緑のヒーリング薬

 理人くん、悠斗くん、美里ちゃんの三人と別れたまりんが家路を急いでいる最中に、大魔王幹部の東雲と遭遇。堕天の力を発動させ、東雲と対戦したその時だった。使い方によって変化する、強力な堕天の力が普段よりも半減していることに気付いたのは。

 銀色の剣を右手に思い切り地を蹴り、東雲を飛び越え、充分に距離を置いてから着地したまりんは剣を振り下ろし、対峙する東雲めがけて銀色の光線を飛ばす。

 前方でそれを待ち構えていた東雲が右手を翳し、銀色の光線を受け止める。東雲が受け止めた銀色の光線がみるみる小さくなって行く。

「所詮、お前の実力はこの程度か」

 手の平に収まるくらいの、ミニサイズとなった銀色の光線を右手で握りつぶした東雲がそう、冷めた口調でまりんを嘲った。

「次はこちらの番だ」

 殺伐とした雰囲気が東雲から漂い、まりんの背筋が凍り付く。

「幹部の中でも強い私の実力を、その身で以て、思い知るがいい!」

 東雲が右手に携えた槍を構え、槍の切っ先に出現した赤い光線を飛ばす。堕天の力で以て、瞬時に張ったまりんの結界を破り、赤い光線が咄嗟に身をよじったまりんの脇を通過。

 光の速さでまりんに急接近した東雲との攻防戦の末、東雲が槍で以て銀色の剣を弾き、完全に丸腰となったまりんの喉元に槍の切っ先を突き付けた。

「勝負ありだ。我々の目的はあくまで、永遠の幽霊エターナルゴースト化している赤園まりんを生け捕りにし、大魔王様の城へ連れて行くこと……命までは取らんが、この槍で以て、お前を動けなくすることは容易い。酷い状態になりたくなければ、大人しく降参しろ」

 身も凍るような鋭い視線をまりんに浴びせながら、東雲は辛辣にそう告げた。

 悔しいが、堕天の力が半減してしまっている以上、東雲に勝てないのは明白だ。絶体絶命のピンチに陥った今、無言で東雲を睨め付けるまりんの答えは決まっていた。

「……大人しくはするわ。でも、降参まではする気ないから。この手で、あなた達の目的を阻止する。自分で決めたことだから、達成するまで、私は絶対に諦めない」

 揺るぎない覚悟と決意を胸に、まりんが威風堂堂と宣言した、次の瞬間。まりんの中で新しい力が覚醒でもしたのだろうか。硝子が割れるような大きな音を立てて、青い結界が破砕したではないか。

「俺も、絶対に諦めない」

 強力な魔人の東雲に怯むことなく、強い意思表示をしたまりんに賛同する男子高校生が不意に姿を見せる。

「諦めたらそこで、命の次に大切な人が、目の前からいなくなってしまうから。それを阻止するためにも、俺は全力であんたと戦う。目的を賭けて、俺と勝負しろ!」

 武器となる槍の切っ先を、東雲の背中に向けて細谷くんが力強く宣戦布告した。

 威勢のいい細谷くんからの宣戦布告を受けて、実に面白いと言う風に、東雲が含み笑いを浮かべる。

「私から、少しばかりの猶予を与える。ここから逃げるもよし、お前の自由にするといい。

 あの少年との決着がつき次第、私はどこまでもお前を追いかけて追い詰める。我々、悪魔から逃れられないということを、ゆめゆめ忘れるなよ」

 東雲はそう言ってまりんに釘を刺すと、喉元に突き付けていた槍の切っ先を引っ込めた。

 そして、東雲から猶予を与えられたまりんは、後ろ髪を引かれる想いでその場を後にした。

『――ここに来る前、シロヤマから連絡をもらった。俺の手で、赤園を守ってあげてほしいと……シロヤマは俺に、電話越しからそう告げた。だからここは、俺に頑張らせて欲しい』

 東雲との戦闘に苦戦しながらも、なんとかチャンスを作り、少し離れた場所から固唾を呑んで見守るまりんに近づき、そう告げて微笑んだ細谷くんの顔が、なんだかとても頼もしく見えたが、まりんは何故か、胸が締め付けられる思いがしたのだった。



 やっとの思いで帰宅したまりんは、財布の中から取り出した鍵で以て、急いで玄関の戸を開けて駆け込んだ。

 バタンッと閉めた玄関の戸に寄りかかり、荒くなった息を整えると急いで靴を脱ぎ、二階の自室へと向かう。

 理人くん、悠斗くん、美里ちゃんと細谷くん、シロヤマの五人はもっか、大魔王幹部の東雲、緋村、本藤と魔王シェルアと対戦中。長期戦ともなれば、体力と気力がどこまで持つか分からない。ひょっとしたら、怪我を負いながら戦っている可能性もあるのだ。

