17-① 夜昊(前)
※こちら、宝珠視点ではなく、夜昊視点寄り三人称です。
“
“昊”とは、“そら”の意だ。太陽を頭上にいただくヒトの姿を現し、それすなわち“太陽が大きく輝く空”の意を成す。その“昊”の前に“夜”を冠する、その意味にいつまでも気付かないでいられるほど、
夜になれば太陽は沈み、世界は闇に包まれる。“
この五星国における皇帝の妻の一人である黄妃を母として、“黄太子”という立場に生まれたのが自分である。持って生まれた強すぎる龍氣。『土』を司る季家の血の流れをすべてこの身に受け止めたかのような、強すぎる土の氣。しかも、いくら土の氣が強すぎるといっても、他の四つの属性の氣に恵まれなかったわけでもなかったこともまた、周囲の頭を悩ませる原因になったのだろう。
土の氣を筆頭にして、あらゆる氣の流れに愛された、龍氣の寵児。それがこの自分、当時黄太子と呼ばれた
忌み名を授けられようとも、疎まれていた、という記憶はない。むしろ、母である黄妃を筆頭にして、季家の者達からは心からかわいがられ大切にされていたし、父である皇帝もまた、他の太子達と同じように分け隔てなく
自分は恵まれていたのだ。どうしようもなく、何もかもが。
だからこそ、十年前、ちょうど十二歳になったばかりのころに、季家は滅亡した。自分のせいだ。季家を除いた他の四つの大貴族と、父である皇帝が、
十二歳の子供でしかなかった自分でも、母である黄妃と、季家の者達が、どちらを選ぶかなんて考えるまでもなかった。愛し愛され恵まれた生を歩んできた自信があったからこそ、自分一人の命で何もかもが解決するのであれば、それでいいと素直に思えた。
だからこそ最初から覚悟なんて決めていたのに、それなのに。
――生きなさい、
そう母に告げられたときの驚きは、今でもまだこの胸にある。どうして。なぜ。そう問いかける暇も与えられずに拘束され、抵抗するすべてを封じられて閉じ込められ、そうしてやっと解放されたときには、何もかもが終わっていた。
母をはじめとした季家の者達は皆、一人残らず処刑されていて、その血を受け継ぐのは自分一人になっていた。
泣くことも怒ることもできず、ただ呆然とするばかりだった自分に、父である皇帝は、ひとこと「すまない」と告げた。父との会話はそれっきりだ。
それ以来、父は自分のことを見なくなった。見られなくなった、のだと思う。父は五人の妃達を等しく愛していた。だからこそ当然
ずっと、後悔している。母に生きろと言われたときに、死ねばよかったのだと。自分が死ねば、母も季家の者達も死ぬことはなかった。自分一人の命なんて安いものだった。けれど死ねなかった自分は、母が「生きろ」と言ったから、もう死ねなくなってしまったのだ。
生きていくことはできなくても、死なないでいることはかろうじてできたから、死なないままでいよう。それが
――――ああ、やっぱり、死ねばよかったんだなぁ。
そうしてまた、いつかと同じ感想を抱く自分がここにいる。
本来であれば美しく整えられているはずの広い玉座の間には、おびただしい量の死体が転がっている。
ただ向かってくる刺客の数は数えきれず、愛用の
あちこちから悲鳴と爆音が聞こえてくる。この皇宮は、今、謀反という名の内乱の最中にあるのだと、誰に言われずとも理解できた。いいや、皇宮ばかりか、戦の火は既に城下にまで広がっていると見ていいだろう。いっそ感心してしまうほどに見事なやり口だ。龍脈の乱れをつぶさに感じる。この五星国のすべての氣の流れである龍脈の悲鳴が聞こえてくるようだ。皇帝である
「ああ、よかった。
戦場にまるでふさわしからぬ、たおやかで穏やかな声。その聞きなじんだ声に、返り血で濡れた首をもたげる。そうして、この玉座の間に楚々とした足取りで入ってくる存在に、
「やあ、
問いかけではなくそれは確認だった。
驚くこともなくその事実を受け止める
「
実にたやすいことでございました、と、続ける青妃の口ぶりは、まるで幼子のための遊戯の作法を語るような、穏やかで軽やかなそれだ。
「そう」と
まあ当たり前だろうとは思う。本来赦されざる方法で即位した自分のことを認められない者がいるのは当たり前で、その上でそんな者達を潰し続けることでさらに高まった批判と不満がいよいよ爆発したのが今であったというのも、今更不思議に思うことではない。
ただそれを先導したのが、目の前のたおやかな女であることは、少しだけ意外だった。
「いつから?」
短い問いかけだ。けれどその容姿そのままに、賢く敏い青妃は
「もちろん、三年前からにございまする」
「ああ、やっぱり」
三年前。それは
そう、三年前。十年前に何もかもを諦めた
「
「まあ、ご冗談を。一度たりとも我が宮にお渡りにならなかった皇帝陛下のご発言とは思えませんわ」
「おや、僕を待っていてくれた夜があったと?」
まさかそんなはずがないだろう、と暗に込めて問いかける。黒妃ならばともかく、青妃が
揶揄するような
「――――――――――まさか」
その声音に、温度はない。青い瞳に、春の雷のごとき苛烈な感情――そう、まさしく憎悪と呼ぶべき、その華奢な身にはありあまるような感情がとどろく。
「それこそ、まさかでございましょう。私がお待ちしていたお方は、後にも先にもただお一人。そう、
「
三年前の時点で、次代の皇帝として最有力候補とされていたのが、青太子たる
次代の皇帝は青太子の
そう、そうやって、青妃は……
だからこそ
――どうして、こうなってしまったんだろうね?
誰にともなくそう問いかけたくなってしまったのは、間違いなく
どうしても何もない。
「気安く
これ以上はないだろうな、と思わず思えてしまうほどの憎しみに打ち震える声は、それ以上言葉にできないようだった。
常に穏やかな、『春』という季節をそのまま美しい女人の形にしたかのような彼女が、これほどまでの激情に身を任せることができるのだということが、
それが恋だと言うのならば、恋とはなんて恐ろしく罪深い感情なのだろう。
「よくも三年もかけてくれたものだ。君ならばもっと早くに実行に移せただろうに」
そう
「謀反も内乱も、陛下……いいえ、
どこか嬉しそうな、そして誇らしげなその台詞に、
「
自分でも驚くほど低い声が出たのを、やはり他人事のように聞いた。
「まあ、やっぱり。やっぱり
「御託はいい。
「冷たいこと。あなたをお慕いする他の妃についてはどうでもいいということでしょうか? 特に
あんまりですわ、とからかうように瞳をすがめる
「
「さすが
ぱちぱちぱち、と小さく拍手する
――
――ごめん、ごめん、
いくら謝罪してもし足りない。もう
そう、
その事実があまりにも受け入れがたくて、両手から力が抜けた。刺客に襲われ続け、使い潰し続けた
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