予想外な発想

「ご、ごめんよ……? そんなにショックを受けるとは……思わなかったんだ。だから、機嫌を直して……ね」

 取り繕った笑みを浮かべて、相手がまりんを宥めていると、その背後に歩み寄った男子高校生が、どすの利いた声で相手を威嚇。

「おまえ、なに泣かしてんの?」

 まりんのクラスメイトの細谷くんだった。

「強引の壁ドンに顎クイ、それに伴う泣かせる行為……あんたが侵した罪は、これでみっつだ。その罪、その身をもって、しっかり償ってもらうぜ」

「分かったよ。だから……俺の背中に突き付けている、物騒なものを下ろしてくれないかな」

 徐に両手を上げ、平静を装いながらも相手は、気取った口調でやんわり応じると掛け合った。

 相手を信用したのか、一歩下がった細谷くんがすっと、相手につきつけていたなにかを下げる。

「まったく……平和で穏やかなこの国に銃なんて物騒なもの、必要ないだろ?」

 おかげで命拾いしたわ。

 と、ぶつくさ文句を言う相手に、薄ら笑いを浮かべた細谷くんが一言放つ。

「おまえ、死神のくせに、めっちゃびびりなのな」

 冷やかに放った細谷くんの言葉が、相手をきょとんとさせる。表情、声色ひとつ変えず、細谷くんはとどめを刺す。

「俺はただ、銃に見立てた指先を、おまえの背中に突き付けていただけだぜ?」

 右手親指と、人差し指で銃の形を作りながらとどめを刺した細谷くんに、

 んナッ……んだ……とォォォ?!

 と、驚愕するあまり、内心絶叫、驚愕した相手がものすごい衝撃を受ける。

「ひ、卑怯だぞォ! ただの指鉄砲に、新聞紙を被せるなんて!!」

 どこぞのハードボイルド漫画に出てくる、凄腕スナイパーのような真似しやがって!

