第4話 ランク5の戦鬼
「何を言っている…?君たちは人間なんだろ…?」
アルバートさんが事務員たちに話しかけた。
「そのモンスターを倒してくれたのはお礼を言うよ。自治体に事情を話して君たちにも危険手当が出るようにしよう。協力してビルから出よう。」
巻き髪グリングリンがいかにもバカにするように大げさに鼻を鳴らした。
「フン、オッサン何言ってんの。私たちはランク6。あんたたちと協力なんてしなくても全然帰れるし。」
「そ、そうか、じゃあ生ごみが誰を指すのかわからないけど、殺すなんて言わないで放っておいてくれよ。」
便所の芳香剤がくすくす笑いながら言った。
「生ごみはそこのでかいメガネ男と、ブタ女と、そっちのちっちゃいキモ男だよ。オッサンは帰っていいよ。残り3人でこのビルから出られるならの話だけど。」
アルバートさんたちには全く意味がわからないことだろう。オフィーリアさんとマチルダさんも多分わかっていないと思われる。
この場はどうすれば…。
オフィーリアさんが一歩前に出た。
「殺すって言うなら私が先に殺る。」
「何を言ってるんですオフィーリアさんっ!」
慌ててつい大声が出てしまった。ヒーラーのあなたが殺るなんて言っちゃダメだしそもそも不可能だしっ!殺されそうになってるのに煽るんじゃないっ!
横顔を見ると完全にいつもの柔らかいオフィーリアさんではない。戦う顔つきになっている。
だからと言ってあなたがランク6の雷撃使いに勝つ方法なんてないだろ!?
「じゃあこっちからいくね。ブタ江ちゃん。」
ああ、あいつらは完全に記憶があるのだ。
事務員二人は光の玉をポンポン飛ばしてくる。下手くそボール投げの要領で投げているため命中率は低く、明後日の方向に飛んで行ったり、柵に当たってはバチンと割れて焦げ跡を残している。雷撃の玉のようだ。恐らくランク6なので威力は強いのだろう、ただそれをうまく扱いきれていないように見える。玉を発生させるスピードもそんなに早くはない。ババアをやっつけたのも、恐らく背後から油断しているところをやったから成功しただけだ。であれば勝機はある。
「あんたたち何がランク6だよ、全然当たらないじゃない。」
「うるっせえ黙れブタ!」
事務員は二人とも目が吊り上がって目の下には真っ黒なクマが出現している。顔が興奮しすぎて紫色に変色している。まるでモンスターだ。にこにこと笑って制服のブラウスの胸元を大きく開けてイケメンに色目を使っていたのが嘘のように本性を現した。
「語彙力なさすぎだろ。」
オフィーリアさんはそう言って苦笑しながらミナミさんが使っていたダイヤモンドソードを拾い上げ、テニスのラケットのように振り回して雷撃の玉を打ち返し始めた。なんと!ダイヤモンドは電気を通さない。ダイヤモンドソードは幅が広くそれなりの重さがあるはずだが、身体が大きい分パワーもあるのだろう、軽々振り回している。撃ち返した玉はスピードを増して跳ね返って見事グリングリンの頭に命中、バチン!と派手な音を立てて、綺麗に染められて巻かれた髪ときっちりメイクした顔を半分ほど黒焦げにした。頭は皮膚が焦げて骨が丸出し、顔の残った部分はひじきみたいな付けまつ毛が燃えて、チリチリしたものが目の周りにこびりついている。
「いたあーい!あつぅーい!ビリビリしたあ!」
それでもグリングリンはまだ立っているし攻撃の態勢を取っている。やはりモンスターなのか?
「腹立つ!撃ち返す人なんて初めて見た!」
「さあ撃って来なさいよ!こっちだってランク6でそんなヘロヘロな攻撃する人は初めて見たよ!」
強気で叫んだオフィーリアさんはダイヤモンドソードを前に構えて撃ち返しながらどんどん事務員たちの方へ進んでいく。その自信は一体どこから来るんだろう?ヒーラーで普段後方支援をしている人なのに、怖くないのだろうか?
