第3話 警察介入

「ちょっと、これはどういうことだよ!?」


 一夜明け、勉学の始まりとなる月曜日。

 始発電車で始まりへと向かう俺と愛理あいりはもう学生ではなく、関係ない普通の日だったが、それに負けじと来店した紀伊国堂きのくにどう書店の出入り口に『年中無休、仕事な輩たち』がぞろぞろと現れる。


「どうしたじゃないですよ。今日からこの建物は我々の管轄下に置かれたのですから」

「何だよ、ナルシスト野郎は黙ってろ」

「野郎じゃないですよ。お兄さんには江戸川四歩えどがわしほという立派な名前と、内岡うちおか県警で選りすぐりのエリート警部という肩書きがあるのですから」


 ピシッとした軍服のような紺色の制服に身を包み、服とは場違いな金髪の長いパーマな髪を木クシでときながら、こちらにウインクしてくる江戸川警部。

 身長はおおよそだが、180以上はあり、女のような奇麗な顔をした若い美男子でもあり、モデルのようにスラリと痩せていて、おまけに脚長でスタイルもいい。


 だが、俺は男には興味ないし、この身を捧げないかとか言われても何とも思わないし、お互いに目を合わしているの背筋が凍りそうだった。


「おい、篤郎あつろうさん、話が違うじゃんか。何で警察沙汰になってるんだよ?」

「いえ、それが……」


 店員の篤郎さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 その姿勢の低さから、自ら呼んだわけではなさそうだ。


「わたくしが昨晩、篤郎と話し合って呼んだのよ。にわか探偵なんかにこんな事件を任せておけないでしょ」

「話し合いというより、ほぼ脅迫だったじゃないか」

「何か言ったかしら?」

「いや、何でもない……」


 妻の澄香すみかさんが篤郎さんの前に出て、強引に話の流れを持っていく。

 そんな強気の態度で言いくるめられたのか、篤郎さんがグッと黙り込んだ。


「それに事件の調査とやらで数日も店を開けられないのもね。わたくしたちはボランティア企業じゃないんだから」

「澄香、お前……」

「何よ。元はと言えば、あなたがきちんと監視してれば、こんなことにはならなかったでしょ?」


 いかにも現実主義者らしい澄香さんの刺々しいトークは一方的に続く。

 図星なのか、篤郎さんは一言も口を挟まずにだ……。


「まあ、わたくしが店長になったことに感謝しなさいよ」

「ああ、すまん……」


 篤郎さんが俺たちからターゲットを変更し、今度は身近な妻に対して謝る。

 なあ、いくら夫婦でもこれはパワハラにならないのか?

 明らかに妻の尻に敷かれて、思う存分言いなりじゃないか。


「……ということだ。素人探偵くんはとっとと帰ってもらませんかね。お兄さんたちは仕事で忙しいんですよ」

「嫌です。俺だって篤郎さんから依頼を受けてます。お金を貰っている以上、なあなあで済ますわけにはいきません」


 江戸川警部が手鏡を見ながら、パーマの髪型をセットしていた最中のクシを止める。

 何の言葉か、俺の名言が刺さったのかは謎だが、ようやくの話を聞く気になったか。


「ほおー。君って結構、地味で大人しそうな見た目によらず、正義感が強くて、物事に熱くなるタイプなんですね。是非ウチの署に欲しいくらいですよ」

「だったら……」


 俺は冗談半分で、その警部のビジネスにノッて見せる。

 まあ、ナルシストでも警察官としての素質はあるみたいだけど……。


「そうですね、でもね、物事には順序があるのですよ。きちんと警察官の国家試験を合格して、同じ待遇になってから反論してくれませんか。お兄さんたちもごっこ遊びをしてるんじゃないんですから」

「ちょっとあなた、そんな言い方はあんまりじゃない!」

「いいんだ、愛理。事実なんだから」


 愛理が江戸川警部に牙を剥いて怒るのも分かる気がする。

 自分の家族でもある僕が理不尽な理由で嫌というほど叩かれたんだ。

 彼女の性格上、ここで正面からぶつからないと気が済まないのだろう。


「でもな、神津かみつ家にだってプライドくらいあるのさ。もしこの事件、俺が先に解けたら、その生意気で高飛車な態度を取り止めてもらおうか」

「いいでしょう。その条件を飲んであげますよ。でも我々の方が先に証拠を掴めたら、君にはそんな下らない探偵業を辞めてもらいますよ」

「望む所だ」


 俺なりの誘い文句にいち早くのってくる江戸川警部。

 ただの能無しで事件が起きないと動かない県警に比べて、その対応がずば抜けて速い。

 それとも何もかも分かっていて、わざと大きなエサに食らいついたのか?


「ちょっといいの、龍之助りゅうのすけ? 相手は警部で捜査のプロだなんだよ。いくら龍之助だって……」

「愛理、俺をみくびるなよ。どんな事件だって必ず解いてみせるさ」

「龍之助……」


 愛理が『そうだよね』とリップの付いた唇を小さく動かし、顔を上げて、俺に拳を突き出してくる。

 彼女と長年の付き合いでもある俺は瞬時にその様子を悟り、何も言わずに愛理の拳に自身の拳を重ねた。


「フフフッ、このエリートなお兄さんとは違い、肩書きだけで売れない凡人の名探偵さんとやら。精々、風呂敷を用意して夜逃げする準備を整えておくことですね」

「あー、ハッハッハー!」


 江戸川警部が嫌味ともとれる台詞を言いながら、高笑いを響かせ、警官数名を引き連れて、外の駐車場のスペースに出る。


 俺はその後ろ姿に向かって聞こえないように呟いた。

 お前さん、この俺の推理力に火をつけたなと──。

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