第4話 奇妙な音楽室

「──ここが音楽室か」

「ピアノの音色が聴こえてきたのもここだったみたいだな」


 正太郎しょうたろうが古ぼけた扉の前で止まる。

 ドアの上に掲げている表札には音楽室と印字が貼り付けてあった。


『ポロロロロン♪ ピローン♪』


 静かな校内で音をやめることを知らない鍵盤の音色。

 きらびやかで丁寧なピアノソロは俺たちの吐息さえもかき消していく。


「まだ鳴り続けているな」

「暗くて危ないからさ、オレッチが先頭になるよ。雅美まさみちゃんは龍之助りゅうのすけさんと愛理あいりさんの後ろについて」

「了解。彼らを守る陣形にと」


 正太郎の合図と同時に雅美ちゃんが一番後ろの並びにスムーズにつく。

 まるで前もって、正太郎の心の声が届いたかのように。


「あっ……」

「どうした、急に立ち止まって?」

「いや、靴紐が解けちゃって。オレッチのことは気にせず、先に進んでよ」


 正太郎が屈んで、靴紐を結ぶ体勢となる。

 暗闇が不安にさせるせいか、俺は急な展開で少しテンパっていた。


「でもこんな暗闇で一人っきりなんて」

「大丈夫、雅美ちゃんもライト持ってるから」

「ええ。気にせずに行きましょう。問題のピアノは目と鼻の先です」


 雅美ちゃんが正太郎の代わりに先頭になり、音楽室をライトを照らしながら、校舎側の窓際に近付いていく。

 ライトの光だけが頼りの中、堂々とした態度で進む雅美ちゃん。


 この子には恐怖というものがないのか?

 それとも女の子には損しかない邪魔な感情は当の昔に捨てたのか?


「これが例のピアノか」


 問題のグランドピアノは部屋の片隅に置かれていた。

 無造作というか何というか、楽譜のスコアの一部が鍵盤にばら撒かれてあり、とてもじゃないが、片付けをしないと弾けそうもない。


「そうです。学園七不思議の二つ目にあたるピアノに取り憑いた霊がピアノを鳴らす現象……その霊の正体はここの音楽教諭だったと」

「その割にはさっきまで動いていた形跡がないな。音も鳴りやんだし」


 やっぱり、この世の住人では無理な行為なのか?

 人ではない、実際は見えない人なる者が蠢く、学園七不思議だけに……そう考えていると怖くて身震いする。


「──相手は幽霊だからね。当然さ」

「おわっ、背後から脅かすなよ!?」


 そこへ急に正太郎の声が聞こえるもんだから心臓に悪い。

 俺が年配のじいさんなら驚いて気絶してるな。


「それよりも第三の七不思議を見に行かないか。音楽室の隣にある防音室なんだけど」

「防音室に何の用だよ」


 別にライブを見に行くわけでもないのに、そんな密室に行ってもな。

 閉じ込められたらミイラどころじゃ済まないな。


「学園七不思議の三つ目、保管されてる音楽家の肖像画が浮いて、宙を舞っているという噂だよね」

流石さすが、有望な助手の愛理さん。飲み込みが早い!」

「えへへ。褒められちゃった」


 愛理は勉強熱心だからな。

 俺よりも事件の内容を理解しようとし、何かあった時に備え、親から貰ったお下がりのビデオカメラで積極的に撮影を行うようになった。

 前回の万引き事件で一緒に居ながらも、俺の力になれなかったことを酷く悔やんでいたからな。


最早もはや、不思議通り越してファンタジーだな」

「龍之助、ファンタジーでも幽霊は登場するんだよ」


 おまけに愛理は読書を嗜む趣味も持っている。

 異世界だけでなく、現代ファンタジーも好物な彼女に下手なファンタジーのネタは通用しない。

 精々、ボロクソに言い返され、しばらくは口も聞きたくないだろう。


「だよな。だったらあのピアノは飾りということか」

「さっきから何をブツブツ言ってるの?」

「いんや、ただのひとりごとだ。二人も行ったし、俺達も先を急ごう」

「うん」


 俺は懐中電灯で足元を照らしながら、注意深く慎重に暗がりの渡り廊下を歩いていった──。


****


 音楽室のすぐ横にある防音室。

 扉の出窓を覗くと悠々と空を飛行する肖像画の群れ。

 確認できただけでも10は当に超えている。


「マジで肖像画が飛んでやがる」

「カルチャーショックだね」


 七不思議の言い伝えとはいえ、こうも不思議な現象があっただろうか。

 本来なら壁にあるはずの紙の肖像画が空中に浮いているのだ。

 こうなれば現場で確かめるしかないと部屋に繋がるドアを開けようとするが……あれ、ノブが固くて動きそうにない?


「残念ながら防音室は鍵がかかっていて入れないけどな」

「まあいいよ。出入り口の出窓からでも見えるから」

「ちなみにその窓ガラスも防音性だよ」

「無駄に金をかけた部屋だな……」


 防音室は金持ちの道楽でできたものと肉親から聞かされたことがあったが、こんな一枚板な扉にも金でオプションを付けるとか……。  

 この学園も昔は湯水のように地下から金貨が湧き出ていたんだなと……。


「なあ、これも幽霊の仕業なのか?」

「うん。音楽家として成功しても跡継ぎに恵まれなくてさ、亡くなってもまだここを彷徨い続けているんだ」


 彷徨う場所が狭苦しい防音室だなんて、余程、音楽に未練があったんだろうな。


「じゃあ次は屋上に行こうか。時間が惜しいからさ」

「やけにバタバタと騒々しく動くんだな。警備員に見つかったら何て言われるか……」

「平気さ。全部幽霊のせいにすればね」


 何でもオカルトで結びつける正太郎に頭が痛くなってくる。


「はい。幽霊の正体が知りたくて学園を訪れた。何があっても九曼荼羅くまんだら校長が丸く収めてくれますから」

「そうそう。オレッチのじいちゃんは無敵だかんな」


 おまけに雅美ちゃんまで似たようなことを言うんだぜ。

 正太郎を心から信頼してるのか、ただのオカルト好きなのか、理解に苦しむぜ……。

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