祠の管理人さんの呪い
「よぅ……目が覚めたか?」
どのくらい気を失っていたのだろう。ふと意識が戻り、ゆっくりと閉じていたまぶたを開けると、いつの間にか戻っていた祠の管理人さんが屈んで顔を覗き込んでいた。それも、つまらなそうな顔をして。
「管理人さん……?」
「君、ここでなにがあったか、説明出来る?」
「いいえ……今、目が覚めたところなので……彼は? 黒髪の青年はどこに……」
「君のすぐ傍で、気を失って倒れているよ。ほら、そこに……」
祠の管理人さんからの返答を受けて、アスファルトの路上に仰向けの状態で横たわったまま、まりんはそっと顔を動かした。まりんから見て左隣で、白いダッフルコートを着た黒髪の青年が、うつ伏せの状態で倒れている。
「私が気を失っている間に……一体、なにがあったのかしら」
「さぁな……俺も今、戻って来たところだから、状況がさっぱりわかんねーよ」
顔を元の位置に戻して呟いたまりんに祠の管理人さんがそう、つまらなそうに返事をした。再び、祠の管理人さんと視線を合わせながら、まりんは心配そうに問いかける。
「祠は……無事だったんですか?」
「無事だったよ。見た目は……な」
「見た目は……?」
「祠には、精霊王と三人の子供達の他に、誰かが侵入した形跡が残っていた。それはそこで気を失っている青年のものとみて、間違いないだろう。
問題は、祠に安置されている堕天使の像だ。見た目はなんの変哲も無い、ただの像だったが、像に触れた瞬間、すぐに偽物だと分かったよ。そう、像に宿る堕天使の魂がそっくり抜けていたから」
流石は、祠の管理人と称するだけのことはある。彼の鋭い観察力は、思わず青ざめたまりんをどきりとさせた。
「そ、それじゃ……彼は……」
「罪人……と判断するにはまだ、確たる証拠が不十分だ。今のところは、保留だな。
これはあくまで俺の推測だが……精霊王、三人の子供達、黒髪の青年の他にも侵入者がいた可能性がある」
黒髪の青年の身を案じたまりんに、祠の管理人さんは真顔で返事をすると、
「質問に、答えてくれ。君は本当に、祠には近づいていないだろうな?」
まるで念を押すように尋ねた。鋭い眼光を放つ祠の管理人さんの視線がまりんを捉え、尋常じゃないほどのプレッシャーを与える。
「はい。祠には、近づいていません」
祠の管理人さんからの、無言のプレッシャーに耐えながらもまりんはそう、ポーカーフェースでしっかりと返答した。
「そうか……」
そう、静かに呟いた祠の管理人さん。徐に、まりんの手を引き、上半身を起こすと同時にキスをした。
「俺は、君に疑いの目を向けている。彼らと同様、祠の中に足を踏み入れた侵入者なのではと。
ついさっき、俺はここを離れる直前、ちょっとやそっとの力じゃ解けない頑丈な結界を張って行った。もしもに備えての、堕天使除けの結界をな。それが解けているってことは、ここにいる君達のうちどちらかがより強い力を使ったことになる。そう、たとえば……堕天使にしか扱えない『堕天の力』とかな。
俺とキスをした時点で呪いが掛かり、“
まりんの唇にキスをした祠の管理人さんは、鋭い目つきでそう告げると立ち上がった。
「まっ……待ってください!」
徐に体の向きを変え、徐々に離れて行く祠の管理人さんに向かって、その場に取り残されたまりんが慌てて待ったをかける。
「私に掛けられた、あなたの呪いは……一体どうしたら、解けるのです?」
まりんに背を向けてすたすたと歩を進めていた祠の管理人さんが静かに振り向くと、
「君の疑いが晴れれば、呪いは解ける。それまでは、絶対に解けない。どんな力を使ってもな」
真顔でそう返答すると、再びまりんに背を向けて、どこかへと去って行ったのだった。
とりあえず……頭の中を整理してみよう。
上半身を起こしたまま、しばし祠の管理人さんを見送っていたまりんは顔を前に戻すと腕を組む。
事の発端は、まさにまりんがいるこの場所だった。三人の中学生くらいの子供達を背に、狩衣と狩袴姿の、小学生くらいの美少年が祠の管理人さんと対峙していたのがつい先ほどのことである。
結界を張り、祠の管理人さんの攻撃に堪え忍んでいた少年がやや押され気味で、このままでは結界が耐えきれなくなってやられてしまうと思ったまりんが、今は廃墟と化している古い日本家屋の地下室に位置する祠を見つけて、堕天使の封印を解いてしまう。
そして、まりんの手により、封印が解けた堕天使と契約、彼にしか扱えない堕天の力を手に入れた。
その後、再びここに戻り、少年に代わってまりんが祠の管理人さんと対峙。黒髪の青年が登場したのは、その最中だった。
祠の管理人さんが、自身が管理をするその場所へと向かったその隙に、黒髪の青年とここから脱出を試みるも、事前に張られていた祠の管理人さんの結界に阻まれ、あえなく失敗。
黒髪の青年にまりんが、堕天の力の使い手であることを疑われた時だった。人間の姿に身を変えて、堕天使が現れたのは。そこからの記憶がふっつりとないのは、堕天使が姿を見せてすぐに気を失ったからだろう。
しばらくの間は気を失い、ふと意識が戻った時には祠の管理人さんがここに戻っていて、黒髪の青年は気を失っていた。
まりんが気を失っている間に、なにかが起きたことは明白だ。黒髪の青年と堕天使の間で一体、なにが起きたのだろうか。それともうひとつ、まりんには気掛かりなことがある。それは、祠の管理人さんのことだ。彼は明らかに、まりんを疑っている。
『――精霊王、三人の子供達、黒髪の青年の他にも侵入者がいた可能性がある』
たった今、ここを去っていた祠の管理人さんは確かにそう告げていた。彼らの他にも侵入者がいる、その侵入者こそがまりんではなかろうかと、彼は疑いの目を向けているのだ。
祠に侵入しただけでなく、堕天使の封印を解きなおかつ、堕天使と契約をしてしまったこともひっくるめて、祠の管理人さんに疑われているのでは……心当たりがあるだけに、そのことを思うと気が気でない。
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