PARTB 解明編
第6話 現場に戻ってくる習性
「──ありがとうございました」
「さてと買うものも買ったし、後は帰るだけか。今日は夜のバイトは休みだし、何から読もうかな」
夕刻すぎ、バイト帰りに
何かの資格の教科書に問題集、ここで買ったばかりの漫画本と、大量の本が入った灰色のトートバッグを肩にかけた彼は、レジ担当のスマイル無料な
『ドン!』
「いで!?」
「おっと、失礼」
そこへ、一人の男と真っ向からぶつかり合う。
道行けば必ず人の目が届く通路でぶつかるなんて、二人ともどこを見て歩いていたのか。
「何だよ、どこ見て歩いてるんだよ。僕のナイーヴなハートが傷ついたじゃんか」
「すまないね。猿渡君」
「あっ、
「ありがとう。これで荷物は全部かな」
「はい。わざわざ拾ってもらってすいません」
篤郎がしゃがみこんで、床に散乱した本を拾い、表裏を積み重ねた本の山を持って、猿渡に手渡す。
ぶつかってきた原因は向こうにもあるのに、言い返すこともできない内気な猿渡。
それどころか、篤郎の親切心と優しさに取り込まれた気がして、思わず感謝を述べるしかない。
「君にはいつも世話になってるからね。私にはこれくらいのことしかできないけど」
「いえ、すいません。それではこの辺で」
「うむ。道中、気をつけてな」
篤郎が手を振って見送る中、猿渡は防犯ゲートを潜ろうと背筋をピンと伸ばす。
別に悪いことはしていないが、猿渡は空港の荷物検査みたいで、いつになく緊張していた。
『ビィー、ビィー、ビィー!』
「なっ、何だあ!?」
猿渡が防犯ゲートに足を踏み入れた途端、ゲートのランプが赤く点滅し、激しい警報音が部屋中に響き渡る。
「フフフッ。ついに尻尾を掴みましたよ。万引きの犯人さんとやら」
「違う、僕は何もしてないっ!?」
「してないのなら、どうして防犯ブザーが鳴るのですかねえ?」
ちょうど店内の出入口で張り込みをしていた
「まあ、二度あることは三度あるとも言いますし、どのみち万引きの常習犯だったのでしょう? あの時、センサーに反応しなかったのはお腹を下したというこじつけで、店内のカメラの届かない死角で本を包んでいた
「違う、僕はそんなことしてないよ!」
「フフッ、往生際が悪いですよ。万引き犯はみんなそう言ってシラを切るんですよ」
江戸川警部は表沙汰でも事件についてはあまり騒がず、冷静に状況を分析していた。
犯人には後ろめたさがあるせいか、犯行現場に戻ってくる確率が高いという習性を逆手に取ったようだ。
幾度もの事件を担当した警部の役柄だけに今回はお手柄である。
「猿渡夢太、あなたを万引き、窃盗の現行犯で逮捕します」
「ううっ、お母ちゃん。ごめんよお……」
猿渡が泣きながら育ての母親を呼ぶが、日頃から心技体を訓練している公務員だ。
そこに情けはなく、非情に冷酷なまなざしで猿渡に手錠をかけようと……。
「──ちょっと待ってくれ、江戸川警部」
「何ですか、君はやぶから棒に」
「猿渡くんは犯人じゃないよ。まんまと真犯人に仕組まれたのさ」
──どうも電話に出ないと思いきや、猿渡くんは買い物中で篤郎さんは仕事中だったか。
まあ、好都合だな。
二人ともここに居てくれて捜す手間が省けたというか。
それよりも今はこの事故の解明からだな。
「そのトリックを簡単に説明するとこうだ」
俺は両手を一回だけ叩き、メンバーの視線を自身の瞳に集中させる。
「さっきぶつかった衝撃でトートバッグの中身を床に散乱させ、会計をしてない一冊の漫画本を紛れ込ませたのさ」
「さらに未購入の本を混ぜたと分からないよう、自らが率先して拾い集め、しかも本じゃなく『これで荷物は全部かな?』と言ってね」
「そんな大それたことができるのは、その場所にいた店員さん以外に考えられない」
俺はひとさし指を突き立てて、この出来事を起こした犯人の方を指さした。
「そうですよね、篤郎さん!」
「「「えっ?」」」
「いや、
俺は真犯人を指さすと集められた他のメンバー三人は驚いた顔をしている。
「ま、マジなん!? 一番やっちゃいけない立場でしょ?」
「
「あなた、どうしてこんな馬鹿げたことを……」
そうだよな、まさか依頼人が犯人だなんて普通は思わないよな。
しかも誰よりも本を大切に扱い、万引きを厳重に注意していた書店の店員だけに……。
まあ、俺はずっと前から篤郎が怪しいと思っていたけどな……。
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