第2話 不可能犯罪
──日本の南側に位置する
俺と義妹の
県内でそれなりの売上高を誇る、ここ
元は普通の一軒家の二階建てにあたり、その屋敷を丸ごと本屋として買収。
書籍のデジタル化が進み、紙の本離れの若者向けにリフォームした屋敷だったが、内岡では珍しい本も取り扱っていて、多くの本好きで老若男女なお客が訪れる有名な書店でもあった。
その紀伊国堂書店で事件は起きた。
白昼堂々にフードを被ったお客様一人から漫画本を一冊、万引きされたのだ。
しかも本を会計に通さず盗難防止のゲートを潜っても警報音が鳴らずじまい。
後に調べてもゲートはどこも破損されてなく、正常に起動していたのにだ。
依頼人の店員、
防犯カメラを付けてるにも関わらず、犯人をみすみす逃してしまったことに──。
****
「今日、皆さんに集まってもらったのは他でもありません」
窓からちらつく青空に映える桜の花びらが美しい次の日の朝。
俺は防犯カメラに映っていた人物を特定し、関係ある人たちを篤郎さんに頼んで書店の休憩室に呼び寄せた。
君たちは選ばれたお客様であり、後日、豪華な景品をお店で用意してあるから、廃棄処分する前に取りに来てよ……と。
それは事件があった翌日の今日、華の日曜日であった。
「全くかったるいわ。忙しい休日に呼んで何のつもりなん。これから部活があるんやけど」
「まあまあ、
「すみれは相変わらずお気楽ね。どうせタオルとか石鹸でしょ。そんな粗品のためにわざわざ……」
金髪で褐色の肌であり、いかにも活発そうなポニーテールのJK、赤いジャージ姿の
もう一人の聞き手役の日本人形みたいな白い肌の同級生は
春用のブレザーの学生服に頭には場違いな王冠を被り、緑の髪型にモンスターのような緑の瞳。
すみれちゃんの話によると演劇部の衣装のまま来てしまったという理由らしく、面倒見が良いわりにはドジな一面を持っていた。
「僕は新刊の漫画を読んでたんだけど、ブックカバーとかだったら嬉しいなー」
赤いフードの付いたヘビメタロゴのパーカーを着て、黒色のナイロンパンツに黒いロン毛を後ろに束ねた眼鏡のサブカル男子は
名前のように夢見がちだが、何件かのバイトを掛け持ちでやって生計を立てている真面目くんな男性でもある。
「すまんな、こんな朝早くから」
「ほんとあんたって何も考えてないわよね。久々の休日が台無しよ」
「すまん……」
そして、部屋の奥から青いのれんを潜って出てくる一組の老夫婦。
この店の店員である白髪混じりの少々自己主張が苦手な青い割烹着に黒いエプロンを着けた
防犯カメラに映っていたのはこの五名。
店内で万引き事件当時の映像からして、これは五人以外の部外者の犯行ではないと、一晩考えた末に集めた人たちでもあった。
「さて、あなたたちがここに集められたのは、先週に起きた万引き事件のアリバイを確認したく、急遽呼び出した人たちとなります」
俺からの予想外な言葉でザワザワとどよめく休憩室。
まあ、当然こうなるよな。
「えっ、万引きって何なん?」
「まあまあ、自分たちはただ本を見て回っただけだから」
「せやな。どんな理由でも盗みは犯罪やしな」
玲子ちゃんはギャル系のわりには正義感が強く、すみれちゃんは冷静な態度。
美少女二人の意外な一面が知れて、ちょっと嬉しいな……いでで!?
「何をデレデレしてるのよ。仕切るなら真面目にやってよね」
「あい、ずみまぜん」
愛理から頬をつねられて、脱線しかけたルートから元の位置に戻る。
「防犯カメラの映像で万引きが行われたのは午後1時10分。ちょうどお昼休みが終わってお客様も落ち着いてきた時刻でもあります」
「北乃さんと鳳蝶さんはこの時間帯は灰色のエコバックを片手に中央の広場で数冊の本を手に取ってましたね」
「ええ、こう見えてあたしは漫画が好きなのよ。参考書を買うついでにね」
玲子ちゃんはオタクなことは包み隠さず、オープンにするタイプらしい。
「あれれ、それはダミーであって、実は参考書の方がおまけだったりしない?」
「何だと、このアマー!」
すみれちゃんは大人しそうに見えて、思ったことをすぐ口に出すタイプのようだ。
「猿渡くんはこの時間、黒いパーカーのフードを深く被ってお手洗いに行ってましたね」
「うん、ちょっとお昼の食べ過ぎでお腹を壊したっていうか。フードを被ってたのは長い用足しになるんで恥ずかしかったから」
「そうですか」
猿渡くんは何かと周りに配慮して、神経質な部分があるみたいだ。
「篤郎さんと澄香さんはお店で接客をしてましたね。お互いに特に変わった点はありましたか?」
「変わったといえば、澄香がいつも以上に頑張ってレジを担当し、レジから離れた私が本棚のホコリ取りをしてたくらいかな。その前はトイレ掃除をして……」
「なるほど、よく分かりました」
そうか、ここの五人では万引きは無理な不可能犯罪ときたか。
俺は五人のアリバイを聞いた後、昼過ぎに差しかかっていたので各自帰宅させた。
この世で怖いのは犯人よりも、何も知らず冷めた飯と一緒に家路に着くのを待ってる親だったりするのだ。
****
「──どう、龍之助? 犯人の目星はついた?」
「うーん、大体はあの人かなと思うんだけど、まだ物的証拠がないんだよな」
無事に電車で帰路につき、探偵事務所のプラスチック製な黒い作業デスクにて、メモ帳とノートPCで情報を整理する夜。
あの現場で不可能犯罪なんてあり得ない。
だとすると犯人はグッと絞られてくる。
そんな中、気を利かせた愛理が手作りのたまごサンドと中華スープをデスクから離れた古風な木製のテーブルに置き、白いティーカップに温かい紅茶を注ぐ。
父さんが好んで飾っていたアンティークな壁時計の針は22時を指しており、あと数時間で今日も終わる。
「えっ、アリバイだけで判別したの? あの名探偵、
「おいおい、唐突に御先祖カミツ様の名を出すなって。誰が盗み聞きしてるか分かんないだろ」
「あっ、ごめんね……」
愛理がはっとしてカーペットやタンスの裏側をマジマジと見る。
少なくともこの部屋に盗聴器は仕掛けられてないぞ。
ネズミ捕りのトラップでもあるまいし……。
「さて、明日からは書店で現場検証だ。こりゃ久々に忙しくなるぜ」
「うん。お互い頑張ろうね」
ここ最近、きちんとした形の事件がなかったのでこの身が引き締まる想いだ。
さあ、万引き犯よ、能天気に笑ってられるのも今のウチだぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます