まりんと黒髪の青年

 気が気でないと言えば……たった今、起きたばかりの出来事について、まりんは改めて振り返る。まりんに疑いの目を向ける祠の管理人さんは、ポーカーフェースで嘘をついたまりんに呪いを掛けて行った。それも、不意打ちキスをする形で。

 若くて、イケメンの部類に入る祠の管理人さんとのキスを思い出し、恥ずかしさにまりんの顔が火照った。

「なっ……なに動揺しているのよ、赤園まりん! キスはもう、中学一年生の頃に細谷くんと経験済じゃない。そうよ、ファーストキスを奪われなかっただけましだわ!」

「へェー……そーなんだァ……」

 屈んだ膝の上に右手で頬杖をつきながら、黒髪の青年が素っ気なく返事をしたのは、まりんが自身に言い聞かすように声を張り上げた時だった。

「まりんちゃんが経験者だったなんて、知らなかったなァー……」

 つまらなそうな顔をして、間延びした口調で返事をした青年に、びっくり仰天したまりんはめちゃくちゃ動揺。

「なっ……ななななんで私の名前をっ……?!」

「今、自分で言ってたじゃん」

「気を失っていたんじゃ……」

「なに動揺しているのよ、赤園まりん! ……って、まりんちゃんが自分に言い聞かせている声で目が覚めたよ」

「じ、じゃ……それから前のことは……」

「堕天使と戦ったところまでは覚えているけど、その後のことは気絶しちゃったから覚えてないな」

 つまらなそうな顔をした黒髪の青年との会話に区切りがついたところで、まりんはほっと安堵した。中学一年生の時に経験しているまりんにとっては二度目となるラブシーンを、面前にいる黒髪の青年に見られることはなかったのだから。

 ギリギリセーフ……じゃないわね?

 安堵したのもつかの間、すぐにあることを思い出したまりんは再び、動揺する。

 聞かれた……黒髪の彼に……私の初体験を……あーもーなにやってんのよ私!

 顔から火が出る思いだ。独り言の形で自分の体験談を相手にバラしてしまうとは……

「まりんちゃんに聞きたいことがあるんだけどさァ……」

 依然として、つまらなそうな顔をしながら、黒髪の青年が平然と尋ねる。

「俺が気絶している間に、祠の管理人さん、ここに戻って来なかった?」

「戻って来ましたよ。私も気を失っていたから、状況を詳しく説明は出来なかったけれど……」

 そう、まりんは真顔で返答をすると様子を見に行っていた祠の管理人さんがここに戻って来た時のことを、黒髪の青年に話して聞かせた。祠の管理人さんに呪いを掛けられたことは伏せて。

「罪人と断定するには証拠が不十分だから、今のところは保留……ね。しかも、祠に侵入したのが俺だけじゃなくて、他にもいる可能性があると、あの人は疑っているわけか」

「管理人さん、言ってました。祠には、誰かが侵入した形跡が残っていたって。そこに安置されている堕天使の像に宿る魂が、そっくり抜けていたそうですよ。それで、像が偽物だってことを見抜いたそうです」

 妙に冷静沈着なまりんの言葉に、屈んだまま真顔で考え込んでいた黒髪の青年が、頬杖をついていた右手で頭を抱えると厄介そうに呻いた。

「うげっ……マジかよ。あの人、なんでそんなことまで見抜いたんだか……」

「なんだか、心当たりがありそうな口振りですね」

 クールを装い、妙に勘が鋭いまりんに、いささか動揺した黒髪の少年は頭から右手を離すと、まりんに視線を向けてあっさり白状した。

「さっき、俺が祠に行った時には、堕天使の像が消えていたって話をしただろう?

 実はその時……俺は、この身に宿る特殊能力で以て、復元したんだよ。忽然と姿を消した、堕天使の像をな。

 完璧に復元させたと思っていたのに、像の中身まで復元出来なかったがために偽物だと見抜かれてしまうとは……あの人、疑っているだろうな。堕天使の像を復元させたのが、この俺だって」

「よく分かりませんね」

 腑に落ちない表情をしながら、まりんは疑問を口にする。

「侵入しただけならまだしも、なんで、堕天使の像を復元する必要があったのでしょうか」

「それは……」

 なかなか鋭いまりんの疑問に、黒髪の青年は真顔で返答。

「俺よりも先に、祠に侵入した誰かを守るためだよ。俺の勘が正しければ、その侵入者が堕天使にそそのかされて、封印を解いた可能性がある。なにか、理由があってのことなんだろうけど……もしも俺の勘が当たっていたら、祠の管理人の逆鱗に触れて重罪人扱いされかねない。最悪の事態になる前に、堕天使と侵入者を捜し出さないと……」

 いつになく真剣な面持ちで予想と目的を口にした黒髪の青年。その姿をしばし見詰めていたまりんが不意に口を開く。

「あなたの勘……当たっていますよ。私が、あなたよりも先に祠に侵入して、堕天使の封印を解いたのだから」

「えっ……?」

 まりんの不意打ち発言を受け、黒髪の青年に緊張が走る。

「ついでに白状しますけど私、堕天使と契約したんです。そのおかげで堕天の力が使えるようになって……」

「それであの時、祠の管理人が張っていった、強力な結界を破ることが出来たのか。君が、堕天使にしか扱えない、堕天の力を使ったから」

 黒髪の青年はそう、険しい表情で言葉を繋げると、

「君から、使い方によって変化する特殊能力を使ったって聞いた時にそうじゃないかって思ったんだ。そんな特殊能力は、堕天の力以外に考えられないから。

 けれど、どうして……そんな大事なことを、得体の知れない俺に告白してくれたんだい? ひょっとしたら俺は……君にとっては敵になるかもしれないのに」

 疑問に感じていたそのことを問い質した。黒髪の青年から問い質されたまりんは真顔で返答。

「なんとなくですけど……私は、今のあなたが敵に思えなくて。たとえそうだとしても、私が気付かないうちに味方になってくれそうな、そんな気がするんですよね」

 なにげにふと、優しく微笑んだまりんの目をまっすぐ見詰めたまま、黒髪の青年は目を瞠った。

 明らかに俺よりも年下の女の子が気遣って、いま抱えている素直な気持ちを打ち明けてくれた。俺は、事の成り行きによっては味方どころか、君にとって敵になるかもしれないのに。

 状況に応じて平気で嘘を吐くし、見た目は優しい人間だけどその気になれば冷酷な人間になれる一匹狼だ。そんな俺を、面前にいる彼女は、信用でもしたのだろうか。もし、そうだとしたら……

「俺は、赤ずきんちゃんの君が思っているほど、優しい人間じゃないよ」

 ふと、優しく微笑んで否定した黒髪の青年は、

「けれど、そんな俺に本当の事を打ち明けてくれたのは嬉しいよ。ありがとう、俺を信用してくれて」

 率直に気持ちを打ち明けたまりんにこたえるため、感謝の気持ちを伝えた。

 嘘偽りのない、率直な黒髪の青年の返事を受けて、まりんはにっこりと笑ったのだった。

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