第5話 一段増える階段

「ここの屋上への階段も学園七不思議の影響を受けた場所なんだけどさ」

「おい、そういう肝心なことはもっと早く言えよな」

「ごめんなさい。正太郎しょうたろうさんは目先の欲のことしか考えてなくて」


 雅美まさみちゃんって案外外道だな。

 口先だけなら愛理あいりより上かも知れない。


「屋上の一番手前の12階段が夜のみ13階段になる魔の階段だけどさ、13段目はこの学園で階段を転げ落ちた生徒が死体となって存在するんだけど」

「学園七不思議の四番目に該当する血塗られた13階段ですね」

流石さすがだね、優等生の愛理さん。正解だよ。よく知ってるね」

「はい。前もって事前にリサーチするのは探偵業として当たり前のことです」


 愛理が大きく胸を張りながら自慢げにしていると、その注目先が自身の豊かな胸を眺めてることに気付き、俺の方を睨む。

 あのな、見てたのは俺じゃないんだぜ。


「それに比べて隣のヘボ探偵は……」


 板垣いたがきくんが眼鏡を光らせながら、俺の方に視線をやるが、本当に何もしてないぞ。


りゅうちゃんはそんなヤツじゃないよ」

「そうよ。神津かみつ家のご先祖さまの血を引いてるんだもん。ナメないでよね!」

「……お前ら」


 尚樹なおきと愛理の二人が庇ってくれることに思わず嬉し涙が出そうになる。

 俺は良い仲間に恵まれたものだ。


「あははっ。これは傑作だ。龍之助りゅうのすけさん、両手に花というかモテモテじゃんか」

「同じ間柄でもこうまで支持されるとは。彼もただ者じゃないと言うことですね」

「かみつと言うご先祖さまは聞いたことないですが……」


 正太郎が俺を小馬鹿にし、板垣くんがさらなる追い打ちをかけ、雅美ちゃんが不思議そうに首を捻っている。


「何、寝ぼけてるのよ。名探偵の……もごもご!?」


 俺は咄嗟とっさの判断で愛理の口を塞ぐ。

 あのかみずじゃなくて、かみつというからに探偵の力を秘めてない三流探偵だということは言うまでもない。


 俺の父親もその名字のセンスで今の探偵事務所を開いたのだが、文字通り全く繁盛もせず、海外で別の仕事に就くことになった。

 それで今度は俺が事務所を引き継いだのだが、父親の二の舞いで思った以上の成果はなく……。

 もしかしたら板垣くんの言うとおり、俺は一生ヘボ探偵かも知れない……。


「ちょっと何するの。女子の口にそんなことしてセクハラどころじゃ……」

「……愛理、余計なことは言わんでいい」


 俺は声のトーンを落とし、小声で愛理に話しかける。

 愛理も察して黙り込み、俺の間近に迫る。   

 兄妹だけに気軽に壁を作らないでいいせいか、気さくに会話しやすい。


「……何でよ、ここで正体を明かした方が龍之助も都合良いでしょ」

「……いや、もしかしたら犯人を逆上させる恐れがあるんだ。迂闊うかつに口外できないよ」


 そう、俺はすでに犯人を特定できるまできていた。

 しかし今回の相手は中々の強者つわものだ。

 真っ向から立ち向かっても勝算は0に近いだろう。

 そのために揺るがない証拠で犯人を決める要素が必要不可欠だ。


「……犯人って、龍之助はこの中にいると?」

「……まだ推測だけどね。こんな細かな演出が、部外者や、ましてや幽霊ができるわけがないだろ」

「……じゃあ、誰かが人為的に?」


 俺はこの職業上、見えない犯人などいないと決めつけている。

 こちらから見えないということは相手にも見えていないはず。

 人間は光を目の水晶体や網膜に通して、画像を反転させ、そこで初めてと脳が認識しているからだ。

 つまり、よく映画などで登場する透明人間は何も見えていないという状態になる。


「……今は黙って学園七不思議を全て体験してみよう。推理はその後でもできるし、そのためのビデオカメラによる撮影だろ?」

「……うん、分かった」


 愛理がビデオカメラを持って、屋上へ続く階段に向き直る。

 いつになく凛々しい横顔からどうやら吹っ切れたようだ。


「龍ちゃん、二人でコソコソ何やってるのさ。早く屋上へ行こうよ」

「ええ、ごめん。今行くから!」


 尚樹には俺たち二人がボーと突っ立ってるように見えたのだろう。 

 至らない誤解を抱かれないように愛理と少し距離をとる。


『タンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタンタン……コツン……』


 何か異変を感じたのか、正太郎に続き、屋上への階段を上っていた尚樹の足がピタリと止まる。


「あれ、一段多い……」

「どうした、尚樹?」

「龍ちゃん、オレ……うわあああー!?」


 えっ、多いって、例の怪談話が現実になったのか?

 吹き抜けの天井で隠せる場所がない場所だけに何のトリックも出来そうにないし。


櫻井さくらいくん、えっ?」

「どうかしたのか、二人とも?」

「龍之助、13段目に血まみれの人が倒れてて!?」

「おいおい、そんなわけがないだろ。俺が確かめれば済むことだ」


 俺がゆっくりと階段を上る横から雅美ちゃんが早足で最上階へ向かう。

 大人しそうな文化系じゃなく、実は体育会系な部分に少し驚いたけど。


『……ガラガラガラガラ』

「じゃあ、この担架でその人を運ぼうか。雅美ちゃんも手伝ってよ」

「はい。初めからそのつもりです」


 正太郎が13段目の階段の影を抱き起こす。

 それは明らかに人であり、この学園の制服を着ていた。

 下がズボンであるからに男子か。


「どうやら思いつめて、人気のないここで自害(自殺未遂)したんだろーな。この学園ではよくある話だぜ」

「そんなにか?」

「はい。この学園は常に何かに縛られていますからね」


 雅美ちゃんが淡々と語る言葉の中には少しばかりの哀しさが含まれているようだった。


「雅美ちゃん、お喋りよりも手を動かしてよ。人間って意外と重いんだよ」

「はい、ごめんなさい」


 正太郎から注意された雅美ちゃんが男子の両手足を持って、すぐ隣の担架に乗せる。


『……ガラガラガラガラ』


 男子が横たわる担架が車輪の音を軋ませながら、正太郎の指示で階段横のスロープに向かう雅美ちゃん。

 心なしか、軋む音から男子の心の叫びが聞こえてきたような気がした……。

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