大魔王幹部襲来

 颯爽と駆け付けたシロヤマに後のことを任せて、まりんはひとり、必死の形相で自宅へと向かってひた走っていた、その最中だった。不意に、嫌な気配を感じてまりんが立ち止まったのは。

「この、人ならざる者がこっちに接近して来るような、とても嫌な気配……堕天使かしら? それとも……」

 にわかに表情が険しくなったまりんに、緊張が走る。最大級の警戒心を胸に、まりんが睨め付ける視線の先に、ふたりの長身の男が姿を現し、まりんの行く手を遮るように仁王立ちしていた。

 ひとりは、ダークグレーの長髪を後ろに束ねた優しそうな顔立ちの男で、髪と同じ色のシャツの、襟元に結わいたグレーのネクタイと、白色のベストにパンツの上からコートを着用していた。

 全体を、白色でまとめるコーデであったが、色合いもさることながら、男から漂う威圧感もあいまって、そのさまはまるで日本の大都会で暗躍する、最強マフィアの若頭のようだった。

 最後のひとりは、黒のライダースジャケットとパンツスタイルのがっちりした体格の男で、口元に薄ら笑いを浮かべてこちら側を睨め付けている。結構な距離があるにも関わらず、彼らが放つ、まるで獲物を射竦いすくめるような、殺伐とした雰囲気がこちらにまで漂っていた。

 もしも、あそこで待ち構える彼らが、この嫌な気配の『元』でありなおかつ、人ならざる者であるならば、それ相応の対処をせねばならない。前方をぐっと睨め付けたまりんが、堕天の力を発動させようとした、その時。

「使っちゃダメだ。ここで、堕天の力を発動させたら、君が能力者だと彼らにバレてしまう。私達が注意を引きつけている間に、君はここから逃げるんだ」

 艶のある、黄土色のショートカットの髪に美しい人形のような紫色の目をした少年が姿を見せ、まりんの左隣に佇むと良く通る澄んだ声でそう制した。

 赤いネクタイを結わいた白シャツに紺色のジャケットとパンツを着用した学校の制服姿で、妙に冷静沈着な雰囲気が漂っている。

「でも……大丈夫なの? 彼ら、けっこう強そうだけど」

 心配するまりんをよそに、ふと自信に満ちた笑みを浮かべて美少年が返事をする。

「大丈夫、魔法と言う名の特殊能力が使えるから。ここにいるのが私だけなら、今すぐ君の手を引いて逃げるところだけど、幸いにも仲間がふたりもついて来てくれたから……だから、心配はいらないよ」

「仲間って……」

 にわかに動揺したまりんの面前にもうふたり、黄土色の髪の美少年と同じくらいの年格好の男女が姿を見せた。

「あなた達は一体……」

 不可解な表情をしながら問いかけたまりんの方に顔を向けて、黄土色の髪の美少年が含み笑いの浮かぶ凜々しい表情をして応じる。

「これは失礼……自己紹介が、まだだったね。私は久世くぜ理人りひと、ここにいるあやゆうと、VILLAINBUSTERSヴィランバスターズと言う名の万屋兼、悪魔退治をしている」

「悪魔退治……それじゃ、あなたは……?」

 今度は、襟元に赤いスカーフを結んだ、紺色のセーラー服の少女の方に顔を向けながら、まりんは尋ねる。気さくに笑いながらも少女は応じた。

「私は長浜ながはま美里みさと、ワケあって大魔王に狙われていて……だから、退治屋の理人さんや綾瀬くんに依頼して、ボディガードをしてもらっているの」

「大魔王に狙われているの……?」

 にわかに青ざめたまりん、改めて前方を凝視する。

「まさかと思うけれど、あそこにいる彼らって……」

「向かって右側にいるのがむら、その隣にいるのが本藤ほんどう……ふたりとも、大魔王が信頼を寄せる幹部の魔人だよ」

 恐るおそる口を開いたまりんに、理人くんが真顔で説明。それを耳にしたまりんの顔がよりいっそう青ざめる。

 死神さま、魔王さまときてその次は、まさかの大魔王さまが絡んで来るとは……

「……なんだか、いろいろと面倒なことになりそうだから、ここは大人しく理人くんの言う通りにするわ。あなたの口振りだと、彼らはまだ、私の正体を知らないみたいだしね」

 大人な女性の雰囲気を漂わせたまりんは理人くんに視線を向けながらそう言うと、改めて理人くん、悠斗くん、美里ちゃんの三人と向き合う。

「あなた達を信じるわ。でも、これだけは約束して。絶対に、無茶はしないって。ヤバくなったら、全速力で逃げるのよ」

 いつになく真剣な表情でまりんはそう言って聞かすと、力強く頷いた三人をその場に残し、全速力で踵を返したのだった。



 指示通りとは言え、中学生くらいの三人の少年達をあの場に残してきてしまったことに、まりんは心苦しさを覚えた。だからこそ、ピンチを救ってくれた少年達に加勢したい、とまりんは強く感じたのである。

 自宅へと向かって疾走しながらもふと、違和感を覚えて立ち止まると、徐に手を翳す。まりんの右手が、その先にあるなにかに触れた次の瞬間、青色をした結界へと変化。まるで、誰かに鋭い眼光で射竦められるようなプレッシャーが、まりんを襲う。

