魔王 シェルア
「話は、ついたようね」
店の玄関口となる、閉め切ったガラス戸を背に、冥府役人から店員の姿になったエディに、マスターが腕組みをしながら向かい合うと、気取った笑みを浮かべてそう告げた。マスターに視線を向けたエディは控えめに微笑むと返事をする。
「ええ……彼女はまだ、現世に未練が残っている状態なので、こちらの要求には従ってもらえませんでした。なので、僕から特別に、三日間だけ猶予を与えることで、話をつけてきました」
「そう……でも、猶予が三日間だけじゃ、彼女は納得しないでしょうね」
「そうですね。相当、未練があるようなので……三日間の猶予後、彼女を霊界へ送り届けるため、保護します。未練を晴らせていなかったとしても」
ふと真顔になり、決意をしたように返事をしたエディ、まるでこの状況を楽しむかのように、マスターが唐突に問いかけた。
「もしも彼女が、猶予中に未練を晴らしたら?」
この問いに、控えめな笑みを浮かべて、エディは返答する。
「未練を晴らす方法にもよりますが……もしも、彼女が元の体を取り戻し、
「そうね……
潔い、エディの返答に納得したマスターがそう言って賛同した。
「それにしても、驚きましたよ。まさかあなたも、現世に滞在されていたなんて」
「ちょっと気になることがあってね……さっきも、うちの店に来てくれた黄瀬りりかって言う
「ただ者じゃないかもしれない……とは?」
マスターの話に俄然興味を持ったエディは、真顔でそう尋ねる。マスターが真顔で続きを話す。
「一見してみると、ごく普通の女子高校生なんだけど……あの
ひょっとしたらひょっとするかもしれないから、このまま喫茶店のマスターとして監視の目を光らせるつもりよ」
「そう言う理由なら僕も、しばらくの間は、店員として店で働きますよ。赤園まりんさんの監視も兼ねて」
「あなたは人間を対象とする、冥府
「ええ、そのつもりです。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。ローレンス課長」
エディはそう、にっこりとするマスターに向かって、気取った笑みを浮かべると返事をしたのだった。
口を真一文字に結び、俯き加減で黙々と、細谷くんと並んで歩くまりんはふと、足を止めた。
「どうした? 具合でも、悪いのか?」
商店街を通り抜け、人気のない場所で急に立ち止まったまりんを不審に思いつつも、やや遅れて立ち止まった細谷くんが振り向きざま、具合を訊く。
「答えて」
ゆっくりと顔を上げたまりんは、真剣な表情をして細谷くんに問いかける。
「あなたは一体、誰なの?」
「誰って……」
思わずきょとんとした細谷くん、真顔になると改めて自身の名を明かす。
「俺は、細谷健吾だよ」
「うそ。見た目は確かに細谷くんだけど、中身は別人だわ。細谷くんはね、私のことは名字で呼び捨てにするの。下の名前で呼び捨てにすることなんてないのよ」
鋭い口調で正解を口にしたまりん、間近でそれを聞いた細谷くんが不敵な笑みを浮かる。
「それは、迂闊だったな。今度また、彼に扮することがあればその時は、赤園って呼んでやるよ」
細谷くんはついに白状すると真の正体を晒した。
ショートカットの黒髪に灰色のロングコートを着た青年が、含み笑いを浮かべてそこに佇んでいる。この青年こそが、今まで細谷くんに扮していた相手の正体だ。
「俺は、シェルア。魔王と言う名の魔人だよ」と。
「な、なんですって……?!」
予想外の返事を耳にし、目を丸くしたまりんが思わず、驚きの声を上げる。
驚きと異様さが入混じる、言葉では言い表せないほどの空気と張り詰める緊張感が辺りを満たす。そんな最中、これだけははっきりとしていた。
よりいっそう、気を引き締めないとやられる。気取った笑みを浮かべる、油断ならない魔王に。
気持ちを切り替えるとまりんは気を引き締めた。最大級の警戒心を抱いたまりんに対し、シェルアが徐に口を開く。
「たまたま、ここを通り掛かったら、お前の姿が目に入ったんでな。目的を達成するために立ち寄ったんだ」
「目的って……?」
「使い方によって変化する、万能の力……それすなわち、堕天の力を持った赤ずきんの
このタイミングでまさかのスカウト。まりんは驚くあまりショックを受けたが、こうしてわざわざスカウトしに来たシェルアに対するまりんの答えはもう、決まっている。
「ごめんなさい。私は、あなたと仲間になる気はないわ。今は
