第7話 単純なトリック
「さてと。まずはトイレの花子さん絡みだが、男の俺が観ていいものか……」
「何言ってんの、
「変なものとは?」
「いいからビデオに集中!」
宿屋で一泊した翌日、再び学園にやって来た俺と
ちなみに
俺が日中でも推理しやすいようにと九曼荼羅校長にお願いしたのだ。
夜間とは違い、昼間でしか分からないこともあるからだ。
締め切ったカーテンの隙間から生徒が昇降口に入っている所を眺めた後、愛理が俺の腕を掴んで、強引にビデオカメラの映像を見せる。
画面には
自信満々だった愛理だけど、いざという時、声を拾えないと撮影の意味がないだろ。
すると何を思ったのか、亜香里ちゃんが個室のドアノブに手をかける。
『──ねえ、本当に開けるの?』
『今さら怖気づいたのですか。そんな柄じゃないでしょう?』
『でも雅美、幽霊なんて怖いもの……』
『刺激しないよう、ゆっくりと開ければ平気ですから』
亜香里ちゃんが恐る恐るノブを回す。
カメラ越しからブレる映像からして、撮影者の愛理も怖さで震えていることが伝わる。
だが、それよりも俺にはある部分が引っかかっていた。
「なあ、愛理。亜香里ちゃんと雅美ちゃんって仲が良いのか?」
「仲が良いというか、中学からの知り合いだって聞いたよ」
「くっ、俺にはそんな話、聞かされてないぞ」
「あらあら、これも人望の無さというものかしらねw」
愛理が含み笑いで嘲り、そこで何でお嬢様言葉になるのかと理解に苦しみながらも、ビデオカメラの映像に再度視線を戻す。
カメラにはトイレの個室をそっと開ける亜香里ちゃんの姿が映っていた。
『亜香里ちゃん、扉の隙間から白いものが。もしかしたら花子さんの霊かも知れません』
『本当だ。嫌あああー!』
亜香里ちゃん数センチ開けた間から覗き込み、女子らしい反応を見せた。
『何よ、じれったいわね。もう私が開けた方が早いわよ』
『あっ、愛理さん?』
『きゃあああー!?』
カメラの先から細い腕が出てきて、思い切って扉を開ける。
「なるほどな。あの時の雅美ちゃんの悲鳴は幽霊を見たんじゃなくて、愛理の強引なやり口にビックリしたのか」
「そうだよ。言ってなかったかな」
「いや、初耳だって」
そんなに探偵の俺が信用ならないのかと苛ついたが、すぐさま考えを切り替える。
まあ、見た目が陽キャでもか弱い女の子だし、野郎より同性と話した方が安心できるよな。
「それで私がビデオカメラで例の花子さんが居る個室を調べたんだけど……」
「便座があるだけで誰も居なかったんだろ」
「うん。その通りなんだけど気味が悪いよね」
「気味も何も簡単な心理トリックさ。こんなの小学生でもできるよ」
早くもトイレのトリックが解けた俺。
確かにこの程度だと素人でも解決できそうな事故だ。
いや、これは事故というよりも子供の悪戯に近い。
「……ということは龍之助?」
「ああ、この程度、謎解きでも何でもないさ。次のピアノの映像を見せてくれないか?」
「うん」
****
『ピンポロロローン♪』
『何の音だ?』
『どうやら音楽室から鳴ってるピアノみたいだよ』
引き続きカメラから流れる映像。
カメラの映像は月夜で薄暗い渡り廊下からピアノの音が聴こえてくる場面だ。
「ここで
「ああ。でもおかしくないか。実際に行った音楽室にあったピアノは埃や楽譜に埋もれて鳴らした気配もしなかっただろ?」
「つまり最初からピアノは……?」
「そういうことさ。ちょっと前とは違い、ピアノの音くらい簡単に鳴らせる時代さ」
俺はスマホを見せつけ、実にオーバーなリアクションをする。
愛理も俺の答えに納得しながら、持ち前のスマホで何かをググっていた。
「ある場所で靴紐が解けたという場面もあるよな。これも次に起こした肖像画浮遊事件に繋がるきっかけさ」
「えっ、でも扉の開け締めの音とかしなかったよ。どこかに繋がる場所でも?」
「察しがいいな愛理。防音室への入り口は二通りあったのさ。これなら正面のドアに鍵をかけられるというわけさ。まあ、これは現場で確かめないと確証はないけどな」
俺は出入口の傍にあった少し色の違う壁を押しやると、扉が回転ドアのように空回りする。
「なっ。俺の言った通りだろ」
「凄いね、龍之助。あっという間に三つの謎を解決しちゃった。神津家の血筋だけのことはあるね」
「まあ半分は映像を撮ってくれた愛理のお陰でもあるけどな」
「龍之助……」
愛理が期待のまなざしを向けてくるのが分かる。
これは恋愛感情ではなく、兄妹としての信頼関係。
兄として妹を不安にさせないようにしないと。
「さあ、ちゃっちゃっとこの七不思議の事件を終わらせようぜ。また前回のように警察が絡んだら色々と面倒だからさ」
「うん」
俺は回転ドアを開けて、その先に進もうと愛理と足並みを揃える。
「……誰がどう面倒なのでしょうか?」
「え、
「フフフッ。出張ついでに、この学園生徒の知らせで駆けつけてみれば、まさかの事件かと。事件のある場所に警察ありとはまさにこのことですよ」
暗がりの音楽室に入ってきた江戸川警部は前回の事件よりも一際大きく見え、俺たちを飲み込みそうな雰囲気だった。
「クッ、お邪魔虫め……」
「虫ではなく、お兄さんはれっきとしたエリート警部ですよ」
江戸川警部がクシで髪をすく姿を傍目にして分かったことがある。
俺はこのナルシストな男が嫌いだ。
人間にはどう頑張っても嫌な相手ができるもの。
食べ物などと同じで苦手な相手は克服しようがない。
頑張って関係を良くしようと無理しても、結局は自爆して余計にこじれた関係になる。
コイツもそうだ。
十割中、二割ほどが嫌な人と判断する人間の本能として、どんなに心を入れ替えても一生分かり合えない相手だと……。
「しかし、こんな所にまさかの隠し部屋があるとは。これはお手柄ですよ。ポンコツ探偵君」
俺は江戸川警部の上から目線の言い分に内心苛つきながらも、警部に続き、防音室へと足を踏み入れた。
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