第7話 巧妙な繋げ技

「あはは。何を言ってるんだい。あの事件の犯人は万引きさえもスルーした相手なのですよ。素人がどうにかできる事件じゃない」

「そう、本に詳しくない素人には不可能な犯罪なのさ」


 篤郎あつろうが大笑いをして休憩所の備え付けのテーブルを手のひらで叩く中、俺は極めて冷静に言葉を選ぶ。


 俺は書店のフロアで自販機が立ち並ぶ休憩所に事件の関係者を再度集めて、例の防犯ゲートスルーな万引き事件の真犯人、紀伊国堂きいくにどう書店の店員である左様篤郎さようあつろうを問い詰めていた。


「ええ、確かにおバカなあたしには無理な犯行やわ」

「自分も漫画本に詳しくは……」


 玲子れいこちゃんがブレザーの襟元を整えながら難しい顔つきをしている。

 すみれちゃんは緑の怪獣の着ぐるみを着たままでだ。

 今日もすみれちゃんは颯爽さっそうと演劇部を抜け出してきたか。


「そうさ、二人の言う通り、この万引き事件は本の仕組みを隅々まで知ってなくてはいけない。よってこのJK二名はシロだ」


 玲子ちゃんとすみれちゃんが『はあー』と大きく息を吐く。

 どうやら張りつめていた緊張の糸が切れたようだ。

 事件に慣れてない女子高生には荷が重い難儀な事件だったか。


「彼は店員という立場を上手いこと利用して、自由かつ大胆な犯行を俺たちに見せたのさ」

「み、見せたって?」


 無類の本好きからして元からミステリー好きなのか、警察のお縄から解放された猿渡さるわたりくんが俺の推理劇にのってくる。

 そんなキラキラとした純粋な瞳で見つめられたら、こっちも乗り気になってしまうぜ。


「これは例の防犯カメラの映像だ。事件解明のため、俺のノートPCにダウンロードしたものだけどな」

「ここの画面右下にある日付をよく見てくれ」


 俺はテーブルに置かれていた黒いノートPCを見えやすい手元に寄せる。 

 まるで間違え探しみたいで楽しいなと見つめている好奇心旺盛な10代の女子組。


「日付なんか見てどうすんのよ?」

「まあまあ玲子ちゃん、黙って見ようよ」

「すみれはお人好しやね。そんな八方美人じゃ……あっ!?」


 玲子ちゃんがツチノコでも見つけたような反応をする。

 そうか、すみれちゃんはキノコ派でもツチノコ派でもなく、誰にだって平等派か。


「ちょっと待って、店長さんがレジを担当してる右上の映像、今の場所で止めて!」

「玲子ちゃん、どうしたの?」

「いんや、一瞬表示されてる時刻の形が違ったような!」

「そういうことさ。巻き戻してスロー再生にしてみようか」


 俺はマウスをクリックして映像を拡大し、スロー再生にすると、答えはすぐにやって来た。


「へえ、違うどころか、コンマ数秒だけ日付と時刻が消えてるな」

「ああ。これはデジカメで編集した映像をパソコンの画像で合成した時にできるイージーミスさ」

「「ええー!?」」


 しみじみと呟く猿渡くんと、正反対な驚きの声を上げる女子二人組。

 これが若さというものか。


「これは時刻などの表示がある状態で消えている状態で、こうやってパソコンでの字幕ありの設定にすると……」

「あっ、日付が出てきた。あれれ?」

「……うん。時刻は同じだけど、店長さんが映ってる日付だけが一日前の日付になってるね」


 玲子ちゃんが不思議がって、PCの動画に釘付けになる中、すみれちゃんは冷静な反応をする。


「そうさ、俺たちに見せたレジでの防犯カメラの映像は予めデジカメでの編集が加えてあった合成を加えた映像だったのさ」

「なるほどね。この合成を入り混ぜて、リアルタイムで万引きの犯行を行ったのか」

「ご名答。今日の猿渡くんは冴えてるね」

「へへーん、これくらい朝飯前さ!!」


 万引きが起きる前日にレジ周りの本棚の映像をデジタルカメラで編集し、あたかも当日に仕事したように見せかける行為。

 スマホでは手ブレなどの調整が難しく撮影が困難でカメラに詳しそうな犯人らしい。

 澄香すみかさんにいつも以上に真面目にレジでの作業をさせたのも、映像を繋げている様子を分からないようにするためだろう。


「だけどデジカメの映像だと猿渡くんのような鋭い相手には勘付かれてしまう恐れがあった。そこで彼はレジでの合成映像から気を反らすために禁断の万引き策を思い浮かべたんだ」

「それが例のゲートを通っても無反応だった万引き行為なのかしら?」


 ここにきて、今まで無言だった篤郎の奥さん、澄香さんが質問をしてくる。


「はい。これからそのトリックをこの店内で実演して暴きたいと思います。澄香さんも落ち着いて聞いて下さい」

「ええ」


 澄香さんが頷きながら、俺に目線を合わせる。

 腹をくくったのか、篤郎は黙ったまま、反論さえもしない。


愛理あいり、店舗のドアに本日の営業終了のポスターは貼ったか?」

「うん。お店のお客さんも全員はけたし、もう誰もいないわよ」


 レジ前で立っていた愛理が俺に向かってVサインをし、堂々と豊かな胸を張る。

 こんな重い空気を吹き飛ばすで明るい愛理には感謝しかない。


「よし。それでは愛理がレジ係、江戸川えどがわ警部が犯人役という流れで、あの時の万引きの現場を再現します」


 俺はレジにいる愛理と、この場に呆然と突っ立ったままの江戸川警部に手作りの大学ノートの台本を渡し、数分間、二人に的確な指示を送りながら、フロアから一歩引いて劇を見送る監督のような形をとる。


「準備はいいか。レジ前に行ったら台本通りに始めるぞ。愛理、江戸川警部」

「うん、了解!」

「なぜお兄さんがこのような下らない茶番を……」


 やたらとやる気な愛理とは対象的に江戸川警部は無気力となり、みんな揃って愛理がいるレジがある方へと足を運ぶ。


「フッ、やってみろよ。トーシロ探偵に再現できるものならな」


 一方で篤郎は鼻で笑って、例の場所に着いても偉そうに腕を組みながら、その現状をじっと見ていた。


 篤郎、吠え面をかくのもそこまでだぜ。

 絶対、その化けの皮を剥いでやるからな!


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