第6話 屋上からの飛び降り

「きゃあああー!」


 屋上に出た月明かりの場所で耳に飛び込む女の子の悲鳴。


「今度は何だ!?」

「臆することないぜ。学園七不思議の五番目と六番目、誰もいない屋上から響く悲鳴と、自殺者の集う寂れた空間なのさ」


 錆びついた扉を静かに閉め、後ろにいた正太郎しょうたろうが物騒な物言いをする。


「でもフェンスが張ってあるし、わざわざ金網をよじ登ってかい?」

「自殺しようとしてた者にそんな余裕はないのさ」


 その緑のフェンスは二メートルもあり、さらに先には有刺鉄線が括り付けてある。

 ここを上って飛び降りるなんて芸当が出来たらの話だが……。


「あっ、下を見てよ。龍之助りゅうのすけ!」

「何だよ、人が色々と調べごとをしてるのに」


 俺がフェンスを見ながら、あれこれと考え込む中、幼馴染みで義妹でもある愛理あいりが俺の服を摘む。


「呑気なこと言ってる場合! 屋上の下で生徒が倒れてるのよ!」

「何だって? じゃあさっきの悲鳴は」

りゅうちゃん、急いで助けにいかないと」


 俺は尚樹なおきの声掛けよりも急ぎ足で屋上から降りて、早足で階段を駆け下りる。

 あんな高さから落ちたら助からないかもだが、早いとこ救助した方が生存率も上がる。


 俺は自殺者の生きてる望みの方に賭けて、最後の階段を下り終えた。


「はあはあ……。おい、何があったかは知らないが早まるな。どんなに苦しくても……生きてれば良いこともあるんだ!」


 俺は昇降口を抜けて、例の現場の近くにて声を荒げる。  

 しかしどこを探しても生徒どころか、人が倒れてる現場が見つからない。


 俺は深呼吸の繰り返しで乱れた息を整え、屋上に残った正太郎宛てにスマホで通話し、屋上から手を振る正太郎の元に近付く。


 だが、その真下にも人は倒れていない。

 おまけに地面に血の痕跡も全くなく、まるで幽霊でも見たような現象だったが……。


「んっ、乾燥剤?」


 自害した人の代わりに脱酸素剤が一つ落ちていて、俺はハンカチ越しにそれを拾い上げる。

 指で摘むとほんのりと甘い香りがして、何かの食品で使われていたのか。


 ……どういうことだ。

 確かに俺たちは屋上から飛び降りて、地面で倒れてる人を見たはずだよな?


「まさか、本当に幽霊の仕業なのか?」

「そうさ。だから龍ちゃんにここの依頼を頼んだんだよ。龍ちゃんなら解けるって」


 後から付いてきた尚樹が息を弾ませながら、俺を鼓舞してくる。

 自分で思うんだが、俺はそんなに大層な人間じゃないんだよな。

 ただ単にちょっとしたひらめきがあるだけで推理力は人並みだし……本物の血筋だったご先祖さまのようにはいかないのさ。


「尚樹、そうは言ってもな。証拠がないからにはどうにもならないぜ」

「その包みは証拠には?」


 俺が手にしていた脱酸素剤に目を向ける尚樹。

 よく見ると、その袋には茶色い粉のような湿ったものが付着しており、何かしらの菓子に包まれていたのか。


「こんなドーナツでも包んでいた脱酸素剤に何のヒントがあるんだよ……いや、待てよ……」

「龍ちゃん?」


 だったらあの人が言っていたことと辻褄が合うが、そんなに弱みを握られる性格には思えないが……待てよ、その立場を上手く利用すれば……。


「なるほどな。分かったぞ。この飛び降り自殺のトリックが」

「……どういうこと、龍之助? 初めから幽霊絡みの事件じゃないの?」

「ああそうさ、後は他の七不思議の証拠を掴まないとな……」


 花子さんがいるトイレ、

 無人の音楽室で鳴るピアノ、

 肖像画が飛ぶ防音部屋、

 無いはずの13段目の階段、

 そして誰もいない屋上からの叫び声と、

 死体が見つからない屋上からの謎の飛び降り自殺……。


 これまで七不思議を実際に目の当たりにし、大体の流れは予想できたのだが、まだ物的証拠が少なすぎるのが現状だ。


「何か分かったのか、探偵の神津かみつさん? まだ最後の七不思議があるんだけどなー?」

「いや、人為的と理解した以上、別に最後のは知らなくても得策かと。今日はもう遅いし、宿に戻るよ」 


 手元にあるスマホの時計は22時に差し掛かろうとしている。

 未成年の高校生たちはもう帰る時間帯だし、明日も学校があるからな。


「そっか。精々見えない犯人を捜してみればいいさ。のめり込み過ぎて、七不思議の最後の祟りに合わないようにな」

「ありがとう。それじゃあ、今日はお疲れ様でした」

「おうよ!」


 俺たちは学生グループの正太郎たちと別れ、昇降口へ向かう。

 愛理による長い世間話を交えながら──。


 

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