PARTB 解明編

第10話 パーツが一つ足りない

「なあ、江戸川えどがわ警部。人間の臓器の脾臓ひぞうってさ、握りこぶしくらいの大きさだったかな?」

「ええ、普段は免疫機能を向上させ、肋骨に隠れたように存在する臓器ですが」

「だったら何でそれが屋上へ続く渡り廊下に落ちてたんだ?」


 俺と江戸川警部は屋上手前の踊り場にて、ちょっとした小話をしていた。

 どうしても事件解明の前に確かめたいことがあり、警察からの声も聞いてみたかったからだ。

 そこへ一人の一年生が上履きの底を鳴らしながらゆっくりと階段を上ってくる。


「……これは人体模型の脾臓だぜ」

「そうなのか。正太郎しょうたろう、詳しいね」

「ああ。九曼荼羅くまんだら校長からの命令でさ、保健の先生が非番の時に色々とメンテは欠かせないんだ」


 踊り場には現れた正太郎が急な階段にも関わらず、さほど息も切らさずに、俺と江戸川警部の会話に入ってくる。

 元からフレンドリーな男の子と思ってはいたが、こうも自然体で接してくると本来の目的さえも忘れてしまいそうだ。


「それ貸してよ、警察のおじさん。オレッチが準備室に戻しとくから」

「はい。任されましたと言いたい所ですが、これは警察の管理下に置かれた犯人の遺留品となっており、迂闊うかつには持ち出せないのですよ」

「何だよ、拍子抜けするなあ」


 正太郎が残念そうに肩を落とし、光の影となった壁に背を当てる。


「それに私はおじさんではなく、お兄さんです」

「はいはい、色々と燃えたお兄さん」

「本当に申し訳ないですねえ。証拠品の保護も一つの大切な任務ですから」


 燃えてるというか冷めてる江戸川警部が丁重にお断りすると、正太郎は壁から離れ、苦笑いをしながら、上る際にシワになった制服のズボンを整える。


「あー、警察も色々と面倒だな」

「ですが、裏を返せば警察のお兄さんでならば持ち歩くことは可能でもあります。犯人逮捕のため、お兄さん自らも協力しましょう」

「へへっ、話が分かるぜ」

「じゃあ行こうか。正太郎」

「ガッテン、承知しょうちのスケートボードだぜ!」


 正太郎が令和風アレンジ的なボケを言いながら俺と警部の後ろについてくる。

 七不思議という事件究明のため、昼で授業が終わり、部活も急遽休みになったせいか、窓際から見た校内には生徒はほとんど居なかった……。


****


「あれれ、皆さん、勢揃いでどうしたん?」

「正太郎か。どうしたも何もそこの探偵からLINAで教えられてね」


 化学準備室には例の七不思議を身近で体験したメンバーが揃っていた。

 あのトイレで一番の犠牲者となった亜香里あかりちゃんもいる。

 青ざめていた顔色も血色が戻ってだいぶよく、元気そうで安心した。


「あの……自分たちをここに集めて、神津かみつさんは一体何がしたいのでしょうか?」

「それには同意する。こんな遊びよりも勉強に専念した方が今後の身のためだ」


 単語帳を片手に雅美まさみちゃんが不思議そうに首を捻り、板垣いたがき君は世界史の参考書片手に何やら単語を口ずさんでいる。

 二人の真面目な勉強家にとっては、こうしてる間も無駄に時間を割きたくないようだ。


「まあまあ二人とも、気持ちは分かるけど少しは落ち着いて」

「ホントだぜ。龍之助りゅうのすけさんのことだからきっと凄いサプライズがあるかもだぜ」

「そうだな。じゃあ正太郎、脾臓を元の位置に」

「おう、アイルトン任せな」


 セナとかけてレーサーのシャレで繋ぐ正太郎だが、あまりの高度なシャレに誰も気付かない。

 だが正太郎はこの寒い反応には慣れているようで、特にツッコんできたりもしない。


「それにしてもそんな臓器があったんだね。犯人もお惚けというか……」

「あれ? 空間がないというか、何だ……」 

「脾臓ならきちんとあるぞ?」


 愛理の疑問に応じながらも、肋骨のパーツを丁寧に外し、手に持った脾臓をハメようにもそこのパーツは埋まっており、途方に暮れる正太郎。


「そうだよ。正太郎が持ってるのは工作と料理が得意な愛理あいりが紙粘土で作った即席の脾臓だから」

「うん、バタバタだったけどドライヤー片手に何とか頑張ったよ」

「何だってぇぇぇー!?」


 予想外の展開に正太郎がとんでもない大声を出し、その場にいた愛理以外の女子生徒が驚いて身をすくめる。


「日頃から脾臓も詳しく調べてれば良かったものの、折角せっかくの犯行が台無しだな、正太郎」

「何なん、それって。雅美ちゃんが起こした犯行じゃないん?」

「えっ、雅美ちゃん?」


 もし日頃から人体模型のメンテをし、きちんと脾臓の場所を知り、さらに形や重みを知っていれば、こんなイージーミスは防げただろう。

 それ以前に亜香里ちゃんに名指しにされた雅美ちゃんにみんなの視線が注目していたが……。


「ああ、この事件には雅美ちゃんも絡んでるけど、雅美ちゃんは彼を手助けしただけに過ぎない」

「……え、えっと」


 雅美ちゃんがみんなの目の行きどころに頭を悩ませ、困ったように頬をポリポリとかく。


「そう、事件の首謀者はお前だよ! 九曼荼羅正太郎くまんだらしょうたろう!」

「ええっ、正太郎くーんがー!?」

「ああ。お前が恋人の雅美ちゃんを上手く利用し、この学園七不思議事件を起こした真犯人だ!」

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