解毒剤の効能と魔人の選択肢
「ちょっと、訊きたいことがあるんだけど……」
緑のヒーリング薬を手に、家から出る直前、自室の戸口の前に佇むセバスチャンに向かって、まりんは真顔で問いかけた。
「セバスチャンさんは、シロヤマの上司よね? それなら……あなたにとって、シロヤマはどんな存在なの?」
まりんからの、思いがけないこの問いかけにセバスチャンはきょとんとした。が、すぐに察しがついたようににやりとすると、自身にとってシロヤマはどんな存在なのかを語り始めた。
「そうですねぇ……ガクトくんは、私と上下関係でありながら、結社の中で最も信頼出来る仲……と言った存在でしょうか。
ガクトくんは、上司の私でさえも目を瞠るほどの鋭敏さを兼ね備えた、とてもしっかりした大人です。なので、目の前にいる相手の気持ちを、しっかりと受け止めてくれると思いますよ。ガクトくん自身が大切に想っている相手ならなおさら」
そう、最後に言葉を付け加えて、含み笑いを浮かべたセバスチャンに、なんだか心の中を見透かされているような気がした。このタイミングで何故、セバスチャンにシロヤマの話題を振ったのか。それはまりん自身も分からない。ただ、いま抱えているもやもやを、少しでも無くせられたら……と思ったのは確かだが。
紅色の空がよりいっそう濃くなって行く。雲ひとつなく、晴れ渡る夕焼け空の下、芝生の庭の真ん中に佇むまりんは、右手で小瓶のコルク栓を抜き、半分ほど緑のヒーリング薬を飲み下す。それから深呼吸をするとまりんは、歌い出した。
この現世に存在しない外国語のような、清涼感と癒やしを感じる美しい歌声が楽譜を描き、優しくも心地良いメロディが緩やかな風に乗って細長いリボンのように流れて白いガーベラ、四つ葉のクローバーと形を変え、澄み切った夕焼け空に花びらが舞う。
結界を通り抜け、天から降り注ぐ花びらが、戦闘で傷つく戦士達の体を癒し、敵となる魔人から気力や体力を奪い、弱化させた。
黄色いバラ、白いカスミソウと緑のアイビーを、白いレースで縁取った、レモン色のリボンでかわいくまとめられたコサージュが、魔人と戦う戦士達の左胸に付いて疲労回復の役割を担い、尽きかけていた戦士達の体力、気力を回復させた。
その昔、まりんが幼少の頃に出会った、ジャック・ロペス氏からもらった緑のヒーリング薬は普通の人が飲んでも害はなく、傷ついた体を癒やし、疲労回復の効果を発揮する。だが、闇の魔力を持つ魔人にとっては命を脅かすほどの猛毒になるのだ。
ジャック・ロペス氏からそのことも教わっていたまりんは、緑のヒーリング薬を服用した状態で堕天の力を発動させ、魔人と戦う戦士には疲労回復と体に癒やしを、対戦相手となる魔人には、命をも脅かすほどの猛毒を与えたのである。
そして、残りのヒーリング薬に堕天の力を加えて、解毒剤を四本作成。持参したトートバッグの中にそれらを入れるとまりんは、ぐっと身構えた。
「お待ちください」
思い切り地を蹴り、飛び上がろうとしたまりんの左手首を捕まえたセバスチャンが、冷静沈着に待ったをかける。
「いくら黄昏時と言えど、堕天の力を使って飛行したら、真っ赤なコートを着た赤ずきんの少女が空を飛んでいると、町中が大騒ぎになってしまいます」
「でも走って向かうより、その方が断然、早いわ!」
ついムキになって言い返してしまったまりんに対し、依然として冷静沈着なセバスチャンは、
「通信技術が発達しているこの世の中の情報網を、甘く見ない方が身のためですよ。いつどこで、命の次に大切な情報が漏洩するか分かりませんからね」
そう言って釘を刺し、まりんに注意を促した。
「それなら一体、どうしたら……」
困り果てるまりんに、ふと含み笑いを浮かべたセバスチャンが自信に満ちる気取った口調でこう返事をする。
「私に、お任せください」と。
緑のヒーリング薬と、堕天の力を用いて私が作った解毒剤を、彼らがすんなり受け入れてくれたらいいけど……もう一か八か、これに賭けるしかないわね。
四本の解毒剤を持って、まりんがまっ先に向かったのは……
「
颯爽と駆け付けたまりんの呼び声に気付き、背にして佇む三人の子供が同時に振り向いた。
「まりんさん!」
「三人とも、無事で良かったわ。緋村と本藤は……どこ?」
「彼らなら、あそこにいるよ」
安堵の笑みを浮かべて話しかけたまりんの問いに、驚きの表情をしていた理人くんが冷静沈着な雰囲気を漂わせてそう返事をすると指さす。その方向を凝視したまりん、対峙する形で、引き抜いた剣を右手に携え、姿勢正しく凛と佇む緋村の姿を、その背後に聳え立つ電柱に凭れるようにして蹲る本藤の姿を視認した。
「さっきまで、空から降り注いでいた花びらに当たってから、あのありさまだよ」
そう、魔人のふたりから充分に距離を置いた場所で理人くんは、深刻な表情をしてまりんに告げる。
