第2話 クソハゲ

「会社員のモンスター…なのか…?」

「気持ち悪いオッサンみたいなモンスターだな…。」

「なんだあのキンキラのメガネは…。」

「しかも息が臭い…オッサンの息の臭いがする…。」

「ちょっと無理矢理おでこ隠してるよね…?」


 パーティーの仲間がざわついているのがなんだかおかしい。そうだよな、あいつ気持ち悪いし臭いよな。なんで俺はあんなのに水を飲むだけで笑われて馬鹿にされてたんだろう。どうせ弱いやつを見つけてマウントを取るしか楽しみが無かったんだろ、クソが。今殺してやるからな。

 「なんだお前らは…俺の巣から出ていけ…。」

 そう言ってクソハゲ竹田は触手の先を使って鉄製の柵をコンクリートの土台ごと引きちぎるようにして持ち上げ引き抜き、俺たちの方に投げてきた。俺たちの頭上を越えた柵とコンクリートの塊はガコンとすごい音を立てて屋上出入口のある塔屋と呼ばれる部分の上部にぶつかり跳ねてすぐ横に落ちた。幸い誰にも当たってはいない。


「馬力はあるようだから注意しろ!アルバート、オレンジ、レイラ、タカオ、盾で壁を作れ!マチルダの炎で目を攻撃、怯んだ隙に俺、ミナミ、ユンケル、ショーゴの4人で飛び出して触手を1本ずつ切り落とす!ジョー、トーリは状況に応じて援護!」

 サスケ隊長の指示が飛ぶ。

「マチルダさん、大丈夫?」

 マチルダさんは俺が声をかけると水筒の水を飲んでからだ、だ、大丈夫、大丈夫、ダイジョウブボクハダイジョウブデス、と独り言かのような早口で答えて立ち上がった。彼の話し方はいつもこんな感じだ。痩せていて見るからに弱そうだが彼も一応訓練は受けているのだし、他の人たちもいるから大丈夫だろう。そうしている間にもクソハゲ竹田は4本の触手を器用に使い柵を千切って投げたり、千切った際に出来たコンクリートの塊を投げてくる。

 マチルダさんはい、い、い、行きます、ボクイキマスネマホウダヨマホウダヨと言いながら盾で作った壁の内側の真ん中に進み出て何やらわからない呪文を唱えた。彼は普段から早口なおかげで呪文を唱えるスピードが他の人よりも早く魔法の発動が早い。それは戦闘においてとても大事な要素だった。

 数秒後マチルダさんの手元が光ると同時に前衛が縦の壁の真ん中を開けて波動の通り道を作る。そこから柵や攻撃が飛んでこないか援護要員がしっかりと構えている。クソハゲ竹田が魔法使いを見つけたころにはもう遅い。

「ギャアアアアアア」

 クソハゲの目に向かってマチルダさんの炎の波状攻撃が飛んでいる。ランクが低い魔法なので巨大なクソハゲの致命傷になることはないだろうが、動きを止める役には立つ。蛸の足が痛みで暴れているが、その中の一本を冷静に狙って切り落とす。あの数年間の恨みとばかりに近づいてさらに何カ所も輪切りにすると、根本だけが残った。他の3本も、サスケ隊長が巨大な鉈で潰すように押し切り、ミナミさんがダイヤモンドソードの刃を触手の根元に突き立てそのまま先っぽまで縦に切り裂き、ユンケルさんが放電機能のある錘の付いたロープ、流星錘を巻き付け焼き切った。クソハゲの体は痙攣し顔は目元を中心に焼け爛れ、もう柵やコンクリートは飛んでこない。文字にするのもおぞましいような唸り声と臭い息を吐きながら今にも死に絶えようとしていた。

 俺は一応隊長に確認しに行った。

「あの胴体部分も輪切りにしていいですかね?」

「ああ、帰り道も大したモンスターはいなさそうだし、君はもう一本刀があるもんな、とどめを頼む。」

 レベルEのモンスターだとあのくらいやっておけばほとんどは勝手に息絶えるので、帰り道のための体力温存と武器をなるべく傷めないためにも放置して帰る場合もある。ただとどめを刺せるものなら差しておいた方がもちろん良い。今回は連携のおかげで短時間でダメージを加えられたし、けが人もいない。帰り道の敵は時々現れるムカデと30階の階段だけだ。俺はクソハゲの残った胴体部分を変なネクタイとスーツごと輪切りにした。顔はほとんど無いしモンスターの体液は緑色、すでに言葉も発していないから人を殺した嫌悪感、罪悪感は微塵も無い。相手はモンスターだし元々転生前からモンスターみたいなもんだったろ。こいつが俺のことを覚えてなかったことだけが残念だ。


