Ⅱ. 赤ずきんちゃんとキザな死神さま

乙女なら誰もがときめくだろう例のアレ

 美南川県縦浜市美舘山町みながわけんたてはましみたてやまちょう三十五番地。広大な敷地に、二階建ての大きな洋館を構えたこの地に、赤園まりんが越してきて半年が過ぎた。

 小さな頃からの夢であるフラワーデザイナーを目指し、日本海側の片田舎から、東京湾に面する縦浜市と言う名の都会へと上京してきたのだ。

 現在、まりんがひとり暮らしをしている洋館はその昔、母方の祖父母が暮らしていたが、今から五年ほど前に祖母が、その翌年に祖父が他界してからは空き家となっていた。

 この春から高校生となったまりんがひとり暮らしをするには大きすぎるが、自宅から徒歩十五分圏内に駅やスーパーなどがあり、通学と日常生活の利便性を考慮すると申し分がないのである。

「さて、ドラマも見終わったし……ちょっと早いけど、夕飯の買い出しに行きますか」

 まだまだ、夏の暑さが残る九月中旬。自宅一階のリビングにて、撮り溜めていた恋愛ドラマを見終わり、思い切り伸びをしたまりんは、テレビ横にある置き時計に視線を向けながらそう呟いた。

 そして、テーブル(白とピンクの花でかわいらしくアレンジメントした花器がテーブルの中央に置いてある)に置いたテレビのリモコンに手を伸ばす。

 リモコンで以てテレビを消し、ソファーから立ち上がったまりんは身支度をしに、二階の自室へと向かう。

 部屋着からUVカット素材のアイボリーのトップスに焦げ茶色のキャミワンピースを着たまりん。下ろしていた黄土色の髪をポニーテールにして財布やスマホを、少し大きめのトートバッグの中に入れて身支度を整えると駅前のスーパーへ向けて、家を出る。

「っ……!」

 突如として何者かの気配を感じ取ったのは、家の外に出たまりんが玄関を戸締まりしていた時だった。誰かが、この敷地内に侵入している。

 強盗かしら……

 にわかに警戒したまりんは、堕天の力で以て出現した真っ赤なコートを着込み、フードを被った。堕天の力を使い、真っ赤なコートを着た赤ずきんちゃんになったのはあの日以来、半年ぶりである。

 半年前のあの日、まりんは堕天使と契約後に命を落とした……と思い込んでいたのだが、ただ単に気を失っただけで、実際はこのように生きていた。

 あの時に出会った祠の管理人さん、堕天使、白いダッフルコートを着た黒髪の青年ともそれ以来、一度も会っていない。

 祠の管理人さんと堕天使については氏名など未だに不明な点がいくつもあるが、黒髪の青年だけは去り際に名を明かしてくれた。

『俺の名前は、ガクト・シロヤマ。毎日の激務に疲れて羽を休めに来た、ただの特殊能力者だよ』

 去り際、まりんに名前を尋ねられ、気取った笑みを浮かべてシロヤマはそう返答した。

 悠然とまりんのもとを去って行く彼の背中からは、ひと仕事を終えた、正義のヒーロー感が漂っていた。そんな彼を見送りながらもまりんは(やっぱり、変な人)と不審に思ったものだ。

 堕天使と契約をしたことで使用可となった堕天の力については、どうしても使用しなければならない時のみとし、それ以外は使用しないようにしている。

 そして今、私有地に何者かが侵入していることを知り、身の安全を図るため、まりんは半年ぶりに堕天の力を使用したのだった。

 どこからでも来なさい。私が、相手になってあげるわ。

 玄関の戸を背にして佇みながら、まりんは警戒を続けた。

 依然として、何者かの気配がしているところを見ると、侵入者はまだ、家の中までは侵入していないようだ。

 一度、戻ろうかしら。家の中が気になるし……

 警戒したまま、まりんが体の向きを変えて、肩に提げているトートバッグの中から鍵を取り出し、玄関の戸を開けようとした、その時。マナーモードにしているスマホのバイブレーションが作動、まりんに着信を告げた。

