2-① 炎獅子と氷豹
何事かとそちらを見遣ると、ぞろぞろと、これまた家主の許可もなく無遠慮にほったて小屋の中に入ってくる男が三人。『家主の許可もなく』は
筋骨隆々とした屈強な男が一人、小柄ですばしっこそうな男が一人、それから遅れて入ってきた、二人よりも身なりがいいひょろりとした長身の男が一人。
三人とも趣こそ異なれど、どう見てもカタギではない。
「な、なんだよお前ら! いきなり入ってきて!」
「
穏やかに扉を開けたのではなく、先ほどの勢いからして思い切り扉を蹴り開けてくれやがったらしい男達に早速
「いい? 私が合図したら、裏口に走って。鏡台の後ろの隠し扉よ。解るわよね?」
「なっ! そん……もがっ!」
「そのまま、町の警吏の元へ。それまでは持ちこたえてみせるわ。お願い」
「……っ!」
今にも怒鳴り出しそうな
私達のやりとりそのものは聞こえなかっただろうけれど、何かしらやらかそうとしていることは当たり前だけれど見て取ったらしい男達は、にやにやといやらしい笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。
「ご相談は終わりましたか?」
「ええ、おかげさまで。お待ちいただきありがとうございます」
おそらくは三人の中で最も立場が上であると思われる長身の男と、互いに薄ら笑いを浮かべながら相対する。
怯えた様子も見せない、小生意気な女だと思ったのだろう。屈強な男があからさまに舌打ちし、小柄な男がヒュウッと揶揄交じりの口笛を吹く。
完全にこちらを舐め切っている三人の姿は、今の私にとっては好機だ。自らの懐に手を差し入れると、男達が一斉に身構える。けれど、構わない。待たない。
「
懐から取り出した
叶うことならば私も一緒に、と実は思っていたのだけれど……現実は、そうは甘くない。
煙をかき分けてやってきた屈強な男と、小柄な男に、左右を完全に固められてしまう。
まあでも
「お見事。粗末な
「……お褒めにあずかり光栄です、と言えばいいかしら?」
目の前に立つ長身の男の、値踏みするような視線が気持ち悪かった。けれどそれをあからさまに顔に出す真似はしない。流石にそこまで相手の機嫌を逆撫でするような真似をするほど私は命知らずではないつもりである。
いいや、でも、この男達は私の命を取るつもりはないだろう。こいつらの目的なんて、考えるまでもない。
「『
「話が速いお嬢さんだ。ええ、誇りに思ってくださって結構ですよ」
「嬉しくないわ」
「そうでしょうね」
うふふふふふ、はははははは、と、乾いた笑いがこだまする。
正直なところカマをかけただけだったのだけれど、それがドンピシャで大当たりだったことに頭を抱えたくなる。
嘘でしょう、冗談でしょう、なんでまたこんな下町に……と、そこまで思ってから、むしろ警吏の目の行き届かないこんな下町だからこそ、狙われたのかもしれないと気付く。脳裏で養父が「だから言っただろう!」と悲鳴のような怒声を上げるのが聞こえた気がした。ごめんなさい
「この近辺に、腕の立つはぐれ
ここで馬鹿正直に「はいそうです!」と返事する馬鹿がどこにいるというのだろう。だがしかし、馬鹿正直に答えずに沈黙を選んだとしても、その沈黙こそがもう答えになってしまう。なんたることだ。
顏の傷跡についていちいち嫌味を言ってくるところもまた性格の悪さがにじみ出ているなこの男。悪かったキズモノで。おかげさまで外出時には頭から外套を被らなきゃいけませんけどそれが何か。そんなキズモノに対してわざわざここまで出張ってきたあなたがたはなんなんだと心の底から問いかけたい。
そう、なんとも悲しいことに、世の中には『
だからこそ
――下町で細々とやっていく分には、
堅苦しい宮仕えも、貴族や豪商のお抱えとなるのもごめんだった。そういうのはそういうことをするにふさわしい
「さあ、ご理解いただけたならば、
長身の男の言葉に、屈強な男と小柄な男が左右から迫ってくる。彼らのその手が私の両腕をそれぞれ拘束しようとした瞬間、私は、笑った。私の笑顔にサッと男達が顔色を変えるが、遅い。わざとたっぷりと布地を使って作ってある両腕の袖口から、私は
「
――――ゴッ!!
