしまった。


 彼女が帰った直後のことだった。


「別れて。今すぐ」


 真剣な表情で、妹は言った。

 昔から妹は僕にべったりだった。だから、彼女が出来て寂しいのだろう。これも、兄離れの一つの契機になるかもしれない。だから、僕はそれを断った。妹は、何も言わずに部屋へと戻っていった。


 その、更に数日後。とある休日の昼前時だった。両親は二人で何処かに出かけており、僕も午後からは彼女とデートの予定だった。


「はい、お兄ちゃん」


 妹がコーヒーを淹れてくれた。妹の淹れるコーヒーは美味しく、休日の一つの習慣となっていた。なんの疑問も持たずにそれを飲んだ。妹は、じっと僕のことを見ていた。


「どうしたの?」


「なんでもない」


 彼女を紹介してから口数も少なく落ち込んでいたというのに、今日は妙に機嫌が良さそうに見えた。心の整理が出来たのだろうか。

 コーヒーを飲み終えると、段々と頭の中がぼやけてきた。妹の姿が何重にも見え、瞼が重くなる。僕の記憶は、そこまでだった。



 知らない何処かのワンルームマンション。部屋中には据えた臭いと甘ったるい臭いが充満しており、羽虫が舞っている。地獄のような環境だった。


「もう、止めようよ……」


 この数週間、何度言ったか分からない言葉。


「なに? 止めるってなに? 始めたのはお兄ちゃんの方じゃん」


 僕が動くと、じゃらりと音がする。僕の片足には足枷が付けられ、その鎖は部屋の床から天井まで真っ直ぐに聳え立った鉄の柱に繋がっている。足首は、皮が剥がれて膿んでおり、少し動くだけでも痛みが走る。


 部屋の端を見る。そこには何袋もの黒いゴミ袋が雑に積まれており、そこには夥しいほどの虫がたかっていた。それを見て、吐き気が込み上げる。



 僕が最初にこの部屋で目覚めた時、最初に見たのはこちらを見る恋人の濁った目だった。ゴリゴリと、嫌な音がした。妹が、制服を血まみれにして、鋸で太腿を切っている音だった。包丁と糸鋸を始めとした道具全てに、血と脂がびっしりとこびり付いていた。


「あ、目が覚めた? ちょっと待っててね」


 妹が、満面の笑みを浮かべ、再び嫌な音が辺りに響く。まだはっきりとしない頭で周囲を見渡すと、腕が落ちていた。日焼けをしていない、真っ白な腕。今は少し青ざめて見えた。断面がこちらを向いている。強引に切ったのだろう、断面は酷く雑で、皮膚はぼろぼろになっていた。脂肪は若干黄色味がかっているという話は本当なんだなと思い、直後にその場で吐いた。


「大丈夫? お兄ちゃん? ほら、丁度切れたとこだよ?」


 妹が僕に近づいてくる。先程まで切っていたのであろう、やはり断面がぼろぼろになった片足を両手に持って引きずりながら。


 僕に初めて出来た彼女。

 頭を抱え、思い切り目を瞑って、耳を両手で塞ぐ。これは現実では無いと思いながら。それでも肉と骨が切られ、裂かれ、砕かれる音が僕の脳内に響いた。


 気づけば、横たえられた体はなくなり、代わりに部屋の端に黒いごみ袋が積み上げられていた。


「これで邪魔者、いなくなったね」


 部屋に満ちる鉄錆の匂いと、妹の狂気じみた笑みに、僕は自身の吐瀉物の中に倒れ込んだ。



「お父さんもお母さんも、捜索願い出してるみたい。勿論、彼女さんの両親も。で、でも、此処ならバレないよね。大丈夫だよね、大丈夫、大丈夫」


 僕に語りかけるように、或いは自分に言い聞かせるように、妹は椅子に座って虚ろな目で爪を噛んでいた。


「今ならまだ間に合──」


「うるさあああああああああい!!」


 僕の頭を衝撃が襲う。側頭部に、頬に、妹の拳が叩きつけられる。僕は頭を抱えるように丸まって、その時間が過ぎ去るのを待つしかない。それしか、僕にできることは無い。


「だってお兄ちゃんが悪いんじゃん。お兄ちゃんが彼女なんて作るから悪いんじゃん。私と結婚するって約束したじゃん。普段から色目使ってたじゃん。お兄ちゃんは私のモノだよね? なんで? なんで彼女なんて作ったの? どうして裏切ったの? なんで私じゃダメなの? なんで? なんで? なんで?」


「ごめん、ごめん……ごめんなさい……」


 息を荒くして妹は殴るのを止めた。その時、部屋のドアが二回ノックされ、じゃらりと鍵束が落ちる音が続く。妹はそれを聞いて玄関へと向かう。


「うっわ、相変わらず酷い臭い。はいこれ。三日分くらいはあるかな? それにしてもさっさとアレは処分した方がいいだろうねえ。まぁ、一先ず兄妹仲良く過ごしてくれたまえ」


 数日に一度、此処を訪れて水や食料を届けてくれる女性。その正体を僕は知らない。ただ、妹とは何かしら面識があるようだった。知っているのは、それだけ。

 ドアが閉まり、妹が戻ってくる。大きめのビニール袋を床に置き、再び椅子に座ると何かをぶつぶつと呟いて再び爪を噛み始める。


「なぁ、いつまで続けるつもりなんだ……?」


「お兄ちゃんが私と結婚してくれるって言うまで」


「じゃあさ、結婚、するよ」


「そうやって嘘ついて!!」


 ビニール袋から水のペットボトルを投げつけられる。


「どうしろ、っていうんだよ……」


「本気に、なるまで」


「そんなこと言ったって、兄妹なんだぞ……?」


「そんなの関係ない。私がその気にさせる。その気になるまで待つ」


 虚ろな妹の目は、何処を見ているのか、何を見ているのか、僕には分からなかった。


 不意にチャイムの音が響く。先程のものとは違い、三回。そして、扉の叩く音。


「すみませーん! ちょっといいですかー!」


 中年の男の声がした。妹の舌打ちが聞こえた。椅子から立ち上がり、血と脂ですっかりと錆びた包丁を持って、足音を立てないように摺り足で向かっていく。


 ──僕はただ、虚空を見上げた。


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こんなテイストのお話を書いています。

もしお気に召しましたら、「汚泥の花」、「記憶の澱」を是非ご覧ください。


そんな、宣伝作です。

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監禁もの(妹) ゆゆみみ @yuyumimi

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