 いちじ作業を中断し、トートバッグの中からスマホを取り出すと着信相手を確認。まりんが通う、美南川県立美浜高校のクラスメイトのほそけんからの着信だった。

「逃げろ。死神しにがみが、赤園を狙っている」

 何事かと、電話口に出たまりんに、細谷くんは開口一番そう告げた。

「死神って……一体、どういうこと?」 

 あまりにもシリアスな口調で危険を知らせる細谷くんに、まりんは緊張を覚えながらも冷静に問いかける。

 しかし、どこからともなく現れた相手が、後ろからひょいとスマホを取り上げたがために、細谷くんからの返答を得ることが出来なくなってしまった。

「わざわざ警告してくれてありがとう。けれど君の大切なお友達はもう、僕の手の中さ。残念だったね、きんいちくん」

 最後の金田一くんは意味不明だが、気取った口調で静かに応対した相手がそのまま電話を切ってしまった。

「さてと……」

 着用している、ダークスーツの内ポケットにスマホをしまった相手は、ぎょっとしているまりんと向き合いながら、徐に話を切り出す。

「突然だが……今から君に、呪いを掛けさせてもらう。理由は、冥界、魔界の双方から、君の大切なものを守るためだ」

 冥界、魔界の双方から、私の大切なものを守るために、呪いを掛けるのね。だからって……それをするのになにも、呪いをかけることないじゃない。

 本人はいたって真面目だが、相手が真面目だろうとなかろうと、面と向かって意味不明なことを言われたまりんは、引きつった表情でマジないわぁ……と内心思いつつ、どん引きしたのだった。


「そうですか。じゃ私、とても急いでるんで」

 半ば棒読みで、素っ気なく返事をしたまりん。もうこれ以上は関わり合いたくないと不意に視線を逸らし、相手に背を向けた時だった。鍵で以て、玄関の戸を開けたまりんに急接近した相手がドンッと、戸を叩いて閉めたのは。

「俺から、逃げられるとおもってんの?」

 仏頂面を下に傾けて、振り向いたまりんの目を見据えた相手がそう、どすの利いた声でそう告げた。

 男女ふたりの顔が触れそうなくらいの至近距離。片手で玄関の戸を叩いて、行く手を遮った相手。背が高くて超イケメンの若いお兄さんに迫られ、締め切られた戸に固定されたまりんは、完全に逃げ場を失った。

「……脅迫ですか?」

 締め切られた玄関の戸に固定され、身動きが取れないまりんはそう、毅然たる態度で冷やかに尋ねる。

「それに近いかな」

 まりんと視線を合わせたまま、不敵な笑みを浮かべた相手は気取った口調で返答。

「ここで君を逃がすと、手遅れになりかねないからね」

 なんてやつだ。

 相手を睨み付けつつ、まりんは内心、冷やかに呟いた。目的を達成させるためなら、どんなに卑劣になろうと手段を選ばない。そんな嫌な雰囲気が、目と鼻の先にいる相手から漂っていた。

「あなた最低ね。か弱い女の子に、こんな形で迫るなんて」

「そんな憎まれ口を叩いていいのかな? 誰もいないこの場所で、か弱い女の子の口を塞ぐのは造作ないんだぜ?」

 壁ドンしたまま、空いているもう片方の手でぐいっと、まりんの顎を上げた相手は、どすの利いた声で再び脅しにかかった。

 目と目が合い、顔と顔の距離がさらに縮まったこの状況。そしてこの角度。このままいけば唇と唇が触れて大変なことにっ……!

「わっ……悪かったわね」

 冷酷な笑みを浮かべている相手とのキス、と言う最悪の事態を回避すべく、不意に視線を逸らしたまりんは、頬を赤く染めるとぶっきらぼうに謝った。この時、まりんは気付かなかった。

 ツンデレ女子、最高かよ!!

 内心、そう叫んだ相手の顔が若干にやけていることに。

「君、本当はとっても素直でいい子なんだね」

 ポーカーフェースで以て、まりんに返事をした相手は不意に顔を近づけると、まりんのひたいにキスをした。

「素直に謝った、ご褒美だよ。同時に、俺との契約をさせてもらった。これで君に呪いが掛かり、大切なものも守られる――って、なんで泣いてるのォ?!」

 気取った笑みを浮かべて説明する最中、きょとんとした顔でぽろぽろと大粒の涙を流し始めたまりんに気付き、ぎょっとした相手がおろおろし出す。

 契約と称し、額とは言え、初対面の相手にキスされたうえ、得体の知れない呪いを掛けられて、まりんは底知れぬ恐怖から泣き出したのだ。

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