シェルアのスマホケース

「用事は済みましたか?」

「ええ、おかげさまで」

「そうですか。おや……」

 一か八かの重要任務をやり終え、戻って来たまりんに声をかけたセバスチャン、まりんの他にもうひとりついて来ていることに気付く。

「これは驚きました。まさかもうひとり、こちらへいらしたとは」

 まりんと並んで姿を見せた細谷くんの姿をひとめ見て、驚きの声を上げたセバスチャンのそれが、わざとらしく聞こえてならない。

「赤園から聞いたよ。魔人に手っ取り早く解毒剤を渡すために、あんたが協力をしているってな」

 なんだか知らんが気に食わない、と言いたげにむすっとしている細谷くん、ふと含み笑いを浮かべたセバスチャンが気取った口調で返事をする。

「私はただ、この現世に存在する、油断ならない情報網から彼女を守っているだけですよ。良かったら、あなたもどうですか?」

 セバスチャンはそう言って誘うと、すっと片手を細谷くんに差し出した。

「いや、俺は……」

 いきなりのことに、細谷くんが戸惑っていると、真剣な表情でまりんが細谷くんを促す。

「行こうよ、細谷くん。次の行き先は、シロヤマのところだから」

 まりんの口からシロヤマの名前が飛び出し、それを耳にした細谷くんが、

「それなら……」

 と、ぎこちなく左手を伸ばし、差し出すセバスチャンの手の平に重ねた。

「ふたりとも、心の準備はよろしいですか?」

 両手の平に重ねたまりんと細谷くんの手をしっかりと握り、促したセバスチャンは、

「では、行きますよ」

 気取ったような笑みを浮かべてそう告げると瞬間移動をしたのだった。


 瞬時に姿を現したセバスチャンをまんなかにまりん、細谷くんの三人がふわりとアスファルトの路上に着地する。

「まりんちゃん、細谷くんも……ふたりとも無事だったんだね!」

 颯爽と戻って来たまりんと細谷くんの姿を目にしたシロヤマがそう、安堵したように声を掛けた。

「うん。シロヤマも、無事で良かったわ……決着は、ついたの?」

 控えめに微笑みながらも、静かに返事をしたまりんに尋ねられ、シロヤマが誇らしげに返答。

「ついたよ。たった今、張り巡らせていた結界を解いたところさ。さっきまで地上に降り注いでいた花びらと、左胸に付いた黄色いバラのコサージュの力を借りてようやっと……ね」

 まりんはふと、シロヤマの体越しから様子を窺った。シェルアがこちら側に足を向け、仰向けの状態で大の字に倒れている。

 姿があるってことは……消滅は、していないわね。

 シェルアが消滅していないことを視認したまりん、徐に闊歩するとアスファルトの路上に倒れるシェルアの面前で立ち止まる。

 凜然たる雰囲気を漂わせ、精悍な表情をしながらシェルアを観察するまりんの目が、不審な点を捉えた。

「シェルアが着ている、グレーのロングコートの左胸の部分に、鋭利な刃物で刺されたような痕が残っているけれど……」

 鋭いまりんの指摘に、シロヤマが平然と白状する。

「ああ、それね……俺がやったんだ。さっき、地上に花びらが降り注いだ時に、シェルアが見せた一瞬の隙をついて、一撃を食らわしたんだよ。大鎌を銀色の剣に変形させてね」

「なるほど……それで、ロングコートの左胸の部分に刃物で刺されたような痕が残っているのね。でも、変ね……シロヤマの一撃を食らってもなお、シェルアはなんで消滅しなかったのかしら」

