第12話 アプリと合成のトリック

「みんな、この映像を観てくれ」


 俺は愛理あいりにお願いしてビデオカメラを手持ちのノートパソコンに繋げ、モニターに再生させる。

 映像には俺たちが校内探索をしてる様子が映し出された。


『──ピンポロロローン♪』


『何の音だ?』

『どうやら音楽室から鳴ってるピアノみたいだよ』


 幽霊の花子さんのトイレ騒ぎから廊下に移動した俺たちは、正太郎しょうたろうの合図で次の目的地へ向かう。

 普通の人間ならパニックになり、それどころじゃないはずなのに。


「この時点で正太郎は音楽室からピアノの音と正確に認知してる」

「そして先陣を切って音楽室へと進んだんだ」


 事件を起こす犯人だからか、前もってトラップのある場所を知っているような落ち着きよう。

 七不思議で何が起ころうと正太郎は極めて冷静だった。


『暗くて危ないからさ、オレッチが先頭になるよ。雅美まさみちゃんは龍之助りゅうのすけさんと愛理さんの後ろについて』

『了解。彼らを守る陣形にと』


「次に音楽室に俺たちを誘導した正太郎は、部屋に入ったと同時に縦並びで陣形をとった」

「この陣形は無意識ではなく正太郎と雅美ちゃんとの計算された策略だったんだ」


 縦一列の移動で一番前は行き先が不安になるが、後ろからは背中となり、影になる存在なので手の内が漏れにくい。

 そして一番後ろ側は前のメンバーの動きがじっくりと見れて、何かあった時の対応がしやすい。

 その分、最後尾の背中はがら空きになるが……。


『あっ……』

『どうした、急に立ち止まって?』

『いや、靴紐が解けちゃって。オレッチのことは気にせず、先に進んでよ』


 ここで正太郎が下がり、前方を雅美ちゃんが担当する。

 息の合う恋人同士らしく、違和感を見せずに自然体でだ。


「そしてその後、靴紐を理由に手元のスマホで再生中のピアノアプリを止めるために一人残った」

りゅうちゃん、あれも計算のうちだったのか」

「どうしてもスマホ単体じゃ音が劣化するからね」

「はん、バカバカしい。どうしてスマホからって分かるのさ」


 俺と尚樹なおきの音質のやり取りに正太郎が投げやりの言葉を出す。

 残念ながら、その答えもすでに分かっている上でだ。


「ディスプレイの光だよ」

「お前が持ってたスマホの僅かな光が後ろから愛理が撮影していたビデオカメラに映りこんでたんだよ。江戸川えどがわ警部の鑑識だと100%スマホの光で、パソコンでそれを拡大したらピアノの再生アプリと断定できたんだ」

「アプリねえ……あははっ」


 自身のやり口がバレて開き直ったのか、それとも他に勝算があるのか、正太郎が小馬鹿にした笑いをする。

 俺は一人の探偵として、下手に相手の感情を揺さぶらないよう、淡々と言葉を並べるまでだ。


「そして音楽室のすぐ横にある隠し扉に行き、防音室に侵入して、前もって事前に用意していたプロジェクターのスイッチを入れた」

「パソコンで合成した空を飛ぶ肖像画の映像に切り替えるためにピアノアプリを中止してね」

「そうなんだ。アプリからの切り替えも含めて、一人で残ったのかあ」


 愛理がビデオカメラ側の小さな映像を見つめたまま、感心したように首を縦に振る。

 SNSの投稿写真の加工と一緒で、今どきパソコンがあれば、偽の映像なんて簡単にできるからな。


『第三の七不思議を見に行かないか。音楽室の隣にある防音室なんだけど』

『防音室に何の用だよ』


 正太郎が俺たちと再び合流し、一旦音楽室から廊下に出るシーンが流れる。


「そして音楽室から出て、隣の防音室に行ったのはいいが、正面の引き戸のドアを開けられるとカラクリがバレてしまう」

「そこで手短にあった角材でドアを固定し、表側では鍵がかかってるように見せかけた」


 俺は先端が丸く潰れた角材を拾い上げて、引き戸を固定させる。


「肖像画が確認できるのはドアに備え付けていた出窓だけ。とてもじゃないがその狭い窓からじゃ、手持ちの小さなライトでプロジェクターの映像とは分からない」

「そうか。オレたちは正太郎にまんまと騙されたというわけか……」


 尚樹がビデオカメラが流す映像を観ながら、ポツリと自身の想いを漏らす。 

 七不思議の謎を突き止めようとして一緒に動いてきたメンバーがこうして裏切ったんだ。

 校長のお孫さんといい、余程、正太郎を信頼していたのだろう。


「おいおい、それじゃあ十三階段の事故はどうなる。実際に男子の犠牲者が出てるのに、あれもオレッチの仕業だと?」

「そうだよ、龍之助。相手は血を流して床に倒れてたんだよ」


 愛理がビデオカメラを持つ腕を震わせて、テーブルにそれを置く。

 どうやら女の子には刺激が強すぎたらしい。


「あれは人じゃないよ。予め用意していた制服を着せた人体模型だったのさ」

「くっ……」


 正太郎がバツが悪そうに顔をしかめる中、愛理と亜香里あかりちゃんの目が驚きで大きくなる。 


「あの怪我もよく似せた赤い絵の具に過ぎない」

「ええっー!?」


 二人の女の子が声を上げるのを尻目に俺はみんなの前で、今回の一番の謎だったトリックを解きにかかる。

 そんな俺の推理に正太郎は腕を組んで目を閉じ、静かに耳を傾けていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る