第3話 敏腕警視の洞察力

「ワッショイ、ワッショイ!」


 海の家が近くにある広い駐車場にて、白い法被はっぴに同系色のふんどし姿という、男どもの気迫な掛け声が聞こえてくる。

 俺は目標物の神輿を見つけるため、その場所へと飛び出し、例の道へと駆け足で向かう。


「君、ちょっと危ないですよ。いくら高校生でも怪我をしたら元も子もないです。ここは警察のお兄さんたちの言うことを聞き、観客なら大人しく見学してですね……?」

「おやや? 君は……」


 金髪の警察官が俺と顔見知りだったせいか、走っていた俺の前に立つ。


 相手が両手を水平にして立ち往生する中、このままでは進めそうにない。


 仕方がないな。

 少々面倒だけど、ああ見えても一応知り合いだし、声掛けをするしかないか。


「ああっ。奇遇だな。江戸川四歩えどがわしほ警部」

「ああ、奇遇じゃないですよ。毎回事件がある度にお兄さんの前に現れて。君は疫病神か、何かなのでしょうか?」


 俺としてみれば可愛いお姉さん希望だが、野郎の警察官に疫病神とまで言われたら、流石さすがに腹が立つ。

 アスファルトの小石を蹴って、下水が流れる排水口に落ちる中、また厄介絡みな事件になりそうだと唇を噛んだ。


「……ということは江戸川警部も例の犯人からの誘いで?」

「ええ。とんだ愉快犯で困っていた所ですよ。彼女の力抜きではここまで辿り着くことすらも敵いませんでした……」

「えっ、彼女って?」


 俺は一瞬、我が耳を疑った。

 思考が固まるのにも無理もない。

 何でもそつなくこなし、女なんて必要なさそうな江戸川警部に、お熱いお相手がいたんだから。


「おいっ、いくら探偵相手とはいえ、色々と喋り過ぎだぞ。江戸川警部」

「はっ、滅相めっそうもございません。シャーロット警視」


 俺の前で凛とした態度で警部に激を入れ、青いOLスーツが似合うシャーロット・ホームスと名乗る赤髪女性。

 美人でご立派な警視と見た目に追い打ちをかけ、さらに20歳程度の若い警察官と来たものだ。


「貴様も何を呆けた面をしている。この三流探偵が」

「ああ。ごめんよ、お姉さん」

「フフッ、このわたくしがお姉さんか。貴様も顔に似合わずお世辞が好きなようだな」

「おい、勝手に捏造ねつぞうするなよ。どこをどう切り取ったらそう見えるんだよ?」


 天は二物を与えないもの。

 容姿はモデル並みのスタイルだが、容赦ない上から目線で、高圧的な態度のシャーロット警視。

 そんな警視のご機嫌取りも大変である。


「き、君。何て言い草ですか。警視に向かって失礼ですよ」

「そうかな。所詮しょせんは人間が絡んでるんだからくらいなんて肩書きだけだろ。みんなゼロからの赤ん坊から産まれるんだし」

「本当、無礼極まりない方ですね……」


 江戸川警部が金髪を乱雑に掻きむしりながら、シャーロット警視に一言詫びる。

 どんな職場でも上下関係を保つのは大変だ。


「なるほどな。隣のナルシスト警部と仲が良いだけのことはあるな」


 シャーロット警視が勝手にボーイズラブモードに持っていく。

 お互いの愛情を育むパーツに不確定な要素が含まれているんだ。

 ここで納得したら、ただのアブノーマルな男好きという流れになってしまう。


「仲が良いなんてとんでもな……もがもが」

「さあて、最上川もがみがわがどうか知りませんが?」


 江戸川警部が後ろに回り、俺の口に惣菜パンを放り込む。

 甘くて程よく辛い食感のソーセージパンが俺のざわついた気分を完全にリセットさせる。


「そうそう、そんなことより爆弾だよ。もう時間がない」

「ええ。そのことに関しては心配に及びませんよ」

「うむ」


 江戸川警部に促され、シャーロット警視がピンクのキャリーケースから赤の導線だけが外れた箱を取り出す。

 ケーキ箱のフタに取り付けてあるデジタル時計のタイマーは残り一分の表示でぴたりと停止していた。


「良かった。一時はどうなることかと」


 ほっとして息を整えた俺は目の前の相手に感謝する。

 俺の見当違いかも知れないが、この警視の洞察力は半端ない。


『──ジャジャジャジャーン!』


 ──緊迫した周囲を吹き飛ばす、大音量の時代劇のテーマソング。

 タイミングが良すぎるというか、本日も例の暴れ馬な着信音に助けられた。


『やあ、名探偵の神津龍之助かみつりゅうのすけ君。今回はキレ者の彼女に救われたね。今度からラッキーボーイとでも付け加えておこうか』

「おい、こんな非常時にふざけるなよ!」


 通話先の変声機の相手は会話からして、明らかに犯行を楽しんでいる。

 危険物でもある爆弾という人生を狂わせるアイテム。


 それなのにここまで平然としている相手からの通話。

 一步間違えば大惨事に遭うというのにだ。


『怒りたいのは私の方だ。第三者と手を組むとは。その代償は高くつく』

「別に好きでやったわけじゃ……」

『とりあえず外からでは見えないよう、金閣寺の金箔でも奪って、10分後にそこを爆破しようじゃないか』


 金閣寺って言われても、内岡うちおかにはそんな観光場所はないぞ。

 タワーとかドームでもなく、ここから離れた辺境の都にか?


「あのなあ、ここは鏡都きょうとじゃないんだぞ!」

『プツン……』

「あー、そうやってまた一方的に切るのかよ!」


 質問の余地すらもくれずに、突然通話が切れる。

 苛立ってスマホを投げつけようとする衝動を抑えながらも……。


「本当、自己中にもほどがあるな」

「あらあら、また例の相手からかしら」


 シャーロット警視が花柄模様の扇子をズボンのポケットから出して、豊満な膨らみに風を扇ぐ。

 大方、初夏の陽気に当てられたか。


「なあ、江戸川警部。この辺に金庫とかあるのか?」

「金庫なら放送部のテントにありますが?」

「今度はそれがヤバいんだよ。新たな爆弾もあるらしいし、急いで案内してくれ!」

「分かりました」


 俺はこの場に警視を残し、江戸川警部に続いて、放送部のあるテントへ向かった。


 あれはこのお祭りの運営や経費などのため、みんなが集めて回った大切な物でもあるんだ。


 カギはダイヤル式だが、万が一に備え、女性一人でも持ち運べる重さ。

 お祭りの観客もだが、何としてでも金庫も死守しないと──。

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