「さぁ? なんでだろうね……こればかりは、本人の口から直接、訊いてみるしかないんじゃないかな」

「そうね……」

 気取った表情をして、わざとらしく振る舞ったシロヤマに、素っ気なく返事をしたまりん、徐に中腰になって、シェルアの顔を覗き込むと話しかける。

「シェルア、聞こえているんでしょう? シロヤマからの一撃を食らったにも関わらず、なんであなたが消滅しなかったのか、そのワケを教えてちょうだい」

 まりんが冷静沈着に呼びかけても、口を真一文字に結んだままのシェルアは目を閉じたまま、微動だにせず応じなかった。

「そう、分かったわ。あなたを白状させるために、今から目が覚めるような、あっつ~いキスをして起こしてあげる」

 まるで氷のように冷めた表情をして、まりんは情け容赦なくそう告げた。気を失ったふりをしていたシェルアが冷ややかに返事をしたのは、それからすぐのことだった。

「ノーサンキューだ」

 閉じていたまぶたを開け、ゆっくりと顔を近づけてきた相手に向かって、シェルアが冷ややかに拒否。

「野郎には、興味がないんでな」

 シェルアの体に覆い被さり、顔を近づけたシロヤマが、気取った笑みを浮かべて残念そうに……いや、わざとらしく告げる。

「なんだ……気付いていたのかよ」

「赤園まりんがあー言った時点で、こうなることは想像が付く」

「なら、聞こうじゃないか。俺からの一撃を食らったあんたが消滅しなかった、そのワケを」

「スマホケースだ。俺が着ているコートの、内ポケットに入っているそれが、お前の一撃を食い止めた。そのおかげで、俺は消滅を免れたんだ」

「スマホケース……?」

「俺の言うことが信じられないなら、実際に確かめてみるといい」

 にわかに信じがたいと訝るシロヤマに、シェルアは真顔でそう告げた。半信半疑で手を伸ばしたシロヤマが、シェルアが着ているコートの、左胸の内ポケットからスマホを取り出してみせる。

「ほんとだ……シェルアが言った通りに、コートの内ポケットからスマホがでてきた」

 唖然とした顔でシロヤマがそう、信じられないと言わんばかりに呟く。まったくの無傷のスマホが納められたケースに、鋭利な刃物が刺さったような痕が残っていた。

「ずいぶん、綺麗なスマホケースね」

 徐に立ち上がり、しげしげとスマホケースを眺めるシロヤマの体越しからそれを眺めたまりんが感心するようにそう呟いた。

 思わず、まりんが魅入みいるほど、黒地に色鮮やかな風景画が表現された、ステンドグラスの装飾があしらわれたそれは美麗でかつ、見事なケースだった。

「遠い昔……俺がまだ、魔王になる前の話だ。その頃、幹部のひとりだった俺は、先代の魔王の言付けで、魔界へ新しくやって来たひとりの少年に武術を教えていた。それは、その時に少年が初めて闇の魔力を使ってこさえたもので、武術を教える俺にくれた、たったひとつの宝物なんだ。まさかこいつに、消滅の危機を救われる日が来るとは思わなかったがな」

 シロヤマがどいたところで、ようやっと体が自由になり、上半身を起こすとシェルアは真顔で淡々とそう告げた。

「……そんなに大事なものなら、このままにしておくのは忍びないわね」

 シェルアに向かって素っ気なく返事をしたまりんは、シロヤマから傷ついたスマホケースを端末ごと受け取り、両手で包み込むように持つと全神経を集中させる。すると……

 黄緑色をしたまばゆい光がケース全体を包み込み、あっという間に元の綺麗な状態に戻ったではないか。その様子を目の当たりにしたシロヤマが驚愕の声を上げる。

「ス、スマホケースが……あっという間に修復した?!」

「復元したのよ。堕天の力を使ってね。でも……堕天の力でこんなに綺麗にものを復元したのは、今日が初めてよ。ついさっき、緑のヒーリング薬を服用したのが影響でもしているのかしら」

「緑の癒やしの薬ヒーリングやくだと……?」

 冷静沈着にかつ、手短に説明したまりんの口から出た『緑の癒やしの薬』の言葉を耳にするや、にわかに険しい顔つきになったシェルアが冷ややかに口を挟む。

「もしや……さっきまで降っていた花びらもそれが関係しているんじゃ……赤園まりん、緑の癒やしの薬ヒーリングやくについて、詳しく説明しろ」

「いいわよ」

 どすの利いた声で説明を促すシェルアに怯むことなく、まりんはあっさりと返事をすると、

「これを、受け取ってくれたらね」

 最後にそう言葉を付け加えて、真顔であるものをシェルアに差し出した。

 差し出されたまりんの右手に握られている硝子製の小瓶を凝視しつつも、シェルアが胡散臭そうに尋ねる。

「それは……なんだ?」

「解毒剤よ。堕天の力で以て、私が作成したの。これを服用すれば、あなたの体から猛毒が消えて、命が助かるわ」

「解毒剤……だと?」

 それを知ったうえでシェルアは改めて、まりんの右手に握られている小瓶を凝視する。

 橙色に透き通る液体……あれが、解毒剤か。

 実際に、まりんが作成した解毒剤を視認し、内心そう呟いたシェルアは降参の笑みを浮かべて、

「敵から塩を送られるとはな……この俺を消滅させなかったこと、後悔させてやる」

 最後に気取った口調で憎まれ口をたたくと、まりんから解毒剤入りの小瓶を受け取った。

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