第8話 防音室の引き戸

 音楽室にあった隠し扉を回して入ると、先に入っていた江戸川えどがわ警部が悔しそうに拳を握りしめていた。


 薄暗い周囲には防音対策の黒いボードが貼られ、床には無造作に数台のギターケース、中央にはドラムが置かれており、いかにも音楽の練習をする感じの部屋だ。


「ここまで来て何の手がかりもないとは。大損とはこのことですよ」

「元は俺たちのお手柄だろ」


 推理を解き、ゆえに隠し扉を探し当てたのを横取りされたんだ。

 ここで黙っていれば探偵としても男としても廃る。


「いえいえ、本来捜査というものは常に食うか、食われるかのお仕事なのですよ」

「つまり江戸川警部はハイエナのような警部であると?」

「フフフ。与謝野よさの君も可愛い顔して口が悪いですねえ」

「それは警部さんもでしょ」

「あれま、これは一本取られましたねえ」


 江戸川警部が長い金髪を靡かせながら、少しばかり困った顔をする。

 先ほどまでの怒りの表情はすっかりと消え、何も気にしてないように愛理あいりと漫才の真似事をし、その心に余裕すらも感じさせた。


「まあいいでしょう。ここでの用は済ませましたし、他を当たりますかね」

「相変わらず高飛車な態度は変わらないんだな」

「フフッ。あの頃の書店で交わした約束事ですか。証拠の紙切れがない以上、とっくの昔に時効ですよ。フフフ」


 江戸川警部が含み笑いをしながら、防音室の扉に手をかける。

 引き戸には鍵がかかってるのに、何をしてるんだか。


『ガララララ……』

「あれれ?」


 何の抵抗もなく開いた引き戸に俺は驚き、若干声が裏返る。

 江戸川警部も意外そうに眉をひそめて、鍵穴を覗く。


「どうやら鍵穴が錆びついて壊れてるようですね」

「そんな馬鹿な。この防音室の扉は開かなかったのに」

「まあ誰にでも見落としはありますよ。でも今回の事件の主導権は、このお兄さんにあるようですが」


 江戸川警部が髪をかきあげて、俺との推理合戦で一歩リードしたせいか、誇らしげに整った白い歯を輝かす。


「そんな調子でお仕事の方は大丈夫でしょうか。ほんと観察眼のない探偵さんですねえ。フフフ……」


 江戸川警部が扉の外へ出て、渡り廊下を堂々と歩く。

 その美貌と締まったスタイルに女子生徒数人から声をかけられるが、仕事中だし、未成年はいけないでしょと生徒たちに指を突き付ける。


「学生の性分は勉強でしょ。いい大学に入ってお兄さんみたいなエリートになりたいなら、勉強に専念し、つまらぬ色恋は捨てないと。学生の時間は長いようであっという間ですよ」

「「はーい」」

「ねえ、そこのお二人さんも」


 江戸川警部が開きっぱなしの防音室の前で検証中の俺と愛理あいりに声をかける。

 お前さん、仮にもエリートを自称するのなら、扉くらいきちんと閉めろよな。

 それから事件が起きた一般生徒は立ち入りは禁止だぞ。


「うるせー、俺たちは兄妹だっ」

「あはは、傍から見たら恋人通しに見えるんですけどねえ。それでは」


 そんな俺たちをよそに警部がヒラヒラと手を振りながら、渡り廊下を去る。

 俺と愛理との合間に気まずい空気を残したままで……。


「……龍之助りゅうのすけ、そうなの?」

「そんなわけないだろ。アイツに感化されすぎだ」

「だ、だよね。私としても龍之助は手のかかる弟みたいな存在で恋愛で好きとしての感情は……」

「あれ、この木材は何だ?」


 俺は愛理の言葉そっちのけで一本の角材を拾う。

 何で防音室にこんな物が落ちてるのか。

 ドラムを叩くスティックにしては大きすぎるし、何より機材が壊れてしまう。


「ちょっと、私が大事な話をしてるのに、たまには人の話を聞いてよね」

「何だよ、この期に及んで話って? 俺も忙しい身なんだが?」

「何でもありません。べーだ」

「女心ってよく分かんね」


 愛理が可愛く舌を出して、背中を向けてブツブツと何やら口に出しながら、周りの機材を見て回る。

 何だ、俺が気に食わないのではなく、女の子の不調というやつか。


「うん? この角材、先端の部分が少し潰れてるな……。いや、待てよ……」


 俺は潰れた箇所を扉の角に合わせて確かめると、偶然にもその床下に木材のカスを発見する。


「なるほど。そういうカラクリか……」


 そう、例の警部の思惑通り、最初からこの扉に鍵はかかっていなかったのだ。

 だとすれば犯人は俺たちの裏をかいた行動をしでかしたのだ。


「龍之助、こっちには小型のプロジェクターがあったよ。起動源のノートパソコンは見つからないけど」

「愛理でかしたぞ。まあ、PCが無くても画像を取り込んだスマホで動かせるからな」

「えへへ。龍之助に褒められちゃった」


 愛理が嬉しそうにぴょこんと飛んで、その喜びを体でも表現する。

 何の意図もなく、スマホから自由な映像を写せる機械を見つけた愛理もお手柄だ。


「後は十三階段のトリックか……」


 正直、今までの七不思議の事件で一番の難易度を誇る事件になりそうだ。

 階段の作りも謎だが、何より階段先の目の前で血塗れの犠牲者を見たからな……。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る