第4話 残された証拠品

「どうも。そこを通らせてくれませんか?」


 休憩室を抜け、売り場の現場へ行こうとすると一人の年配の警察官が通り道を塞いでいた。

 しかしながら特に警戒することなく、黄色いテープKEEP OUT(立入禁止)が貼られた先の道を何の疑いもなく譲ってくれた。


「何だい、君が神津かみつ君かい? 話には聞いてるよ。まさかあの江戸川えどがわ警部相手に推理合戦するとはな」

「まあ、そういうことですので」

「ちょっと待てよ。その警部について少し話があるんだが」


 俺と愛理あいりが感謝の意を込めて、顔パスで通してくれる優しい気遣いに頭を下げると、今度は警察官の方が引き止める。


 今は世間話をするような余裕もないのだが、知り合って間もない江戸川警部の情報なら耳にしても損はないだろう。

 もしや弱みを握れてこちらが有利になるかも知れないし。

 あの天が二物を与えたパーフェクトな男だけに……。


「警部怒ってただろ?」

「そんな風には見えませんでしたが?」

「いや、今世紀最大に怒ってるよ。あの人プライドが高いから、普段なら君みたいなひよっこと捜査の協力なんてしたがらないし」


 思っていた通り、江戸川警部は頑固でこの令和な時代に昭和世代という古狸な人間で通っているようだ。


 ならどうして勝負することを選んだのか。

 名も知れぬ探偵の俺をいたぶって、自身の強さをアピールしたいのだろう。

 我々はこんな弱小探偵の力など借りずとも、事件を解決できる十分な力量があるということを……。


余程よほど、あの時のことを後悔してるんだろうな」

「後悔とは?」

「ああ、すまん。おじさんのちょっとした与太話さ。聞き流してくれ」

「はあ?」

「さあ、さっさと行ってくれ。新米から余計な誤解を抱きかねないからな」


 俺はおじさんを通じて江戸川警部の闇に触れようとしたが、この様子だとはぐらかすだろう。

 警察官は口も尋問も上手いのでのらりくらりと交わされるのが吉だ。

 それに今の事件との接点もなさそうだし。  


 俺は心にわだかまりを残したまま、愛理と一緒にフロアへと足を踏み入れた。


****


「ここが万引きがあった現場か」

「ちょうど袋小路になってるね」


 俺と愛理は実際に犯行があった入口から一番奥にある本棚にやって来たが、愛理の言ったように、逃げ道がない行き止まりの場所だった。

 つまり、本を手にしたら来た一本道を戻るしかルートがないのだ。

 それに出口までの距離も意外にも長く、とても平静で居られる心理状態とは思えないが……これは万引きの常習犯の仕業もありえるな。


 でも常習犯とはいえ、何でそうまでリスクを犯してまで、厳重に防犯カメラが設置してある本棚で万引きを行ったのか。

 単なる偶然だろうか、それとも計画的

犯行なのか?


 堂々とカメラから見える位置からの万引きのやり方も尋常じゃない。

 まるで大胆に盗むという行為を見せつけてるようだった。


 犯人は愉快犯なのか?

 別に現行犯で捕まっても、逆に喜んで笑って、三食昼寝付きオプションという外れた心境で普通に連行? されても不思議じゃないはず。

 どうしてこんな回りくどいことを……。


「うーん、いくら悩んでもらちが開かないな」

「ねえ、どこに行くの?」

「ちょっと腹を壊したからトイレにな」

「もうサイテーね。緊張感が足りないんだから」

「何とでも言え。人間の生理現象なんだから」


 俺は腹を押さえながら、顎に手を添えて、様々な本を手に取り、本の山に埋もれそうな愛理を残すことにした。

 周りに警察官がいるから大丈夫と思うが、何かあったらスマホで連絡しろよと小声で伝えて……。


****


 ──俺は外に出て、書店に隣接してある化粧室の男性用の青いのれんをくぐる。

 流石さすが、リフォームしただけあり、金のトイレとまではいかないが、塵も汚れもなく隅々までピカピカで美しいトイレだった。

 その清潔感が活かされ、白い壁紙とも自然とマッチしている。


 早速さっそく、俺は個室に入り、ズボンを履いたままで洋式便座にしゃがみ、想像を膨らます。

 人間は視界にほとんどの神経を集中させ、五感の80%以上が見ることを主軸として動く生き物だ。

 だけどその分、余計な情報も脳に伝わり、迷いや混乱が生まれるのも事実である。


 そこでまぶたを閉じることで視界を無くして集中力を上げる。  

 こうすると冷静にもなれるので考えも纏まりやすいし、おまけに脳の負担を軽減するので僅かながら体力も回復する。


 ただし街中でこれを行うと危ない大人と思われがちなので、このような誰の目にも届かない場所などで実行する。

 俺が個室のトイレを選んだのも、それが理由だ。


 幸い、愛理には大きい方の工事現場で遅くなると伝えてある。

 万が一、例の警部とばったり会っても上手いこと誤魔化せるはずだ。


 俺は便座に座りながらも、ふと備え付けの汚物入れに目がいく。

 大方トイレだから関連のものが捨てられているんだろう。


 ……待てよ、ごみ箱は別にあったし、普通、男子トイレで必要あるものか?

 俺は個室を飛び出し、洗面所にあった蓋のないごみ箱を覗き込む。

 これも捜査のため、覚悟を決めて、ズボンの後ろポケットに入れていた軍手をはめてゴミを少し探ってみると……。


「なるほど、そういうことか」


 ゴミ箱にはペーパータオルのゴミに混じって一対のビニール手袋が捨ててあり、手袋の人差し指に何かの付着物と黒い数字がかすれて付いていた。


「これはインクか。だとすれば犯人は……」


 恐らく、あの汚物入れはカモフラージュであり、このゴミ箱に意識を持っていかせないためか。

 だが、それが仇となり、痛恨のミスをしたな。

 これは決定的な証拠となるだろう。


 ──後は万引きをしたカラクリだな。

 あの本棚には荒らされた状態もなく、目立った箇所もないからに防犯カメラが怪しいとずっと睨んでいたのだ。

 あのカメラだけが起こった真実を物語るかも知れないな……。

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