異世界に転生してムカつく上司をぶち殺す件

伊藤骸

第1話 戦闘開始

 俺は寄せ集めの仲間たちと廃ビルのような30階建ての建物を階段で上がっていた。エスカレーターもエレベータも動いていないヒビだらけの崩れかけのビルだ。これを上がっていくと屋上にボスがいるらしい。

 ちょろちょろ出てくる雑魚モンスターを倒しながらようやく21階まで来た。久しぶりに討伐のアルバイトに出たが、こんなに長い階段を上がるとは想定外だった。それとも俺の体力が落ちただけか。漁に出ているから普段から体は動かしているんだが。

 仲間の中で一番太っている柿沼歌江さん、いや間違えた、オフィーリアさんは俺よりさらにヒーヒー言っている。オフィーリアさんは色が白くて、茶色に染めた髪が伸びて根元が黒くなっている。年齢は30くらいか、子供が3人いるらしい。丸々とした体形で、こんな女性芸人を前世にテレビで見たことがあるような気がしているが思い出せない。

 それからヒョロヒョロで小柄な町田隆之さん、じゃなかった、マチルダさんも心配になるくらいに汗を噴き出し、ぎょろりと血走った目を見開いて無言になっている。彼は出発前は軽い吃音交じりで早口でよく喋っていたが。

 オフィーリアさんはランク9のヒーラー。マチルダさんはランク9の魔法使いだ。ランクは一番下が10なのであまり強くないということになる。

 パーティーの仲間は全部で12人。その二人の魔法使い以外は兵士で、寄せ集めなので装備は様々。俺はランク8の兵士だ。なんだかよく切れそうだし軽いし、投げてもよく刺さるので中古武器屋で購入した2本の日本刀を携帯している。


 青山 祥吾、23歳。ここでの名前はショーゴ。前世は不動産住宅販売の会社で働く地味なサラリーマンだった。出来ればその頃のことは忘れてしまいたかったが、今でも事細かに覚えているのは自分の傷があまりにも深かったせいか。

 俺がいた営業所には15人の従業員がいた。その同僚にオフィーリアさんとマチルダさんもいた。異世界に転生してきたはずだけど、まさか同僚たちも転生しているとは思わなかった。見た目や声、性格はもちろん、子供が3人いることや吃音なども転生前と同じだから多分本人なのだと思う。しかし初対面の時、2人は俺のことを知らないようだった。覚えているのは俺だけなのか。

 部長、課長、2人の主任以下、営業と営業事務がいた。俺たちは3人とも営業に配属されていたが、売り上げは常に3人でワーストを独占していた。

 昭和の実際の空気は知らないが、多分それを未だに引きずるブラック企業で、俺と町田さんは部長や課長に蹴られたり怒鳴られたりは日常茶飯事。営業事務の女性たちがいるのに雑務はみんな俺たち3人に押し付けて定時で帰るか、なぜか部長を囲んでよく食事に行っている。柿沼さんは唯一の営業の女性だが、ブタ江なんてあだ名を付けられて営業事務の女子社員たちからあることないこと陰口を叩かれていた。

 平日は俺たちだけが深夜まで残業。タイムカードはもちろん存在しない。休みはほとんど出社で月に2日休めれば良い方で、ひどい時はガラス窓の掃除やトイレ掃除で休日出勤させられた。

 売り上げが乏しいのは俺たちも悪いところがあるのかもしれない。確かに俺たち3人は他の出来る営業マンよりもトロいし話も上手くない。

 だが、ほとんどはいい感じのお客さんを見つけたところで大抵他のやつが契約担当は私ですなんて調子のいいことを言ってスッと間に入ってきては契約書に自分のハンコを押す。地道に電話をかけたり家に行ったり、一生懸命説明をしてようやく契約となったところでの横取りが原因だ。本当にクソだ。

 それに掃除や雑務を押し付けられたり、たびたび長時間の説教を食らっているものだから他の営業マンよりも本来の仕事をする時間が圧倒的に少ない。電話を取れば言葉の上げ足を取られ対応が悪いと説教。自分の席に座って書類の確認をしているとサボるなと説教。水分補給をすればお前ごときが水を飲むなと馬鹿にし、昼食をとれば売り上げがないのに生意気に飯を食ってやがると笑う。常に誰かに見張られて、むしろ俺のこと好きなんじゃないのかと思うほどだ。月末には売り上げの締め日が来てまた部長と課長に尻や足を蹴られる。月末じゃなくても蹴られるし、柿沼さんは怒鳴られる。クソ中のクソ。

 だからといって反抗をすれば説教の時間が伸びるか、いじめの種類が増えるだろう。環境を変えるにも、俺たちみたいな地味でトロい人間が簡単に転職してうまくいく保証はどこにも無い。地味で見るからにおとなしそうな人間を面接で軽くバカにしてストレスを発散する人種も世の中にはいると俺は知っている。ひとまずこの地獄でどうにか日々を生きていくしか無かった。