中学校から高校へ進学して、勉学に励みながら学校近くの花屋でアルバイト。小さな頃から抱くフラワーデザイナーの夢に向かって一歩ずつ進んで、時には落ち込むこともあるけれど、苦難を乗り越えた先に見えてくる『答え』を理解して成長する。
いいことも悪いことも全部ひっくるめて、
それが、まりんの強い気持ちの表れだった。そんなまりんの気持ちを見透かしたのだろうか。シェルアが突然、大笑いした。
「気に入ったぜ! 俺は諦めが悪いんでな……お前が
あくどい笑みを浮かべて断言したシェルアに怯み、青ざめたまりんが、どん引いた顔でうげぇ……と呻いたのは、言うまでもない。
気取った雰囲気を纏いながらシロヤマが姿を見せたのは、魔王シェルアがまりんとの距離をじわりじわりと縮めていた時だった。
「シロヤマ……あなた、どうして……」
「この辺りで、待ち構えていたんだよね。まりんちゃんを狙って、魔王シェルアが奇襲して来るんじゃないかと踏んで」
いつ攻撃をされてもいいように大鎌を構え、シェルアの前に立ちはだかったシロヤマはそう、背にするまりんに向かって気取ったように返事をした。
「あなた、今までどこで、なにをしていたのよ。一ヶ月も連絡ひとつよこさないで……どれだけ心配していたと思っているの?」
にわかに顔を曇らせて、複雑な胸の内を明かしたまりんに背を向けたまま、
「心配させて、ごめん」
と詫びたシロヤマは平然と応じる。
「時の神殿に行っていたんだ。カイロス様の面前で洗いざらい白状して、罰を受けてきた。まぁ、罰と言っても、修行みたいなもんだったけど……
おかげで、こっちに戻って来る頃にはパワーアップ出来たよ。だから……シェルアは俺が引き受ける。君は、ここから逃げろ!」
「で、でも……」
「安心したまえ」
躊躇するまりんに、にんまりしたシロヤマが希望の光を照らす。
「シェルアはもう、俺の手の中さ。こうして、ガッチリガードしていればなにも手出し出来ない。それと……ここに来る前、細谷くんに連絡したから……俺が傍にいなくてもきっと、細谷くんが君を守ってくれる。だからここは、俺に任せろ」
力強い言葉で締め括ったシロヤマの顔に、自信に満ちた、気取った笑みが浮かんでいた。
「そこまで言うなら……」
半信半疑でシロヤマに告げたまりんが徐に体の向きを変えて走り出す。ちらりと後方を見遣り、その姿を視認したシロヤマ、ふと安堵の笑みを浮かべた後、精悍な面持ちでシェルアと対峙した。
「ちょっとやそっとの力じゃ解けない、強力な結界……この結界を張ったのはお前か」
見上げた空からシロヤマの方に視線を移し、真顔で言い当てたシェルア。口元がにやりと歪んだシロヤマが、気取った口調で返答する。
「ご明察……よくぞ見破ったな、シェルア」
「頭上に広がる紅色の空が、まるで無色透明なフィルター越しから見るようにくもっているからな。それに……俺は、こんなに頑丈な結界を張った覚えはない。現時点でここにいるのは、俺とお前のふたりだけだ。消去法で行くと、お前しかいない」
シェルアはそう、冷めた視線をシロヤマに向けながらも的確に返事をした。これほどの鋭い観察力を持ち合わせているとは流石、大魔王に次ぐ高位、魔王の称号を持つだけのことはある、とシロヤマは認めた。
「魔王たる者、これくらいの観察力がなければ他の魔人達に示しが付かなくなる」
「さらっと、人の心を読むんじゃないよ!」
シロヤマの心を見透かしたシェルアからの返事を受け、忽ち恐怖で青ざめたシロヤマがそう、全力でつっこみを入れた。
「かつて、魔力を操る人間だったお前が死神として、再び俺の面前に姿を見せるとはな」
「あんたと再会するこの日のために、俺は一ヶ月もかけて血の滲む努力と、命懸けで鍛練してきたんだ。あんたを超える、最強の死神になるためにな」
不意に、精悍な顔つきになったシロヤマはそこで一旦区切り、正々堂堂と宣戦布告。
「今こそ、あの時の決着をつける。シェルア、俺と勝負しろ!」
シロヤマの気迫が、シェルアに伝染したらしい。俄然、やる気モードのシェルアがにやりとした。
「いいぜ……この一ヶ月で、お前がどれほど強くなったのか、魔王であるこの俺が直々に腕試ししてやるよ」
かくして、絶対に負けない、揺るぎない自信を持つ死神対、たった一ヶ月の修行で俺に勝てると思うなよと言いたげに薄ら笑いを浮かべた魔王による、本気の
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