第2話 サプライズされる爆弾

 ──雲一つない晴天、待ちに待ったお祭り当日の午前。


「へい、いらっしゃい。美味しい焼きそば売ってますよー」

「じゃあそれを三つ下さい」


 白いプリントシャツに黄色いフリルエプロンを着用し、エプロンの絵柄に負けじと元気の良い女の子がコテで中華麺を焼いている。

 すると俺と移動していた愛理あいりが立ち止まる。


 どうやらソースの香ばしい匂いに釣られたらしく、そこの焼きそば店で緑のがま口財布を取り出した。


 女の子ならわたあめやベビーカステラとか可愛らしい物を食べるイメージがあるが、残念ながらこの幼馴染みにそんな気品さはない。


 現に一人で焼きそばを三つも食す女の子でもある。

 毒舌で肉食系でもある愛理は腹が減ったら手当たり次第で食べ物にかぶりつく。

 それが彼女の食事の流儀ってやつだ。


「毎度あり……って、愛理ちゃん? アタシ水橋みずはしよ、水橋かおり」


 焼きそばを焼いていた真面目な店員の雰囲気とは違い、化粧映えした美人系で茶髪のショートボブ、身長は160くらい。   

 痩せ型だが、お椀サイズくらいかそれなりに胸もある。


「えっ、かおりん? 小学校以来だね。元気だった?」

「もう、相変わらずね。アタシから元気を取ったら何も残らないでしょーが」

「あははっ、ごめん」


 水橋が豪快に笑い、愛理は控えめに笑みを浮かべた。

 すると傍にいた俺との目が合い、水橋がニタニタと嫌らしい目つきになる。


「ははーん。それで隣の男は誰よ。もしかして彼氏?」

「うーん、龍之助りゅうのすけは彼氏というか空気かな」

「それは言い過ぎだろ……」


 愛理の毒舌さにもうんざりするが、たまにえげつないことを口に出すから困ったものだ。

 だからこうやってたまに反論しないといけないわけで……。

 勘違いから遠ざかった依頼人もたまにいたしな……。


「あっ、龍之助。そんなに怒らなくてもいいじゃん」

「いや、この顔は生まれつきだ」


 そう言葉にしなくても、俺は内心では怒っていた。

 愛理に見抜かれるくらいだから余程のことだろう。


『ジャジャジャジャーン♪』


 そこへ例の時代劇のテーマソングが大音量で鳴り響く。

 この場の重たい空気を一瞬で吹き飛ばしたスマホの着信音に礼を言いたい。


『やあ、モテモテの龍之助の坊や』

「何だ、お前さん暇なのか」

『暇は余計だな。君に立派なサプライズをしたくてね』

「それはご愁傷さまだな」


 サプライズにしっくりとくる非通知で流れる会話。

 ボイスチェンジャーを通した機械的な声だが、丁寧で律儀な喋り方からして野郎辺りだろう。


『記念として近場にある舞台に設置した爆弾を16分後に起動させるよ』

「なっ、ふざけてんのか!?」

『ヒントは教会の警鐘といったところかな。早くしないと青い果実が血に染まるよ。まあ、その方が美味しいんだけどね。アハハハ……』

「おい、人の命を何だと思ってるんだ!」


 ゲーム感覚で話しかける相手にところ構わずスマホに怒鳴りかける。

 周りに人がいるとか関係ない。

 全くもって人として許しがたい発言だったからだ。


『プツン……』

「くっ、一方的に切りやがって」


 向こうから通話が途切れ、俺の言いたいことも聞かずにコレだよ。

 人間味に長けていないというか、自己中もいいところだな。


「どうかしたの、龍之助」

「愛理、ちょっと訊きたいんだが、あの出店は今年も出店してるんだよな?」

「うん。あのお店人気だから、もう人だかりが出来てるはずだよ。アプリの地図とかいる?」

「いや、ググる暇があったら直行した方が早い。大体の場所は分かるか?」

「うん。去年と同じ場所だよ」

「ふむ。それはありがたい」


 ズボンの後ろポケットにスマホをねじ入れ、そのまま早足になる俺。

 本当は走りたい気持ちだが、恒例のお祭りでもあり、屋台周辺は思った以上に客足が多い。


「ま、待って。私も行く!」

「すまん。お前を巻き込むわけにはいかないんだ!」


 愛理のやる気は買いたいが、今回は爆弾が絡んでいるんだ。

『はい、そうですか』と闇雲に連れ回し、結果的に大怪我をさせるわけにはいかないからな。


****


「はあはあはあ……。東日流つがるおじさん……」

「よお、神津かみつの坊主じゃねえか。そんなに息を切らしてご苦労なこった」


 丸刈りにねじり鉢巻を付け、水玉模様の浴衣を着込んだ東日流太蔵つがるたいぞうおじさん。

 東日流おじさんとは小学生の頃からの知り合いでもあり、東京の都会育ちで右も左も分からない俺に色々と物事などを教えてくれた恩師でもある。


「おじさん、お客さんと一緒に今すぐここを離れて!」

「何でえ、いつもの鬼ごっこか。坊主も物好きだな」

「違うんだ。そのりんご飴の出店に爆弾が仕掛けられてんだよ!」

「はあっ?」


 またいつものイタズラかと思わんばかりの困り顔な反応で言葉を詰まらす東日流おじさん。


「なはははっ。相変わらず面白い坊主だなあ。そんなんあったらご近所の屋台まで一緒にぶっ飛んじまうぜ。無差別テロじゃあるまいし」

「そうだけど。ああ、もう5分しか時間がない……」

「まあウチのりんご飴でも食べて落ち着けや。腹を満たして冷静になりな」

「おじさん……」

「まあ、お代はきちんと貰うけどな」

「ずこー!」


 周りに人がいようとどうでもいい。

 どんな状況下でもお代は頂戴する東日流おじさんのスマートな接客で、俺はギャグ漫画のようにスッ転ぶ。


『パーン、パーン!』

「おじさん、みんな逃げて! 爆弾だー!」


 そんな平和な束の間に、何かの爆発音が耳に届く。

 まだ10分くらいしか経ってないのにだ。


『バアアアアーン!』

『パンッ……』


 連鎖反応で鳴り続けた音は爆発というよりか、軽い火薬の破裂音であった。

 同時に鼻を刺す煙からして、早くも今年の夏の風物詩が頭をよぎる。

 

「ほらな、だから言ったろ」

「はああー。爆発に見せかけた爆竹かよ。ここは日本だっつーうに」


 その例としての国、チュー国では正月にめでたい気持ちを込めて、大量の爆竹を鳴らすほどだ。


「でもとにかく怪我人がいなくて良かったよ」

「だな。負傷者は喧嘩神輿の時だけで十分だぜ」

「……えっ、おじさん。今なんて?」

「だから車道でぶつかり合う男同士のロマンの喧嘩神輿でな……」

「くっ、見事にハメられた。そういうことかー!」


 俺は東日流おじさんに一礼し、すぐさまこの場を離れる。

 それで16分という微妙な時間帯だったんだな──。

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