第2話(3)選ばれし存在

「ヴィ、ヴィランとは⁉」


「あれのことだよ」


 功人さんが指を差した先には、手足の他に、四本の足を背中から生やした少女のような存在がいた。


「!」


 わたしは驚いてしまう。


「……」


「ひ、ひええっ⁉」


 少女の八本の手足が一斉にわたしの方に向いた為、わたしは思わず悲鳴を上げる。それとは対照的に功人さんは冷静に呟く。


「蜘蛛女だね……」


「な、なんですか、それは⁉」


 わたしは功人さんに問う。


「だからヴィランだよ」


「ヴィ、ヴィランとは一体⁉」


「ふむ……ヒールと言った方が分かりやすいかな?」


「いやいや、横文字を横文字で言い直されても!」


「そうか……」


 功人さんは若干だが、困ったような表情になる。


「よ、要するに悪役ですか?」


「ああ、まあ、そんなところだね……」


 功人さんがわたしの問いに頷く。


「あ、悪役さんがどうしてこんなところに……」


「それはもちろん……」


「も、もちろん……?」


「『光あるところに闇がある』とはよく言うじゃないか……」


「ま、まあ、なんとなく聞いたことある言い回しではありますが……」


「それを言い換えてみるとだ」


「え?」


「『正義あるところに悪がある』ということだよ」


「は、はあ……」


「つまり……」


「つ、つまり?」


「……」


「………」


「…………」


「ず、随分と溜めますね!」


「ん?」


 功人さんが首を傾げる。


「ん?じゃなくて教えてくださいよ!」


「ふっ、せっかちだな……」


 功人さんが笑みを浮かべる。


「この状況ではどんなに急かしても問題ないと思いますが⁉」


「……ちょっかいだ」


「はい?」


「ヴィランというものはヒーローにちょっかいをかけてくるものなんだよ」


「ちょ、ちょっかいって⁉」


「言い換えれば……いわゆるひとつの『構ってちゃん』ってところかな?」


 功人さんがウインクする。


「緊張感のない言い換えはやめてくださいよ!」


「そうかな?」


「そうですよ!」


「まあまあ、少し落ち着きたまえ……」


「落ち着いていられません!」


「ミス静香、こういうときこそ状況を整理すべきだ」


「む……」


 わたしは少し黙り込む。ミスとか初めて言われたな……。功人さんは頷く。


「……さっきのちょっかいうんぬんはまあジョークみたいなものなんだが……」


「! ジョ、ジョークなんですか⁉」


「落ち着いて」


「いや、落ち着いていられませんって!」


「長年の調査の結果、新宿のこの付近にお宝が眠っているということが分かった……」


「お、お宝⁉」


「ああ、GHQなどが関係する……いわゆる『M資金』というやつだ」


「そ、それって、都市伝説とかでよく聞くやつ……!」


「あいつらヴィランはそれを狙っているんだ……!」


 功人さんは蜘蛛女をビシっと指差す。


「へ、へえ……」


「! う、薄いリアクション⁉」


 功人さんがわたしの反応に戸惑う。


「い、いや、そんなこと言われても……」


 わたしは鼻の頭をポリポリと搔く。


「なにか気になることがあるのかい⁉」


「気になるっていうか……ぶっちゃけ、それってわたし関係あります?」


「だ、大分ぶっちゃけたね⁉」


「だって……」


「大いに関係あるよ!」


「ええ? わたしはごく普通の女子高生ですよ?」


 突発的に人一倍強い霊感が備わったことを除けばだが。


「とんでもない!」


 功人さんが両手を大きく広げて首を振る。アメリカ仕込みの身振り手振りだ。


「と、とんでもないとは?」


 わたしは困惑する。


「何故にこうして私が君のもとにやって来たのかと言うと……」


「は、はい……」


「……君はスーパーヒロインなんだ……!」


「え、ええっ⁉」


「You are Super Heroine!」


「な、なんで英語で言い直したんですか⁉」


「OK?」


「ぜ、全然OKじゃないですよ⁉」


「アンダスタン?」


「きゅ、急にカタカナ英語⁉ さ、さっぱり理解出来ませんよ!」


「ビコーズ……」


「な、何故なら?」


「君は『選ばれし存在』ってことさ!」


 功人さんが右手の親指をグッと立て、真っ白な歯を見せて、ニカっと笑う。


「そ、そんな⁉」


 わたしは思わず天を仰ぐ。

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