 最後に金縁眼鏡を踏みつぶしてテンプルに埋め込んであったダイヤモンドと、モンスターの内臓に入っている砂のような物質をかき集め袋に詰めて隊長に渡した。砂のような物質はゴカ砂といって燃料になる貴重な資源だ。濡れていても少量でも長くよく燃えるので、遠征の討伐に役に立つ。これを全員で分けて、各自備蓄してもいいし換金してもいい。自治体からもらえる報酬以外に、余裕のある戦闘の時だけモンスターの内臓をバラして持ち帰れるボーナスのようなものだ。もちろん今回出番のなかったオフィーリアさんにも分け与えられる。子供たちと美味しいものでも食べたらいいなんて考えていたら相手から話しかけてきた。

「ショーゴさん、お疲れ様でした。切れ味すごいですよね、刀。」

「ありがとうございます。」

「ズバッ、ズバッと!かっこいい~!」

 オフィーリアさんはもっさりと蠅を追っているような動きをしたが、どうやらそれは俺の真似らしい。いつものようにふっくらした頬を持ち上げて目を細めてニコニコしている。恋愛のような気持ちは一切ないが、やっぱりこういう人がいると場が和む。会社にいた時はお互いなるべく下を向いていたから、こんな風に話したことも無かったな。

 隊員たちはそれぞれ水分補給をしたりして一息ついて雑談している。

「隊長、そういえば出発直前にお子さんが生まれたんですよねえ?」

 ひときわ体の大きいアルバートさんが言った。

「ああ、これがもう俺にそっくりな女の子で参ったよね。せめて奥さんに似りゃよかったのに。」

「でも可愛くてたまらんて感じですか?」

「そりゃそうだ!」

 隊員たちの笑い声が上がった。

「じゃあ早く娘さんに会いに帰らないといけませんね。」

「ああ、帰り道もみんな気を抜くなよ!家に帰るまでが討伐だからな!」

「はい!」

 横にいた副隊長のミナミさんが俺に話しかけてきた。ミナミさんは体操選手のように体が柔らかくて素早い動きが得意だ。お金をためて買った自慢のダイヤモンドソードで接近戦では大活躍する。

「ショーゴくん、階段では疲れてたみたいだけど帰り大丈夫?」

「あ、討伐したら元気出ました。」

「そういうもんだよね~。」

 朗らかでいいパーティーだ。経験上、即席だと当たり外れが結構ある。報酬を持ち逃げする悪いやつもいれば、討伐方法で意見が割れて分裂したり。それに仲良しだけでくっついて、やっぱり俺みたいなのをマウント取りに使うようなやつらも少なくない。朗らかだからいいというものでもなく、所謂パリピや陽キャは俺らを格好のいじめの的にする傾向がある。朗らかで且つ穏やかで居心地がいいというのは本当に貴重だ。ヤンキーや体育会系のやつらも苦手だし、だからといって俺には固定パーティーになれるような友達もいない。俺はあまり明るい性格ではないので積極的に話す方ではないが、このパーティーの人たちはこんな俺にも普通に話しかけてくれる。なんて良い人たちなんだろう。こういう考え方がそもそも良くないのかもしれないが、いじめられ続けると人はこうなってしまうのだ。

 サスケ隊長は豪快に笑ってから何かの気配に気づいたように振り向いた。次の瞬間サスケ隊長の首は素早く動く何かによって胴体から切り離され、わずかに残った柵の向こうに飛んで行った。どさっと音を立ててゴカ砂の袋が手から落ち、胴体は真っ赤な体液を噴き出しながらそのまま前に倒れた。


 サスケ隊長の胴体が倒れてその奥にいつの間にか立っていたのは、見覚えのある女性だった。俺は仕事は出来ないが一度会った人の顔と名前は忘れないという特技がある。あの人はクソハゲのお客さんだった人だ。大金持ちの奥さん、餅田礼子。クソハゲはこの人が土地や建物を買ってくれるおかげで売り上げをキープしていたんだ。だんだん思い出してきた。

 どうやら餠田礼子のモンスターは向こうに見えるホールから出現したようだ。

「私…ダ…」

 何か言っているが聞き取れない。餅田礼子は頭だけがどんどん巨大化して、あっという間に100人乗っても大丈夫な物置ぐらいの大きさまで膨らんでしまった。色々なモンスターを見てきたが、真っ赤な口紅で青いアイシャドウ、グリングリンにパーマをかけたブルドッグみたいな法令線のある推定50歳くらいの女性の頭が巨大化しているところなど初めて見た。ある意味この世でいちばんグロいかもしれない。頭が重いのか、身体と首がふらふらとしてかろうじてバランスを保っているように見える。そして餅田礼子はダ…ダ…と言いながらクソハゲの死骸を手でかき集めて、大きな口でむしゃむしゃと食べ始めた。完全に嘔吐案件だ。

 俺たちはサスケ隊長の死を悲しむ間もなく戦闘態勢を取らなければならないらしい。俺は愛刀の柄をしっかりと握り直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る