「あの花びらは、私が降らせたの。私にとっては敵になる堕天使が与えてくれた、その力を使って……
魔人と対戦する戦士達には、戦闘で傷ついた体を癒し、左胸に付いている黄色いバラのコサージュが疲労回復の役割を担うけれど、魔人にとっては反対に、花びらに当たっただけでその命を脅かすほどの猛毒になるの。彼らがまだ、消滅していないところをみると、適切な処置を施せば、助かるかもしれないわね」
凜然たる雰囲気を漂わせ、まりんは真顔でそう告げると、徐に右手を差し出し、解毒剤入りの小瓶を理人くんに手渡す。
「これは、緑のヒーリング薬と堕天の力を併せて作った解毒剤よ。これを彼らに服用させれば体から猛毒が消えて、命が助かるわ。これはあくまで、私の推測だけど……おそらく、魔人の彼らは、恩人となった相手には手を出さない筈よ。
理人くん、あなたの手で直接、彼らにこの解毒剤を渡してあげて。そうすれば、あなた達三人と彼らとの間で勃発した、この争いが終わる……私からのお願い、頼めるかしら?」
切実たるまりんからの頼み事、それを耳にした理人くんはぴんと来た。
「一か八かの賭け……だね。分かった。私が直接、彼らに手渡して来る」
まるで、なにもかも見透かしたような口振りで理人くんは返答、まりんから解毒剤入りの小瓶を受け取る。
解毒剤を受け取った理人くんに望みを託し、まりんは次なる場所へと向かう。
「細谷くん」
徐に歩み寄ったまりんはふと立ち止まり、神妙な面持ちで細谷くんに声をかける。
アスファルトの路上のどまんなかで、武器となる槍を右手に、悠然と佇む細谷くんが、ゆっくりと振り向いた。
「赤園……」
「……」
何故か気まずい表情をしたまりんが、やや面食らった顔をして対面した細谷くんに、なんて言葉をかけたらいいのか分からずにいると、
「とても強い東雲と対戦中の時だったよ。空から突然、色とりどりの花びらが降り注いだのは……
俺が、自力で張った結界を通り抜けて降り注いだ花びらと……左胸に付いた、この黄色いバラのコサージュが力を貸してくれたんだ。それがなかったら俺、今頃はヤツに斃されていたと思う。だから……加勢してくれて、ありがとう」
穏やかに微笑みながらも、先に口を開いた細谷くんがまりんに感謝の意を表した。
しっかりものの細谷くんが気を遣ってくれたおかげで、なんだか少し申し訳ないようにも感じたが、ほっと安堵したまりんは説明した。
ヒーリング薬と堕天の力で以て花びらを降らせ、その花びらに当たった細谷くんには体の傷を癒し、左胸に付くコサージュに疲労回復の効能があるけれど、花びらに当たった魔人には命を脅かすほどの猛毒になると。
そうして、説明し終えたまりんは、橙色に透き通る液剤が入った硝子の小瓶を手に、細谷くんの脇を通り抜けて歩み寄った。
まりんが降らせた花びらに当たり、武器となる槍を手に、片膝をついた状態で、アスファルトの路上に蹲る
「東雲」
すぐ傍まで歩み寄り、凜然たるまりんの呼び声に反応を示し、俯く東雲がギロッと眼光鋭く睨め付ける。
無言で威嚇する東雲に怯むことなく、まりんは同じ目線になるように屈んだ。まりんから、決して視線を逸らさない東雲の、エメラルドグリーンの瞳がとても澄んでいる。
思いがけない、新発見をしたまりんは、その瞳に吸い寄せられるように見入ると、無意識のうちに話しかけた。
「とても澄んでいて、きれいな目……心から大魔王さまを尊敬し、信頼を寄せているのね」
心の底から出たまりんのこの言葉が、面前でそれを耳にした東雲をはっとさせた。が、すぐにポーカーフェースになると東雲は徐に問いかける。
「ようやっと、観念する気になったか?」
そう、気取った口調で問いかけ、ニヒルさ漂う含み笑いを浮かべる東雲に、まりんは冷ややかに返答。
「言った筈よ。私は絶対に諦めないって。あなたを助けに来たのよ。
私が堕天の力で以て、作成した解毒剤が、この小瓶の中に入っているわ。と言ってもまだ試作段階だから服用後、体になにが起きるか分からないけれど。あなたの体から猛毒が消え、命が助かる可能性もある……試作品の解毒剤を服用するか、服用せずにこのまま消滅を待つか、どちらか好きな方を選ぶといいわ」
そう告げて、まりんは右手に持っていた解毒剤入の小瓶を東雲に差し出した。まったく予期していなかったこの状況に、東雲は思わず目を瞠る。
「正気か……?」
「この、十六年もの間、こんなにも清くてまっすぐな目をした人を、私は見たことがないわ。だから……あなたには、ここで消滅して欲しくない。これからもあなたらしく、大魔王さまに仕える魔人として生きて」
冷静沈着に諭したまりんからつきつけられた選択肢に、東雲が出した答えは……
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