㉖酵母-7-







「お待たせいたしました」


 キッチンワゴンを押した給仕達が食堂へと入って来る。


 彼等はテーブルの上に酵母液を使って作ったパンと、カスタードクリームのピザ、酵母液を使わない生地で作ったシーフードピザが載っている皿を置いていく。


「カスタードプリンに似たクリームが乗っている平たいパンは異世界のデザートなのか?」


「それだけではなく、この海老と烏賊とチーズが乗っているパンは、南方の住民が食べるパンに似ているような気が・・・」


「異世界では南方の住民が食べる平たいパンに肉や魚を乗せて焼く形で売っているし、普通に食べているんだ」


 アルベリッヒの言うように、紗雪とレイモンドが作った二つの平たいパンは南方の貧しい住人が食べるパンに似ているのは否めない。


 だが、乗せる具材を変えるだけで自分達が普段から食べているパンと比べたら馳走になるし、何よりワインにも合いそうな肴になるのだと、ランスロットがアルバート達に話す。


「サユキが学んできた常識を俺達の常識に当て嵌めるなという事か」


「難しい話は止めて異世界の料理を純粋に楽しみましょうよ」


 ロスワイゼの言葉に、それもそうだと思った三人はまずキルシュブリューテ王国人にとって主食であるパンを手に取った。


「パンが柔らかい!?」


「葡萄の味はしないのに葡萄の匂いが・・・」


 普段の自分達が食べているパンよりも食感は柔らかく、もっちりとしているからなのか食べ応えもある。そして、何より小麦の風味を感じさせる。


「酵母とやらを使えば、パンはここまで柔らかくなるのだな・・・」


 ランスロットとアルバートが呟く。


 酵母の作り方が広まれば、酵母が量産出来れば、キルシュブリューテ王国のパンは様変わりしていくだろう。


 基本を教えるのは紗雪だが、それに創意工夫を重ねて発展させていくのは自分達の役目だ。


(まるで白鳥処女だな・・・)


 自分は母だけではなく、ローゼンタール公爵夫人という風に何人かの異世界の女性を目にしてきたが、彼女達には物語に出てくる白鳥処女を重ねた事など一度としてなかった。


(何故、紗雪殿にだけそのように思ってしまうのか・・・)


 自分でもその理由が分からないランスロットは心の中で溜め息を漏らす。


「ランスロット?何か考え事か?それとも・・・腹が満たされているからレイモンド殿とサユキが作ったパンが食べられなくなったのか?」


「まさか。どうすれば酵母を広められるか?新たな事業になるかどうかを考えていただけだ」


「確かにそうだな」


 ランスロットの言葉にアルバートが相槌を打つ。


「次は海老と烏賊が乗っている平たいパンを頼む」


 アルバートの一言に、給仕達が一口サイズに切り分けて皿に載せたシーフードピザを四人の前に置いていく。


「「「「では・・・」」」」


 四人はフォークで刺したシーフードピザを口に運ぶ。


「海老と烏賊のプリッとした食感と旨味が溶け込んでいるクリームみたいな白いソースとチーズ、パリッとした食感の生地。全てが一つになって、まるで舌の上で楽を奏でているようだ・・・」


「確かにこれはワインの肴になるな。いや、シュルツベルクの名物として売り出すというのもありじゃないのか?」


「それ、いいですね!海の幸を使ったパン、売れると思います」


 南方のパンも具材を変えるだけで馳走になるとランスロットが言っていたが、それは事実だった。


 シーフードピザが気に入ったのか、アルバートとアルベリッヒがお代わりを頼む。


「最後は、カスタードプリンに似たクリームを乗せた平たいパン・・・」


「「「「では・・・」」」」


 給仕達が一口サイズに切り分けたピザを口に運ぶ。


 口に広がるのはカスタードプリンに似たクリームのコクのある甘さ、パンに似た生地の柔らかくてもちっとした食感。


 ケーキやタルトとは異なるスイーツに四人はただ舌鼓を打っている。


「カスタードプリンに似たクリームと果物って合うのではないかしら?」


 甘いクリームと、甘さの中に酸味を感じさせる果物との相性はいいはずだ。


 夏の果物の一つである葡萄は皮が付いたままで、桃は切って持ってくるようにと、ロスワイゼが給仕の一人に命じる。


「お待たせいたしました」


 暫く待っていると、給仕の一人が葡萄と桃を盛っている皿を持ってきた。


 給仕の一人がテーブルに置いていくと、四人は早速カスタードクリームに葡萄を置いたピザを食べてみる。


「これは・・・」


「やはり、このクリームと果物って相性がいいのね」


 タルトとは違った食感に、カスタードプリンに似たクリームの適度な甘さにロスワイゼが満面の笑みを浮かべる。


 次に四人は桃を置いたピザを口に運んだ。


 葡萄の時のように、桃とクリームは相性は良かった。


「俺は桃とクリームのピザが好みだな」


「私はクリームだけのピザの方が好みだ」


「僕は全部ですね」


 桃とクリームという組み合わせ、葡萄とクリームという組み合わせ、クリームだけにはクリームの、それぞれの良さがあるのだと男性陣は談笑しあうのだった。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







「サユキお嬢様、レイモンド様。旦那様達に酵母液を使って作ったパンと、海の幸とカスタードプリンに似たクリーム乗せた平たいパンは好評でしたよ」


「良かった・・・」


 給仕の言葉に紗雪は安堵の息を漏らす。


「紗雪殿、明日の試食で父上達に出すパンとピザは決まっているのか?」


「ええ。明日の試食にツナ・・・マグロのオイル漬けを使った包みピザ・・・カルツォーネと、明後日の試食にちくわを使った総菜パンにしようと思っているの」












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