右の
その威厳、その威圧、その雄々しく凛々しき姿。一目でこちらの実力をある程度理解したのか、屈強な男がその巨体に見合わない素早さで後退り、小柄な男は情けなくもその場に尻餅をつく。そして、長身の男は。
「す、すばらしい……! キズモノの
長身の男が懐から取り出した
ああああああ私の家が! と悲鳴を上げたくなったけれど、そんなことをしている場合ではない。後で土木工事、住宅建設担当の精霊の
そう、小屋の修理も何もかも、この場を切り抜けてからしか叶わないのだから。世の中とはかくも世知辛いものである。
「やれ、
長身の男ががなり立てるように、『
「炎よ!」
そっと獅子のたてがみを撫でてそのこうべを上へと向けさせて叫ぶ。賢く敏い私の炎の獅子は、私の思いをそのままくみ取って、大きく口を開いて灼熱の炎を吐き出した。金属の鷹を炎が襲う。けれど若干勢いを殺しただけで、鷹はなおもこちらへと向かってくる。
「馬鹿め! 確かに金精は火精によって溶かされるものだが、我が
長身の男が勝利を確信したのか、上品に見えていた顔立ちに悪辣な笑みを浮かべた。ウチの子の
けれど確かに彼の言うことは鑑みると、火剋金、は通用しないようだ。火は金を打ち滅ぼすものだが、男が言いたいのは逆なのだろう。金侮火。強き金が、火を侮る。男はそう言いたいわけだ。でも。
――甘いわ。
そう、甘い。私の
気付けば獅子の隣に並んでいた氷の豹に目配せを送ると、豹もまた私の意図を敏くくみ取り、その口から極寒の吹雪を吐き出す。つい一瞬前まで灼熱にさらされていた金属の鷹を、絶対零度が包み込む。異変が起きたのは、次の瞬間だった。
「な、んだと……?」
金属の鷹が、ばらばらになっていく。悲鳴を上げることすらできずに墜落する鷹を、呆然と立ちすくむ長身の男ではなく私が受け止めた。ヒュウヒュウと吐息を漏らす鷹の頭を撫で、懐から取り出した絵筆で、同じく取り出したまっさらな
この子のための
「金属は、急激な熱の変化に弱いのよ。それは
ご理解いただけた? と笑いかけると、長身の男は顔を真っ赤に染めた。更なる
氷精たる豹に再び目配せを送ると、彼はフンとつまらなそうに鼻を鳴らして、右の前足で宙を掻いた。そして生まれたるは氷の矢だ。すさまじい勢いで宙を滑ったそれは、長身の男が取り出した何枚もの
長身の男が情けない悲鳴を上げるのを前にして、どうだ、と自慢げにこちらを見上げてくる氷豹の頭を撫でる。炎獅子はそんな氷豹を呆れたように見つめている。性格の違いがよく解るそれぞれの態度に思わず笑いつつ、改めて長身の男に向き直る。
「さて、どうします? このまま私と戦いを続けますか?」
「お、おのれっ! 下賤な
随分なご挨拶である。主観的にも客観的にも、自身が私を生け捕りにするのはもはや極めて難しいことであるということくらい理解しているだろうに、この言いぐさ。その根性、いっそ感心してしまう。
別に今更傷付きなどしないけれど、今後、再び私を狙うような真似などしないように、ここはひとつキツめのお灸をすえさせていただこうかな、と、新たな
「おいっ! こっちを見ろ!」
「この小僧がどうなってもいいのか!?」
「えっ」
突然背後からかけられた声に、反射的にそちらを向く。そして私は、目を見開くことになった。
私と長身の男のやりとりで、すっかり戦意を喪失していたはずの、残りの
「
「ごめ、ごめん、
屈強な男に捕らえられ、しゃくりあげながら謝ってくる少年の姿に、ぐっと胸が詰まる。ああ、そうだった。私は彼に、「警吏を呼んできて」と……ようは「逃げろ」と伝えたけれど、
彼と私は性別も年齢も違うけれど、このご近所で、確かに友人としての関係を築いてきたのだから。そんな彼が、私を置いて自分一人で逃げられるはずがないのに、どうして私はそこまで考えがいたらなかったのか。自分の浅はかさが悔しくてしょうがない。
「よ、よくやった、お前達!」
長身の男が、我が意を得たりとばかりに、満面の笑みを浮かべる。そしてそのいやらしい笑みを、彼は余裕たっぷりに私へと向けた。
「形勢逆転、というやつですかね。さて、
「……解ったわ。
逆らう、という選択肢はなかった。
私がすべて並べ終えると、それを待っていましたとばかりに、小柄な男が駆け寄ってきて、私の
それを満足げに受け取った長身の男は、それでもなお、ねっとりとした視線を私へと向けた。
「はて、これだけですか? 本当に?」
「本当よ。だから
「信じられませんね。ああそうだ! 証明のために、その衣装、この場で脱いでいただけませんか?」
「……は?」
何を言い出しやがりましたんですかこいつ。そう私が唖然としたのも無理はない。けれど長身の男も、その部下である残りの二人も、名案だとばかりにいやらしく笑いながら何度も頷く。
「別に恥ずかしがるまでもないでしょう? 私どもとて選ぶ権利はありますからね。あなたのようなキズモノの
なるほど、つまり、私の辱め、ただ単に辱めたいがためだけに、私に衣装を脱げと言っているのか。ふつふつと怒りが腹の奥底から湧き上がってくる。こんな奴らのために何が悲しくて、と思えども、駄目だ。
彼は心から、私の身を案じてくれている。だから、いいか、と、そう思えた。
「私がすべて衣装を脱いだら、
「それはあなた次第ですね」
「だったら必ず、解放してもらうと確約してちょうだい。そうでなかったら、私は裸になった後、舌を噛んで死ぬわ」
本気よ、と続けると、それまでの気色悪い笑顔をいかにも苛立たしげな表情へ変えた長身の男は、しばしの沈黙ののちに「いいでしょう」と頷いた。
よし、言質は取った。私の自死する覚悟が本気であることくらいは伝わってくれたようで何よりだ。
あとはもう、やることをやるだけ。まさかこんなところで、娼婦まがいのことを始める羽目になるとは思わなかったなぁと思いながら、腰帯に手をかける。
しゅるり、と、ためらいなくその結び目をほどいた、その瞬間。
「――――下手な見世物だね」
……唐突に、割り込んできた、その、声は。誰もが驚きのあまりに言葉を失うに違いないような、魅力的な声だった。耳に心地よい、穏やかな、甘い青年の声。
腰帯をほどく手を思わず止めてそのまま固まる私とは裏腹に、
けれどそれは私にとっての『都合のいい存在』であるとは限らない。
割り込んできた声は、頭上から降ってきた。私を含めた誰もが、吸い寄せられるように上を向く。そして、息を呑んだ。
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