事務員たちは撃って来いと言われてもババアに当てた雷撃ほどの大きいものは撃ってこないし、もしかしたら魔力不足でもう大きいのは撃てないのかもしれない。それに撃ち返されてしまうと自分たちが危ない。この状況で俺に出来ることはなんだ。刀を手に一歩前に出る。
「ショ、ショーゴくん、待て、待て、ぼく」
マチルダさんも魔法で対抗すると言っているのだろうか。敵がオフィーリアさんの反撃に怯んでいる今なら二人でどうにか反撃できそうじゃないか。
事務員たちはそれぞれタイミングを0コンマ何秒かずらしながら雷撃の玉を撃ち始めた。オフィーリアさんがダイヤモンドソードを振って一つ目を撃ち返す。フォロースルーしている間にすぐもう一発が飛んでくる格好だ。さすがにあの重たい剣は卓球のラケットのように軽くは触れないのだ。思い切り振ってしまうとすぐにもう一発を撃ち返すことができなくなり、防戦一方のオフィーリアさんは剣を前に出して隠れるようにしながら立ち止まってしまった。事務員たちのところまであと少しなのに!
剣の幅からはみ出したオフィーリアさんの肩や腕に雷撃の弾が次々と当たってしまっている。あいつらもさすがに慣れてきたか。オフィーリアさんの体が電気をくらい硬直しているようだ。そこにアルバートさんがすかさず駆け込み、盾を持って立ち塞がった。アルバートさんはでかくてカッコイイ!
アルバートさんの盾がずっともつわけじゃない。俺らも行きましょう、と残っているメンバーに声をかける。二人じゃなくて四人いる。みんなうなづいて協力してくれた。ジョーさんが犠牲になった仲間の盾を拾い先頭で近づく。俺はそれに隠れてついていく。後ろからユンケルさんが持っていた小さい弓矢にマチルダさんが火をつけ放つ。事務員たちの足元に4本の火矢が刺さり、俺はそこに拾っておいたゴカ砂を勢いをつけて大量にブン撒いた。耳かき一杯で数日間焚火を燃え続けさせるゴカ砂を大量に撒いたため勢いよく大きな炎が上がり、事務員たちの悲鳴が上がった。それと同時くらいにオフィーリアさんの渾身のパンチが炎に怯えたグリングリンの顔に入ったのが見えた。燃え上がる炎の中でも怯むことなく敵にパンチや蹴りを容赦なく叩き込むオフィーリアさんは戦鬼のようだ。グリングリンはゴム人形のように変な方向に首が曲がり、目玉や歯を剥き出している。横目でそれを見ながら俺は炎に巻かれゴカ砂にむせている便所の芳香剤に回転斬りを喰らわす。一度やってみたかった回転斬りと事務員へのリベンジが同時に出来たのでハッピー!便所の芳香剤は最後に倒れる時は苦しそうに目玉が半分飛び出し、口から炎を吐いていた。ゴカ砂を大量に吸い込んだのだろう。ご愁傷様です。
オフィーリアさんは雷撃をいくつか喰らってしまったが、治癒魔法で自分で治していた。俺も少し服が燃えて火傷をしたので治療をお願いした。
「オフィーリアさん、強かったんですね…!」
みんなで称えるとオフィーリアさんは戦鬼の顔からいつものにこにこ顔に戻って身の上話を始めた。
「私ね、昔ランク5の兵士だったんです。それなりに討伐にも出て、固定パーティーに入っていた時期もありました。一番得意なのはナイフと近接格闘術です。」
「へえ~!」
全員が驚いている。
「そうしているうちに結婚して出来た子供が珍しい病気だったので、面倒を見るために討伐はお休みして、魔法の勉強をしたんです。治癒魔法が使えれば少しずつ病気の進行を抑えられるかもしれないから。難しくて、頑張ってもランク9にしか上がれなかったけど。」
「なるほど…」
「意外でしょう?子供を産んでからずいぶん太ってしまって、お恥ずかしい。あの頃の面影は欠片も残ってないな。」
「そんな。お子さんの病気は今は…?」
「おかげさまで治癒魔法が効いています。完全に治りはしないけど、進行してすぐに死んでしまうようなことはなくなりました。ランク9の魔法でもどうにか使えるものです。」
「そうですか…。」
「もうあの頃のように軽々とは動けないけど、今日は敵がランク6と聞いてなんだかいけるんじゃないかって思ってしまって。皆さんもいることですし。」