 俺たちは各自の仕事をどうにかこなすので精一杯で、3人で仲良く傷の舐め合いをすることは無かった。でもいじめられても営業だからと笑顔を絶やさない柿沼さんと、言い訳をしない町田さんに悪い印象は無かった。そうだ、俺たちは完全にいじめのターゲットだったのだ。ふざけるなよ、今だったら俺が日本刀で輪切りにしてやるのに。

 

 転生前のことを思い出してムカムカしてきたその瞬間。

「ショーゴ!!上だ!!」

 殿を務めていたジョーさんが叫んだ。俺は振り返り、斜め上の壁から生えてきた2メートルくらいあるムカデのような敵を視認すると、よく切れる相棒で気持ちよく胴体を一刀両断した。ムカデは口や胴体から紫色の液体を噴き出しながら階段の隙間から下に落ちて行った。紫色の液体は俺の服の袖や階段の手すりを少し溶かしたが、それ以外は無事だった。

 狭い階段なので、身長180センチでリーチの長い俺が日本刀を振り回すとかなりの範囲をカバーできる。

 俺、もしかして今、実は結構カッコいいのかもしれないな。ヨレヨレのスーツを着て青い顔をして電車通勤、会社で怒鳴られ、帰宅してはコンビニ弁当と発泡酒を押し込んで寝るだけのゲッソリしてた頃の俺とは違う人生。

 モンスターが突然現れたりして元の日本の生活よりもはるかに命の危険が多い世界だけど、なんだか充実している。近くに港町があり、時々アルバイトで漁師の手伝いをやってるのも楽しい。漁師仲間は口調も態度も荒いけど不動産屋の上司みたいに理不尽ないじめのようなことはしない。海の上で仕事中にいじめなど無駄なことをしていると命に関わるからだ。俺みたいに多少トロくても真剣に仕事さえすればきちんと仲間として認めてくれる、気のいい奴らに囲まれて日々楽しく過ごしている。

 今回の討伐の仕事の他のメンバーも、掲示板を見て集まった低レベルパーティーにしては落ち着いていて揉め事もなく優秀だと思う。


 ここのビルは自治体のレベル判定の結果、レベルEとされた。モンスターは、ボスが細かいのを引き連れて突然現れては一定の瘴気が溜まるところにとどまる性質がある。時々小さいのがちょろちょろとはみ出して街のそこらへんにいることもあるが、大体普段人が入らない気味の悪い空気が淀んだ場所に巣を作ってそこにかたまるのだ。空き家に住み着く蜘蛛や蛇のイメージだ。そういうのは徐々に大きくなってモンスターの数が増えて危険なため、討伐に行くことになる。軍隊もないわけではないが、自分たちのエリアの平和はなるべく自治体でどうにかしなさいということで、国民は性別問わず全員14歳から最低3年間戦いの訓練を受けさせられる。魔法使いと兵士を選べるが、魔法は覚えても強くなるのが非常に難しく時間がかかるため、どうしても体力に自信がない人だけが魔法使いになる傾向がある。レベルEはランク9~10の人間で倒せるモンスターの巣であるということだ。もちろん命を懸けているのでそれなりの報酬は出る。

 俺たちのパーティーは隊長でランク7のベテラン、サスケさんを筆頭にそれなりの経験者が集まっているからレベルEの巣なら余裕だろう。前世から知っている2人の体力値を除けば、の話だが。


 ようやく30階を越え、先頭のアルバートさんが扉を開き、全員が屋上に到着した。俺はやや上がっていた呼吸を整えつつ中央で鎮座しているモンスターの顔を見て愕然とした。顔や胴体は人型。手足が伸びて太くなった先は巨大な触手のようになって地面を這う蛸のようだが、その顔はどう見ても不動産屋時代の上司、竹田主任だったからだ。

 首を不自然な角度に曲げ、こちらを見ているその目は落ち窪んで赤く怪しい光を放っている。肌は気味が悪いほどに赤黒い。首元にはブツブツと無数の出来物がある。完全にモンスターではあるのだが、髪型は白髪交じりのベタベタの剛毛を8:2にぴっちりと分け、広くなってきたのを隠すかのように無理に額に庇のようにかぶせるいつもの竹田スタイルだ。妙に長い福耳にダイヤモンドをテンプルに埋め込んだ趣味の悪い金縁眼鏡、クソダサイ花柄の赤いネクタイに変なグレーのスーツも見覚えがある。どうしてその外見で家が売れるのかいつも不思議で仕方がなかった、あの竹田主任で間違いない。

 言葉を発するために開いた口は喉元まで裂け、蛇のように先が割れた長いスプリットタンがべろりと出てきた。喉をわざと潰したような、エコーがかかっているような、でも聞き覚えがある声でモンスター竹田は言った。

「なんだお前らは。」


 これはヤバい。あれだけいじめてくれた上司を輪切りにするチャンスが本当に来てしまった!!!レベルEの竹田主任。俺より弱い元上司を殺していいだって!?殺しても犯罪にならない世界最高!!!パーティーに元同僚がいるんだから敵に元上司がいても当然おかしくないな!さあどうやって殺す!?さっさと切り刻むか、それとも目玉を潰し少しずつ肉を削いで苦しめてから殺すか!?転生万歳!!!!!!俺の時代がやってきた!!!!!!!!!


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