 自室の中に入って窓際へと歩み寄り、そこに置かれた机の引き出しの中から、緑のヒーリング薬を取り出す。

 緑のヒーリング薬の薬効は、傷ついた体を癒やし、疲労回復を担うこと。しかも、普通の人間が飲んでも害はない。この薬と堕天の力を使えば、強力な魔人と戦うみんなを救うことが出来るかもしれないとまりんは考えた。

 しかし、ここで問題が浮上する。まりんは今、堕天の力が半減している状態なのだ。このままでは納得の行く回復薬が作れるかどうかも不透明。一体、どうしたら……

「なにやら、お困りのようですね」

 そう、気取った口調でまりんに声をかける人物がいた。どこか聞き覚えのある若い男の、その声に反応したまりんが振り返ると……

「セバスチャンさんっ……!」

 なんと驚いたことに、シロヤマの上司に当たる死神のセバスチャンが、含み笑いを浮かべて、戸が開けっぱなしの戸口の前に立っているではないか。

「失礼……一応、ノックはさせてもらったのですが」

「な、なんでセバスチャンさんが、ここに……?」

「問題を解決しに来たのですよ。私としたことが、迂闊にもあなたとの契約を解除しそこねていたものですから……」

 まったく予期していなかったその人の登場でぎょっとしたまりんからの、お約束の問いかけに、紳士的に振る舞うセバスチャンが冷静に返答。それを受けて、まりんは怪訝な表情をする。

「契約……?」

「今から一ヶ月ほど前……初対面を果たした時に、あなたは私と契約を結んだのですよ。

 死神としての使命を果たすため、スムーズに事を運べるよう、契約期間中は、あなたを不利的状況に陥るようにしていたのです」

 そう言えば……と、一ヶ月ほど前の記憶を遡ったまりんは突然、思い出したように声をあげた。

「そうよ、それよ! そのせいで、堕天の力が半減したんだわ!」

 まりんはセバスチャンに、事の顛末を掻い摘まんで説明する。

「なるほど……堕天の力の使い手であるあなたを狙って到来した大魔王幹部のひとりと対戦もしたが、堕天の力が半減しているせいで本来の実力が発揮出来ず、ガクトくんを含めた複数の助っ人に援護されて今に至っている……と言うことですね」

 まりんの話を聞き、そのように解釈したセバスチャン、対面するまりんはそうだと言う風に頷いた。

「ここに来る前に、あなたの家から少し離れた場所に魔王シェルアがいるところを目撃したのですが……彼もきっと、大魔王幹部の魔人達と同じ目的でしょう。ならば、早急に問題を解決しなければなりません」

 冷静な雰囲気を漂わせてそう推測したセバスチャン、不意に両手を広げる。

「契約を解除してさしあげます。さぁ、こちらへ来なさい」

「……」

 いつでもまりんを受け入れる状態で待ち構えるセバスチャンに、頭も体もフリーズしたまりんは言葉を失った。

 なんで? どうして私はまた、彼と抱き合わなきゃならないの? 

 えぇ? それをしないと、契約解消にならないの? そうなの? 

 マジかぁ……

 頭が混乱する最中、しばし葛藤したまりんは覚悟を決めた。

「変なこと、しないでね」

「ええ、お約束します」

 意を決してゆっくりと歩み寄り、疑わしげな口調で釘を刺したまりんに、笑みを浮かべるセバスチャンがそう、紳士的な口調で返事をした。

 そうしてまりんは、心なしか胡散臭くも、ミステリアスな感じもするセバスチャンと抱き合ったのだった。

 愛情を込めて、優しく抱きしめるセバスチャンの体温を体中で感じながら、まりんはその胸に左頬をくっつけて、時が経つのを待った。

 最初に抱きしめられたあの時のように、息苦しさや高熱を出した状態に近い不調を起こすこともなく、体になにも起きないまま、ただ時だけが過ぎて行く。そして……

「お待たせいたしました。ただ今をもちまして、あなたとの契約を解消させていただきました。よって、堕天の力が元の状態に戻り、本来の実力が発揮出来るでしょう」

 しばらくの間、まりんと抱き合っていたセバスチャンが静かにそう告げて、一歩ほど後ろに下がる。

「まだ、実感が湧かないけれど……これでもう、大丈夫なのね?」

 気持ちはまだ半信半疑のままだが、きっとこれから堕天の力を発動させると実感が湧くのだろう。

 徐に踵を返したまりんは、机の引き出しの中にしまっていた小瓶に収まる緑のヒーリング薬を取り出すと、それを持って家の外に出た。

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