 大声を張り上げた相手のつっこみ……いや、怒号が飛ぶ。

「卑怯もなにも、こんな子供だまし、普通の人間だって騙されないぜ」

 フンッとお言葉を返した細谷くん。最後に軽蔑のまなざしで、

「よっぽどの妄想好きか、びびり以外は」と言葉を付け加えた。

 これが最後のとどめになったらしい。口をあんぐりと開けて絶句した相手が、そのまま石化した。

「赤園……大丈夫?」

 相手が怯み、石化している間に、細谷くんはまりんの方に歩み寄ると、具合をく。心配するその声に、まりんは手の甲で涙を拭うと、笑顔で応じた。

「うん、細谷くんが来てくれたから、もう大丈夫。でも……」

 急に顔を曇らせたまりんは、真顔で見詰める細谷くんに、相手から呪いを掛けられたことを打ち明けた。額にキスをされたところは伏せて。

「……ごめん。俺が、駆け付けるのが遅かったばかりに怖い思い、させちゃって」

 まりんはきょとんとした。

 なんで細谷くんが謝るの? 謝んなきゃいけないのは、あの男なのに。

「俺が、呪いを解いてやるよ」

 そう言うと細谷くんは、徐に向き合うまりんの両肩を掴んだ。

「ほ、細谷くん……?」

「ごめん。赤園に掛けられた呪いを解くには、こうするしかないんだ」

 いきなり両肩を掴まれ、もしやと顔が火照るまりんに、真剣な面持ちで詫びた細谷くん、そっと顔を近づけ、まりんの額にキスをした。

 さっきはあんなに嫌だったのに、相手が細谷くんだと安心する。

 やっぱり私は、細谷くんのことが好き。

 異性として好きと感じる細谷くんにキスされ、まりんに幸福を与えたのだった。


 この幸福がもっと続けばいいのに……とまりんが思った矢先のことだった。

「ハイ、そこまで!」

 いつの間に元に戻ったのか。強引に割って入った相手が、いいムードのふたりを引き剥がした。

「俺が石化している間にイチャつきやがって……そこのきみィ!」

 憤慨した相手が細谷くんの前に立ちはだかり、ずびしっと指さしながら大声を張り上げる。

「なんてことしてくれたんだ! あれは、彼女を守るためのものだったんだぞ!」

「おまえに守れるもんか。赤園を狙ってるくせに」

「彼女を狙っているのは、君も同じだろう?」

 相手を睨め付け、凄みを利かせる細谷くんに、フンッと気取った笑みを浮かべた相手は言い返すと言葉を付け加える。

「彼女に掛けた呪いは、呪いを掛けた俺じゃないと解けない。なのに君は強力な呪いを、いとも容易たやすく解いて退けた。君は一体、何者だい?」

「さぁ、何者だろうな。俺は」

 細谷くんがそう、不敵な笑みを浮かべて余裕を見せつけながら言った。

「余裕でいられるのも、今のうちさ。そう……今から俺が言う言葉で君は、余裕がなくなり冷静でいられなくなる」

 気取った笑みが浮かぶ、ポーカーフェースで告げた相手に、いささか警戒した細谷くんが強く出る。

「そんなこと、あるわけねーだろ」

「どうかな。なにしろ君は……赤ずきんちゃんの彼女(の額)を通して、俺と間接キッスしたんだから」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべて放った相手の一撃に、ぎょっとする細谷くんとまりん。

 予想外な発想――?!

 思いがけない衝撃を受け、まりんと細谷くんは心の中で同時に叫んだ。

 長身で、ダークスーツがよく似合うイケメンだが、毛先を遊ばせた、ショートカットの茶髪といい、どことなくホストの雰囲気漂うチャラに見える相手。

 堕天の力を使う時だけ、真っ赤なコートを着て、頭からすっぽりとフードを被るまりんを童話の赤ずきんちゃんにたとえて、間接キスをしたと言い出すとは……

 そこの部分を強調した相手の発想は、口をあんぐり開けて呆然と佇むまりんと細谷くんにとって、予想外にぶっ飛んでいたのであった。

「どうだい? 思わずどん引きするくらい驚いたろう」

 腕組みをしながら、ふふんと笑いながら得意げに尋ねた相手。したり顔でにやりとするその言動が何故か、放心状態からめたまりんと細谷くんをイラッとさせる。

「ああ、驚いたよ。おまえに、そんな趣味があったなんてな」

 細谷くんはそう、ポーカーフェースで返事をした。まるで、面前にいる相手を賤視せんしするような、とても冷ややかな雰囲気を漂わせる細谷くんに向かって、フンッと冷笑を浮かべた相手は、開き直ったように口を開く。

「この世の中には、男女の恋愛の他にも『イケメン同士の甘く切ない、危険な恋』だってある。君が望むのなら、俺が相手をしてやってもいい。さぁ、始めよう。刺激的で、燃えるような男同士の恋愛を」

 紳士的に振る舞ってはいるが、その話の内容が内容なだけに、相手から誘惑をされている細谷くんは身の危険を感じずにはいられなかっただろう。だからこそ細谷くんは、 

「断る」

と、真剣そのものの表情をして、相手からの誘いをきっぱりと断った。

「真面目な話……俺は、普通の恋愛をしたいと思っている」

 真顔で、冷静沈着に自身の想いを告げた細谷くんはそこで言葉を切り、断言。

「俺が本気で好きなのは、赤園まりんだけだ。もしも、この地球上のどこかに恋敵ライバルがいるとすれば、絶対に渡さない」と。

「それは、彼女に対する愛の告白……と受け取っていいのかな?」

 細谷くんに面と向かって断言された相手が真顔で尋ねる。まっすぐ相手を見据えて、細谷くんはびしっと返答。

「そう取ってもらって構わない」

「それと最後の言葉は、君からの宣戦布告として、受け取っておくよ」

 冷やかな視線を、細谷くんに投げかけた相手は静かにそう告げると言葉を付け加える。

「彼女を愛する君にとって俺は、強力な恋敵ライバルだから」と。

 細谷くんが、私のことを……

 面と向かって告白されたまりんは、頬を赤く染めたまま、しばし呆然としたのだった。

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