8-② 土竜
ぱりん、と音を立てて結界が破壊される。その余韻に浸ることなく、陛下は私を抱き上げて寝台から飛び降りた。ひ、ひえ、ひえええええ。うっかり舌を噛みそうになる私を部屋の片隅に追いやって、陛下は再び「
「そろそろだと思っていたよ。ごきげんよう、招かれざるご客人」
「――――
男のそれとも女のそれともつかない、中性的な声が紡ぐ、召喚のことのは。放たれた
――複合
こんな場合でもなければ私は、その
複合
ぶっちゃけてしまえば、採算が取れないそれを作る
けれどそれでも、細々とながらも複合
そんな複合
ギャンッと悲鳴を上げて壁に叩きつけられた狼が、それでもなお諦めずに再び向かってくるが、
「すまないね。主に恵まれなかった不運を恨んでおくれ」
月明りに浮かび上がる鋭い刃が翻る。夫婦剣が宙を裂き、そのまま狼の三つ首をたやすく落としてしまった。
――なんて、こと、を。
命を狙われていたのは私で、助けてもらったのも私なのに、ああ、と顔を覆いたくなる自分がいた。目の前で精霊が消滅する、その残酷すぎる光景は、ぶるりと大きく身震いしてもなお、かたかたと震えが止まらない。
部屋の片隅で震える私に、ちらりと金色の瞳が向けられる。そのまなじりが、困ったように細められた。唇に描かれた弧は、いつもと変わらないものであるはずなのに、どうしてだろう、どうしようもなくそれがさびしくてさびしくてどうしようもないもののように見えた。
――
そう、声をかけたかった。けれど私がそう口にするよりも先に、彼はいまだにそこに立つ刺客へへと視線を向ける。
おそらくは自らにとってとっておきであったに違いない複合
「大人しく投降してくれると、手間が省けて楽なんだけれどな」
暗に、「投降しなければ殺す」と告げて、
「――――――――――
刺客が、動いた。
その懐から取り出された
――木属性の
水属性の
予想外、だった。私にとっても、
まずいどころの騒ぎではない。これは、今度こそ詰んだのでは。やっと本格的な危機感を覚え、縛り上げられたまま冷や汗を流す私のもとに、刺客がゆっくりと歩み寄ってくる。足音はない。それがまた現実離れしていて、より恐ろしさを倍増させる。
「っ
らしくもなく
――ああ、なんだ。
驚いたことに、本当に、心配してくださっているのだ。私がこの場で死のうとしていることを、なんとか回避しようと、焦燥に身を焦がしてくださっている。ああ、そんな、そんなにも暴れたら、玉のお肌に傷が……ってもう遅いですね、すごい、乱れた夜着から覗く肌が、木々の荒い表面によってどんどん傷だらけになっていっている。
――そんなの、似合わないのに。
いつも穏やかに悠然と構えていらっしゃる
気付けばもうすぐ目の前に、刺客は立っていた。その手は腰に提げられている長剣に添えられていて、
動けないまま、顔も何も解らない刺客を見つめる私に対して、その刺客は何も言わない。代わりに、すらりとその剣が引き抜かれる。いよいよ、ということらしい。まるで
「……やめろ」
抵抗するあらゆる手段を奪われてもなお、
「もしそのまま
刺客にとっては
「っ
懐に忍ばせておいた
「……もぐら、だと?」
初めて感情がにじむ声……そう、明らかな困惑をあらわにして、刺客が呟いた。そう、もぐらである。私が
――――チュッ!
――――チィーッ!
もぐらの凛々しい号令とともに、木々の根で覆い尽くされた部屋に異変が起きる。土だ。もぐらの声に従って、めこめこめこめこめこっ! と床から土が隆起して、部屋中にはびこる木の根を持ち上げて食らい尽くす。圧倒的な質量を持つ土は、それでも私や
それをほっと安堵とともに見送って、私は足元で誇らしげに胸を張っているもぐらの前にしゃがみ込む。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ。
――チュッ!
ぴっと凛々しく敬礼したもぐらは、そのまま私の懐の
改めて安堵の息を吐いてから、私ははっと息を呑み、慌ててその場で立ち竦んでいる
「
「どうして」
「え」
「どうして君が、『土』の
「っ!?」
「や、
「知っているでしょう、知らないはずがない! 『土』の
なぜ、どうして。そう繰り返して、陛下は私の両肩を掴んだまま、ずるずるとその場に座り込んだ。抗うこともできず、当然私もまた、そのままその場に座り込むことになる。そんな私を見ようとはせずに、
私の両肩を掴む両手が、かたかたかと小刻みに震えている。ここで「その禁術のおかげで助かったんだからよかったではないですか」なんて言えるような雰囲気ではないし、そんな台詞をこんな状態の
――十年前の、内乱。
私が血のつながる家族を失い、養父に拾われるきっかけとなった、この五星国を根底から揺るがした大事件だ。当時私はまだ八歳だったけれど、今なおあのときの国の荒れようは、まざまざと脳裏に焼き付いている。
内乱のきっかけは、とある貴族一門が当時の皇帝陛下……
あの内乱以来、禁術とされたのが、『土』の属性の
土の
「……先ほどのもぐら……土の精霊の
「…………はい」
「ならば問おう。答えなさい。君に、創牌のすべを教えたのは、誰?」
嘘も偽りも決して許さない、無慈悲にすら見えるそのまなざしには、それでも確かに悲しみが宿っていた。だから私は、たとえ罪に問われることになったとしても、彼に、
私の
「私の、養父です。その姓を
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