第3話 顔デカババアfeat.営業事務員
サスケ隊長の首を落としたのは餅田礼子の爪のようだ。しわしわの手に30センチぐらいの爪が生えていて、真っ赤なマニキュアがところどころ剥げていて汚らしい。手は巨大化しているわけではないのに爪が30センチあるので邪魔そうではある。その爪でざりざりと屋上のコンクリートを削り取りながらクソハゲの遺体を残らず集めて平らげた。
「私の…ダーリンを返してよ…」
ダーリン!?クソハゲのことか!?まさか!?
クソハゲを体内に取り込んだ餅田礼子はさらに頭を巨大化させ、こちらに向かって進み出て、口をぐわっと開けた。どうやら俺たちのことも食べようとしているらしい。
「ふっざけんなよ!!」
隊長を一番慕っていたタカオさんが剣を振りかざし、顔デカババアに突っ込んでいった。ダメだ!体勢を立て直してからじゃないと!と思ったが仕切るリーダーは既にいない。顔デカババアは頭を振り下ろしタカオさんの体ごとコンクリートにめり込ませて潰し、タカオさんを拾い上げて丸ごと食ってしまった。バリバリと骨をかみ砕く音が響く。
「いや……!」
あまりの出来事にオフィーリアさんから悲鳴にも似た声が漏れた。
その時、餅田礼子の背後からさらに別の女性二人が現れた。俺はこいつらも知っている!営業事務の、いつも巻き髪を指でグリングリンしている堀奈緒美と、香水がきつくて古い公衆便所の芳香剤の臭いがする飯山ほのかだ!こいつらは二人していつもこそこそ内緒を話しながら俺やオフィーリアさんのことを馬鹿にして笑っていた。ぶつかったふりをしてわざと俺が食べている弁当をひっくり返したり、オフィーリアさんが何か言っているのを「聞こえませーん」と何度も言わせたりするのは日常茶飯事。オフィーリアさんの机の周囲に細かく砕いたシャーペンの芯をばら撒いたりもした。マチルダさんにいたっては存在が無いことになっているか、汚れを拭いたティッシュを投げつけるゴミ箱にしていた。幼稚。それ以外の言葉が見つからない。俺らがお前らに何をしたというのだ。
それにあいつらはイケメン営業マンと上司には愛想を振りまき、それ以外は適当にあしらう。イケメンと付き合いその後うまくいかなくなると、書類をわざと間違えたものを渡して取引先に行かせて失敗させるというような嫌がらせを繰り返しては部長に泣きつき、男を別の支店に追いやる。入れ替わりで入ってきた営業マンがイケメンじゃない場合はこちらも嫌がらせをして追い出し、イケメンだと誘惑して付き合い…ということを散々繰り返していたクソ女どもだ!俺は顔デカババアよりはこいつらを斬りたい!
「ダメダメダメダメ、い、今はダメ、ミンナ帰ろう、帰るよ、レベルCだよ帰るよシンジャウヨ帰るよ」
突然マチルダさんが喋り出した。
レベルCだって!?顔デカババアフィーチャリング事務員がレベルCだというのか。なんだか腹が立つな。というかマチルダさんそんなサーチ能力があったのか。
現状パーティーは残り10人。パーティ中最高ランク7のサスケ隊長がいなくなって、俺、ミナミさん、ジョーさん、アルバートさん、ユンケルさんがランク8。残りは全員ランク9だ。
レベルCの巣はランク7~8の討伐隊が推奨されているが、レベルに対しては余裕を持ってそれ以上のランクの人間を多めに連れて行くのが通常だ。ヒーラーと魔法使いが頼りないランクである以上万が一戦闘が長引いた場合にかなり不利になることが予想されるため、謎の人型モンスター3体をこのメンバーで討伐するのは厳しい気がする。討伐は自治体が管理している範疇の話なので、未知のモンスターが相手だとしても2人死んだだけでも大問題になってしまう。やれレベルを見誤っていなかったかだの、討伐の準備は的確だったかだの、討伐の内容を細かく聴取するだの。今回も確実に国の調査が入るだろう。既に非常にめんどくさい事態になっているのである。恐らく、後始末のことを考えてもここはいったん退却した方が良い。
あー事務員斬りてえなー。でも俺が死んだら元も子もない。
ミナミさんも同じ考えだったようだ。
「退却しよう。急いで中に戻って階段を一気に駆け降りる!」