俺たちがかならず協力すると信頼してくれたということだ。
「久しぶりに体重の乗ったパンチが打てて楽しかったです。」
「さすがです。」
「皆さんも援護してくれてありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそ助かりました。あのままだったら全員黙ってやられていたかもしれないので。」
アルバートさんが頭を下げたのでみんなも続いた。
「では帰りましょうか。帰宅するまでが討伐です。気を抜かないように。」
「はーい。」
俺たちがあいつらに生ごみ呼ばわりをされていた理由は誰も聞かなかった。本当にこのパーティーは居心地が良い。誰も余計なことは言わないし聞かないのだ。寄せ集めとはいえメンバーが半分この世を去ったのがとても残念だ。生きていたらまたいつかどこかの討伐で会えたかもしれないのに。
完全な日没までには30階の階段を無事に下り終え、アルバートさんが報酬を後日自治体から受け取って分けてくれる約束をして俺たちは解散した。オフィーリアさんとマチルダさんに俺のことを覚えているか聞こうと思ったけれど忘れてしまった。これからも討伐に出ていたらいつか課長や部長を殺す機会もあるだろうか。密かな期待をした。
自宅に戻って落ち着いてよく考えたら俺はモンスターではなく人を殺してしまったのだということに気が付いた。でもやはりあまり罪悪感は無いな。向こうがこちらを殺そうとしてきたのだし、そもそもあちらは転生前からモンスターだった。それでいいと思うことにする。
後日国の調査が入って俺は逮捕されたりするのだろうかとそれだけが気にかかったが、報酬を受け取りに待ち合わせをしたアルバートさんがその後の顛末を教えてくれた。
「モンスターと人間の混血…?そんなのがいるんですね?」
どうやら役人たちと現場の調査に立ち会ったらしい。
「ああ。あの二人の女性は魔法を使う知性のあるモンスターとの混血だったそうで、こちらが命を狙われたのは確かだし、僕たちのしたことは不問だそうだよ。」
「俺たちの個人的な事情で皆さんにも迷惑がかかったらどうしようかと思ってたんです。ホッとしました。」
やはりモンスターだったのか。確かにあの顔色は尋常ではなかった。だが、マチルダさんのサーチ能力にかからなかったのが気になる。
「巣のレベルが途中でアップしてしまった件なども報告しておいたよ。」
「ありがとうございます。ああいうことがあると困りますね。特に我々ランクの低い討伐者にとってはどうにもなりません。」
「そうだなあ。もしかしたら討伐を自治体だけに任せるのはやめるような法律が出来るかもしれないとも言ってたなあ。いちいち現場を役人が仕切るわけじゃないから、素人の寄せ集めのパーティー任せだからトラブルも多いしね。」
「県とか市って融通が利かないわりに管理が緩いですからね。せめて民間会社が入って儲けのためにガッチリやる方がマシだと思います。」
「俺も同感だよ。」
アルバートさんは一息ついてから、そうえば、と思い出したように言った。
「ショーゴくん、うちの固定パーティーに来ないか?」
「アルバートさん固定パーティーに所属してるんですか?」
「ああ、こないだのはトレーニングついでのアルバイトだよ。普段は固定の討伐隊に入ってるよ。もし良ければどうかな?」
「えーと、俺コミュ障なのであんまりそういうのは…」
「そうか、残念だな。君のアタッカーとして動きはなかなか良かったよ。またどこかで会ったらよろしく。」
「こちらこそです。」
アルバートさんのパーティーなら少し惜しい気はしたが、俺には多分無理だ。またいじめられたりマウントを取られまくって誰かの自尊心の肥やしになるのはごめんだ。寄せ集めならその日だけ我慢をすればいいだけだからそれでいい。掲示板をこまめに見て討伐に参加して、また過去の鬱憤が晴らせる日が来たらラッキーだ。もっと強くなりたいなあ、ぼんやりそう思いながらその日は眠りについた。
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