㉕粉末昆布-1-







「サユキちゃん、聞いてもいいか?」


「何でしょうか?シュルツベルク伯爵」


「その・・・何だな。義理とはいえ俺達は親子になったんだよ?だから、俺の事は『お養父様』って呼んでくれないかな~?って思っていたりして」


 お養父様が恥ずかしかったら『パパ♡』って呼んでもいいんだよ


 ロスワイゼとの間にはアルベリッヒしかいないアルバートにとって娘という存在は新鮮なのか、紗雪にパパと呼んで欲しいと強請る。


「養子縁組が正式に受理された時に、シュルツベルク伯爵の事を『お養父様』と呼ばせていただきます」


「明日にならないと、サユキちゃんは俺の事を『お養父様』と呼んでくれないんだね?」


 紗雪の一言にショックを受けたアルバートが静かに落ち込む。


「父上・・・。サユキちゃんに聞きたい事はそれではないですよね?」


 呆れたと言わんばかりの表情を浮かべているアルベリッヒの言葉に、アルバートが居住まいを正すと紗雪に尋ねる。



 スープの隠し味は何なのか?



「俺達が飲んだスープは、普段のスープと違って肉と野菜のコクと旨味が溶け込んでいた事で味に深みが増していたんだ」


 我が家の料理人とサユキちゃんが作る料理の違いはどこにあるのか?


 それを教えて欲しい


 アルバートの言葉に納得した紗雪は収納ポーチからあるものを取り出す。


 五人の目の前にあるのは、茶色の粉が入っている瓶だった。


「料理のベースとなる顆粒ブイヨンです」


 そういえば、シュルツベルクに向かう前に紗雪が料理だけではなく、何かを作っていた事をレイモンドは思い出す。


 人参、ジャガイモ、セロリ、玉ねぎといった野菜に牛肉や鶏肉、ニンニクやハーブといった香味野菜で顆粒ブイヨンを作ったのだと教える。


「これがスープに肉と野菜の旨味とコクを与えた粉・・・」


 五人は瓶に入っている茶色の粉をまじまじと見つめる。


「まずは、白湯に顆粒ブイヨンを入れて飲んでみませんか?」


 アルバートが給仕に白湯とカップの用意を命じる。


 暫く待っていると、白湯が入っている瓶とカップを載せたキッチンワゴンを押した給仕が食堂へと入って来た。


 給仕が注いだ白湯が入っているカップに紗雪が顆粒ブイヨンを入れると、六人はそれを飲み始める。


「これは・・・」


「さっき飲んだスープの味に近い・・・」


「この粉は瓶に入れたら持ち運びが出来るのだから、旅人や冒険者だけではなく民の食事を豊かにするのかも知れないわ」


「・・・・・・紗雪殿、これを量産するのは可能なのか?」


「材料となる肉と野菜の仕入れが安定している事とオーブンがあれば可能ですが、これだけを作るのに一日を要したので、市場に売るとなれば私一人では無理ですね」


「それは私とエレオノーラに任せてくれないか?」


 パンとピザ作りが成功すれば酵母、顆粒ブイヨンの量産よりそれ等を商業ギルドで登録する方が先だと、レイモンドが口を挟む。


「レイモンドさん。何故、私の名前で顆粒ブイヨンの登録を?」


「それはね、サユキちゃん。作り手の権利を守る為なんだよ」


「どういう事ですか?」


 その人が発明した商品の権利を守り保障する事で産業の発達を促し、同時にその人が発明した商品を他人が侵害しないようにする為に商業ギルドに登録した方がいいのだと、アルベリッヒの言っている事が理解出来ない紗雪にアルバート達が教える。


(特許みたいなものなのね)


 彼等の話を聞いた紗雪は納得した。


「でも、顆粒ブイヨンは私が発明したものではないですし、仮に登録出来たとしてもそれで得られる利益を手にする権利などないと思うのですが・・・」


(異世界人であるお祖母様とローゼンタール公爵夫人は、その辺りを全く気にしていないのだが・・・。そのように思ってしまうのは、紗雪殿が天女であるが故なのか?)


 異世界であるとはいえ、先人達が発見し、そこから工夫を重ねて発明していったものを申請する事に引け目を感じている紗雪に、冷蔵ボックスや冷凍ボックスといった魔道具、リバーシといった玩具を商業ギルドに自分の発明品として登録している美奈子とマスミは莫大な利益を得ているのだとレイモンドが教える。


(・・・・・・タフネス。異世界で生きて行くには、戦闘技術や細やかな気遣いではなく図太い神経が必須なのね)


 自分が発明した訳でもないのに、それ等を自分の発明として登録した美奈子とマスミの強かさに紗雪は脱帽するしかなかった。


(考えてみれば、私もネットショップで買ったものを売って稼いでいるのだから、自分でも思っている以上に強かで図太いのかも知れないわね)


 他人ひとの事をそのように言う権利はないと、紗雪はキルシュブリューテ王国に来てから自分が取って来た行動を思い返す。


「紗雪殿、それだけではない。性女は異世界人だ。という事は、あの阿婆擦れが『顆粒ブイヨンは異世界の食文化を発展させる為にあたしが考えて作ろうとしていたのに盗まれたの!今すぐ盗んだ犯人を捕まえて拷問しろ!それから、今すぐ自分を発明者として登録しろ!!』と、商業ギルドに殴り込みに来る可能性が高い」


 あの性女よりも先に登録する事で、紗雪殿の名誉と得られる利益を守る意味もあるんだ


「い、言われてみればそうですね・・・」


 確かに、あの茉莉花であれば確かにやりそうである。というより、やると断言してもいい。


「それに・・・サユキちゃんが作ったものを広める事で新たな事業と雇用が生まれる」


 顆粒ブイヨンの登録は、茉莉花に対する先手を打つだけではなく雇用を増やす事で経済を活性化させる意味もあるのだ。


「紗雪殿。我等が異世界人の知識を利用して領地を繁栄させようとしているように、紗雪殿も我等を利用すればいい」


「そうそう。ランスロットの言う通りだ。サユキちゃん、商業ギルドで得る金銭はその報酬だと思えばいいんだよ」


「ロードクロイツ侯爵・・・シュルツベルク伯爵・・・」


 先人達が築き上げてきてものを自分の名義で登録する事に罪の意識はある。


 しかし、そうでもしなければ平和で文明の利器に慣れきっている世界で生きていた人間が、地球で言えば文明のレベルが中世から近代辺りである異世界で生きていけないのもまた事実。


(・・・・・・美味しいものを広める為だもの。顆粒ブイヨンだけではなく、お菓子作りには欠かせないコーンスターチ、片栗粉も登録しないといけないのかしら?あれ?本物の片栗粉は山慈姑から作る澱粉の事を言うのよね?という事はジャガイモから作る澱粉は片栗粉ではなくジャガイモ澱粉と呼ぶのが正しいのかしら?それに、コーンスターチってどうやって作るのかしら?)


 コーンスターチはトウモロコシから作るという事は知っていても、作り方を知らない紗雪は頭を悩ませる。


「サユキちゃん、顆粒ブイヨンはロードクロイツで作らせる気でいるんだろ?シュルツベルクにも顆粒ブイヨンのように新たな事業と雇用を生むようなものがあれば・・・教えてくれないかな~?」


 異世界人の知識を利用してシュルツベルクを繁栄させたいアルバートに紗雪はこう答えた。






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