第9話 十三段目の怪我人

「ねえ龍之助りゅうのすけ、どう数えても12段しかないんだけど」

流石さすがに血を拭き取った痕跡があるな」

「ちょっと人が協力してるのに何か冷たくない?」


 お昼過ぎ、簡単な軽食を終えた俺と愛理あいりは例の屋上前の階段で色々と証拠になりそうな物を探していた。

 しかし何であんな目立つような階段の所で倒れていたんだ。

 それにあの出血はナイフなどの刃物より鈍器に近い。


 ナイフで首をかっ切ったら、飛び散って壁にも血が付着するはずだし、首を締めたとしても口から泡は吹いてなかった。

 この12階段の上には人っ子一人がくつろげる踊り場もあるが、屋上の扉と繋がっており、座るくらいのスペースしかない。


 初めはこの踊り場で生徒を攻撃し、そのまま階段に置いたと思ったが、あんなに狭いスペースで犯人ともみ合ったとしたら、少なくとも服の繊維の切れ端や毛髪などが見つかるかとしらみ潰しに探したが……そんな物はどこにも落ちてなかった。


 犯人は事件後、後ろめたく犯行現場に二度現れるのは常識だ。

 冷静さを取り戻し、綺麗さっぱりと証拠を持ち去った後みたいだな。

 かとすると突発的な事故ではなく、計画的犯行となるのか。


「うーん、あまりにも状況証拠が足りなすぎる。これじゃ推理のしようがないぜ……」


 俺はこれまでにない難解なトリックに頭を悩ませていた。

 明らかに推理する材料が不足しているのだ。


「りゅ、龍之助、こっち!」


 いつになく興奮した愛理の声が俺を手招きする。


「何だよ、新しい秘密基地でも見つけたか?」

「うん、基地というかアトラクションかな」

「はははっ。先ほどの音楽室の回転扉みたいに色々と凝ってる学園だな」


 愛理が立っていた踊り場の壁を触ると、そこは壁と同化した遮光カーテンとなっており、そのまま壁につんのめる体勢となる。

 その先にどこまでも続くベージュの下り坂があり、周囲には等間隔で電灯が付けられていた。


「はあ、これはなんのつもりだ!?」

「見て分からないの? スロープだよ」

「そりゃ分かるが、こんな隠れた所にあってもな……」


 お年寄りや子供が安心して通れる段差なしの緩やかな坂、段差解消のスロープ。

 行く末を阻む階段もないので車椅子の方でも安心して通ることが可能だ。


「あっ、そうか。通れるということは!」


 俺は周囲を見渡し、段ボールを手に取った後、そのままカーテンに飛び込み、スロープの下り坂に座り込む形となる。


「あのねえ龍之助、仕事中に遊んでる場合じゃないでしょ!」

「わりいな、もう少しでこの13階段の謎が解けそうなんだ。このソリにいってきますー!」

「ちょっ、龍之助えええー!!」


 愛理が一人騒ぐのを無視した俺は勢いをつけ、段ボールのソリに乗って、スロープの下り坂を滑り出した──。


****


 ──終点は意外と早くやって来た。

 下り坂を滑っていた時間は約十秒ほどだと思う。

 俺は勢いよく投げ出され、段ボールを手放して受け身をとることもできず、奥の折りたたみテーブルが並ぶ場所へと豪快に突っ込む。


 カーテンで日を遮られ、ぼんやりと浮かぶ室内は灰色の整理棚に囲まれており、消毒液の匂いが立ち込めていた。


 埃っぽい空気にアルコールの香り。

 足先に転がる数台の燃料がないアルコールランプと、床に転がった握りこぶしくらいの一つの石を見るからに、どうやらここは今は使われてない化学実験室のようだ。


「おいてて。これだけ派手にクラッシュして、どこも怪我がないのが奇跡だぜ……」


 俺はゆっくりとテーブルから這い出して起き上がる。

 白いクロスのテーブルの中に一台だけ木目調をさらけ出したテーブル。

 俺がぶつかった台がまさにそうだった。


 それにこの赤紫の石。

 そら豆のような形をしていて、そこらへんの砂利道からじゃなく、どこからか飛び入り参加をしたようなこぶしサイズの石でもあり……。


「んっ? おわっ!?」


 俺は背後に大きな気配を感じて、素早く間合いをとる。

 だが相手は裸同然で攻撃を仕掛けるわけでもなく……。


「何だよ、驚かすなよな。人じゃなくてただの人体模型じゃないか。やれやれ……」


 ズボンについた埃をはたきながら、実験室の主役、人体模型君を温かく迎え入れる。

 当の本人は人形らしく冷たい反応だったが……腹話術じゃあるまいし、人形が喋るわけないだろ。


「龍之助!」

「おわあああー!?」


 突然、目の前を照らす懐中電灯の光に腰を抜かす俺。


「あっ、ごめん。大丈夫?」

「大丈夫じゃねーよ、心臓が飛び出るかと思ったじゃんか」

「その時は私が元に戻してあげるよ」

「はははっ。模型じゃないから戻すとか無理だって。あれ……もしや?」

「どうしたの?」


 愛理の一言でこれまでバラバラだった感覚が開ける。


「なるほどね。この13階段のトリックが解けたぞ。これで七不思議の原因が全て分かったぜ。有能な助手のお陰だ」

「ということは龍之助?」

「ああ。全ての謎だったジグソーのパズルが、たった今綺麗に完成したよ」


 俺はお得意の台詞を口に出す。

 そんな俺に続き、愛理も満更でもないようだ。


「愛理、これから俺は犯人をおびき寄せる罠を実行させようと思う。愛理は犯人以外の事件の関係者をこの実験室に集めてくれ」


 今回の謎解きにはこの人体模型君も参加することになる。


 ずるずると床に引きづって他の部屋に持ち出すと傷ものになる恐れ大だし、何にせよ、収めてある内臓のパーツが飛び出て、無くしてしまうことも視野に入れてだ。


「分かったけど関係者って?」

「ああ、昨夜、この学園を一緒に探索したメンバーたちだよ」


 すると、俺の答えに驚いた愛理が大きな目をさらに見開いた。


「ええっー、あの中に犯人がいるの!?」

「まあ信じたくもない気持ちにもなるけどな。これが現実というものさ」

「そうかあ。幽霊の仕業じゃないんだ……」


 誰とでも仲良しになれ、相手を選ばずに平等に接する大人な対応な愛理にとって、信じがたい答えだったらしい。

 変に仲間を疑わず、本気で幽霊がやったと思いこんでいたんだ。


 愛理、お前最高の助手だよ。

 探偵業も不景気だから、給料は中々上げれないけどな。

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