 これって、まさか……

 突如として感じた、猛烈なプレッシャーに息苦しくなりながらもまりんは、恐るおそる振り向いた。その途端、驚愕するまりんの目が大きくなる。

 黒い帽子を被り、帽子と同じ色のトレンチコートを着た姿で、真一文字に口を結ぶ男が、至近距離から獲物を射竦めるような、鋭い視線をまりんに向けていた。笑みなど一切浮かんでいないその右手には、武器となる槍が握られている。

 まさか、この人……

 男から漂う殺伐とした雰囲気と鋭い視線を受け、一瞬にして呑まれたまりんは、突如として姿を見せた見知らぬ男に怯えた。

「お初にお目にかかる。私は、東雲しののめと申す者……大魔王様からの命令により、魔界からこの世界へとはせ参じた。たった今、私が闇の魔力で以てこさえた頑丈な檻の中にお前を閉じ込めた。もう、どこにも逃れられない」

 なるほど……ここは、東雲と言う名の魔人が張った結界の中ってわけね。

 怯えながらも、冷静沈着さを維持するまりんは東雲を睨め付けながらそう理解した。

「……それで、大魔王幹部のあなた達の目的はなにかしら?」

 平静を装い、問い質したまりん。冷淡さそのままに顔色ひとつ変えず、東雲は目的を口にした。

永遠の幽霊エターナルゴースト化している赤園まりんを生け捕りにし、魔界は大魔王様の城へ連れて行く……それが、我々の目的だ」

 ちょっと待て。なんで、私が永遠の幽霊エターナルゴースト化していることを知っているわけ?

 ふと、そのことを疑問に思ったまりんはすぐにはっとする。

 まさか……見られていた? 私が、祠の管理人さんに呪いを掛けられるところを……それで私が永遠の幽霊エターナルゴーストになったことを知ったのだとしたら……

 途端に、まりんの顔が完熟トマトのように真っ赤になる。激しく動揺するあまり、東雲に対する恐怖心が吹っ飛んだ。

 ごめん、理人くん。あの時、いろいろ面倒なことになりそうだから理人くんの言う通りにするって言ったけど、前言撤回するわ。

 静かな怒りとともに堕天の力を発動させ、頭からフードを被った真っ赤なコートを着用したまりん、銀色の剣を右手に携え、ぐっと東雲を睨め付ける。

「それが、あなた達の目的なら、私が今すぐやるべきことはただひとつ……阻止するわ。あなた達の目的達成を、この手で」

 自分の身は自分で守る。相手に恐怖を与え、殺伐とした雰囲気を漂わす魔人や陰で幹部を操る大魔王なんかに、絶対に屈しない。揺るぎない決意と覚悟を胸にまりんは奮起した。

 冷めた表情に余裕のある笑みを浮かべて、まっすぐに視線を向けると東雲はまりんを嘲る。

「現状として、頑丈な檻と化すこの結界の中にいるのは、魔界の中でも強力な魔人である私と、堕天の力を持つ永遠の幽霊エターナルゴーストであるお前のふたりだけだ。私をたおさない限り、ここから脱出することも、壊すことも不可能……それを知った上で、阻止してみろ。自力でやれるものならな」

 私が、堕天の力の使い手なのも知っているのね……上等だわ。やってやろうじゃない。

 実に面白い、と言う風な含み笑いを浮かべてまりんは内心そう呟くと、東雲の挑発に乗ったのだった。



 いつもよりも少し遠回りをして自宅に到着。財布の中から取り出した鍵で以て、急いで玄関の戸を開けて駆け込んだ。

 バタンッと閉めた玄関の戸に寄りかかり、荒くなった息を整えるとまりんは、急いで靴を脱ぎ、二階の自室へと向かう。

 何故、どうしてあんなことが起きたのか分からない。今もまだ、頭が混乱していた。

 自室の中に入り、窓際に置かれた机の、一番上の引き出しを開けたまりんは、その中から緑のヒーリング薬を取り出した。

 緑のヒーリング薬とは緑色に透き通る液剤で、手の平サイズの細長い、小さな小瓶の中に収まっている。

 日本海側に面する海山町に住んでいたまりんがまだ小学校に上がる前の、幼少の頃だった。ジャック・ロペス氏と出会ったのは。白衣の代わりに白色のローブを着て、優しい顔立ちの若い男性医師だった。

 当時、小学六年生だったゆずにいと一緒に自宅近所の公園まで遊びに出かけたまりんがその道中、革製の黒い往診鞄を手に、初めて海山町を訪れたジャック・ロペス氏に道を訊かれて町外れにある長者屋敷まで案内。そのお礼としてジャック・ロペス氏がくれたのが、緑のヒーリング薬だった。

「傷ついた体を癒やし、疲労回復の効果を発揮する。普通の人が飲んでも害はないから、安心して持っておくといいよ」

 小瓶の中に収まる、緑のヒーリング薬を手渡す際、まりんと同じ目線になるように低い姿勢になりながら、優しく微笑むジャック・ロペス氏がそう告げた。ふと、そのことを思い出し、まりんは急いで自宅へと戻ってきたのだ。

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