鉄のドアを開けて塔屋から建物の中に入る。階段の踊り場で退却方法の指示が出た。
「申し訳ないがショーゴくん、先陣を切って降りてくれるか。モンスターを見つけ次第斬りまくって道を切り開いてくれ。この後日が暮れてモンスターの数が増えるかもしれない。刀を2本持っている君が今は一番頼りになる。」
「わかりました。」
「続いてショーゴくんのアシストにジョーさん、三番目にオフィーリアさんがついて、一番危険な先頭2人が怪我をしたら優先的に治癒してくれ。できるな?」
「はい。」
オフィーリアさんは力強く頷いた。
「その後にアルバートさん、ユンケルさんと続いてマチルダさんを守りながら降りてくれ。魔力切れが怖いからなるべく魔法は使うなよ?マチルダさん。」
「はははははい魔法はツカワナイ。」
「他のみんなはその後に続いて。俺が殿を務める。さあ、生きて帰ろう。」
ミナミさんの声はサスケ隊長ほど力強くはないが、優しく冷静で安心できる。塔屋の外では顔デカババアがザリザリと爪を鳴らして何事かを呻いている。営業事務員をこの手で斬れるチャンスだったがまあ仕方がない。
俺が階段を10段ほど下った時、ボゴッボゴッバリバリバリと地響きのような音がした。驚いて先程入ってきた屋上に通じるドアの方を見上げると、顔デカババアが自分の顔を塔屋に打ち付けて破壊したようだった。塔屋の壁はほとんど崩れ、ドアも倒れ、踊り場が丸出しになった。まだ階段の踊り場にいたミナミさんが後ろから長い爪の腕に捕まれ巨大な口の中に放り込まれていくのが見えた。自慢のダイヤモンドソードが空しくアスファルトに落ちる。続いてオレンジさん、レイラさん、トーリさんもとっさに何も反応できずに顔デカババアに食われていく。顔デカババアの腹は異様に膨らんでいた。
「そんな…!」
足が竦む。早く逃げなくてはいけないのに、このまま降りて大丈夫なのだろうか。上がこんなことになって、下はどうなっているのか。そもそも一体倒したのに別のボスが現れて巣のランクが急に上がるなど聞いたことが無かった。それにさらに事務員2体が増えていたが、あれは…?
その時、電撃のような光が顔デカババアを覆い、ビビビッバチバチッと音がして顔デカババアの動きが止まった。咀嚼していたトーリさんの脚を半分口から出したままババアは黒焦げになっている。ババアがそのまま後ろにズンッと埃を立てて倒れたあと、くすくすと笑いながら内緒話をしている営業事務員が見えた。あいつらは魔法が使えるモンスターなのか?
「あー竹田さんを取ったババアをやっと殺せた。」
なんだって?
「私たちのお財布を取ったババアをやっと殺せたね。」
こいつらは竹田とパパ活をしていたのだろうか?嘘だろ?
「竹田さんはちょっと優しくするとババアに土地を売って支給された歩合とボーナスで私たちに何でも買ってくれてたよね。そそのかしたらババアに借金までしてたっけ。」
「でもババアにそれがバレたから私たちがいくら優しくしても何も買ってくれなくなったの。マジクソ。」
つまり竹田はババアと不倫をして土地を買わせ、手に入れた歩合とボーナスを事務員たちに貢いでいたのか。犯罪ではないが、海外ドラマ並みのドロドロだな。
マチルダさんが呟いた。
「レベルCのモンスタ、モモモンモンスター死んだよ。モンスターもういない。」
…じゃあこいつらは人間の魔法使いなのか!しかもレベルCをあっさり倒したということは少なくともランクは7、いや6以上だ。クッソ本気で腹立つ。どうしても斬りたいが、それは俺の個人的事情だ。まさか関係ない俺たちのことまで襲うわけはないだろう。仕方がない、この人たちを巻き込むわけにはいかない。気づかないふりをして無視して帰ろう。
「あれ~?見たことある生ごみが3匹いるじゃん?」
巻き髪グリングリンが言った。
「転生前はいくら目障りでも殺すことなんて出来なかったけど、この世界なら出来るよねえ。」
便所の芳香剤が答えた。
「ついでにやっちゃう?」
「殺しちゃう?」
二人で顔を見合わせて楽しそうに笑っている。
あいつら…!俺たちのことを覚えてやがる!?!?
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