㉔ミルク煮-4-
紗雪達がアルバートに出す料理を作っている頃
「お前さんともあろう者が、魔法が一切使えない異世界人を自分の息子の嫁さんにする為だけに奔走するとはね~」
「それだけの価値が紗雪殿にあるという事だ」
勿論、親としてレイモンドの幸せを願う気持ちがあるけどな
ふ~ん・・・
ランスロットの言葉にアルバートが相槌を打つ。
「そのサユキちゃんだけど、元の世界では何をしていたんだ?」
ゴブリンやオーク、リヴァイアサンやドラゴンといった怪物はフリューリングでは実在しているが、異世界では架空の存在であるらしい。
死と隣り合わせの世界で生きていない迷い人や召喚された異世界人は、当然と言えばいいのか戦う術を身に付けていない。
現にランスロットの母である美奈子は会社という組織で働いていたOLとやらで、ローゼンタール公爵の夫人となったマスミはジョシコウセイと呼ばれている女の子だった。
傍から見れば紗雪は、お嬢様育ちの女性だ。
当然、元の世界ではOLかジョシコウセイをしていたのだろうと思っているアルバートがランスロットに尋ねる。
「一に修行、二に修行、三四がなくて五に修行!一に妖怪退治、二に妖怪退治、三四がなくて五に妖怪退治!と紗雪殿本人が言っていたから、何かしら戦いの世界に身を置いていたのは確かだ」
「そのサユキちゃんがお前さん達の舌を満足させる料理を作れるなんて、何か信じられない話だな」
女騎士や女冒険者のように、戦いの世界に生きている女性は家事全般が出来ないという思い込みがあるからなのか、アルバートが驚きを含んだ声で呟く。
「旦那様、奥方様、アルベリッヒ様、ロードクロイツ侯爵。お待たせいたしました」
キッチンワゴンを押して食堂に入って来た給仕が四人の前に紗雪が作った料理と、パン屋で購入したパンを置いていく。
「これは・・・鱸、か?スープは野菜と豚肉か。ランスロット、お前さんは食べた事があるのか?」
「いや、食べた事はない。だが、作ったのが紗雪殿であれば味は確かだ」
「お前さんがそこまで言うのであればそうなのだろうな」
異世界人が作った料理はどのようなものなのだろうか?
興味を持ったアルバートは早速スープに口を付ける。
「これは・・・!?」
透き通った色をしているスープはシンプルだ。だが、そのスープにはコクだけではなく肉と野菜の味を感じさせる深みがあった。
「このスープには、肉と野菜の旨味が溶けている、のか・・・!?」
「豚肉は柔らかくてジューシーで。人参とじゃがいもにスープが染み込んでいるから味が付いて食べ易くなっている」
「私、生まれて初めて豚肉を食べましたけど・・・こんなに美味しかったのですね」
それまで黙って二人の話を聞いていた、苺を思わせる鮮やかな赤い髪を持つ化粧の濃い女が声を上げた。
女はロスワイゼといい、アルバートの幼馴染みにして妻である。
「スープがこれだけ美味いのだから、鱸の方も期待出来そうだな」
そう言ったアルベリッヒは鱸をナイフで食べやすい大きさにカットしていく。
「鱸といった魚はそのままだと淡泊だという理由で香辛料を舌が麻痺するくらいに使っているからなのか、口に入れるのも辛かった。しかし、これは違う。牛乳で作った円やかでクリーミーなコクのあるソースと適度に感じる塩の味のおかげで・・・食べる事が出来る」
「パンにこのソースを浸けて食べると・・・美味しいですわよ」
ロスワイゼの言葉に従い、三人がパンにソースを浸けて食べてみた。
ソースに浸けた事でパンが柔らかくなっているだけではなく、何より香辛料を多く使っていないという事実が四人の食を進めるのだ。
「・・・成る程。お前さんがサユキちゃんを貴族の養女にしようと奔走する訳だ」
戦う術と料理の腕を身に付けている異世界人
魔法が一切使えないという点を除けば、紗雪は手元に置いておきたい人材である。
「しかし・・・何でサユキちゃんは魔法が使えないのかねぇ?」
「母上とローゼンタール公爵夫人は、元の世界では戦いに縁のない世界で生きていた。一方、紗雪殿は戦いの世界に身を置いていたが故に戦闘技術を身に付けなければいけなかった」
「平和な世界で生きていた先代のロードクロイツ侯爵夫人とローゼンタール公爵夫人には魔法が付与され、戦いの世界に身を置いていたサユキ殿には魔法が与えられなかった・・・という事なのでしょうか?」
「あくまでもこれは推測でしかないし、紗雪殿のように戦える異世界人がやって来たのは初めてだからそうだとは言い切れない。だが、戦える異世界人に魔法や怪力が付与されない事は仮説の一つとして考えた方がいいのかも知れないな・・・」
ランスロットが難しい顔をしてアルバートとアルベリッヒの問いに対してそう答える。
「三人共。難しい話はそれくらいにして、食後のデザートを楽しむとしましょうよ」
食事の時くらい料理を楽しみたいロスワイゼが話を打ち切る。と同時に、給仕が四人の前にデザートであるカスタードプリンを置いていった。
「これは・・・パンプディング?」
「パンプディングに似ているけど、違うような気がする」
「きっと、異世界のデザートなのでしょう。考えずに食べてみましょうよ」
カスタードプリンの甘い香りと未知のデザートという誘惑に勝てないのか、ロスワイゼがスプーンで掬ったカスタードプリンを口に運ぶ。
「・・・滑らかな食感と優しい甘さ。この茶色い液体はシロップ?それともソースなのかしら?茶色い液体の甘さの中に感じるほろ苦さ、そして柔らかくてコクのある食感が一つになって口の中で溶けていくわ」
初めて口にした異世界のデザートに四人は恍惚の表情を浮かべる。
「アルバート。紗雪殿を養女にすれば、シュルツベルクの食生活が豊かになるのだが・・・?」
「あなた!」
「父上!」
「「サユキちゃんを我が家の養女として迎えるべきです!!」」
喉が焼けるように甘過ぎるケーキやクッキーなんて食ってられるか!!
舌が痺れてしまうくらいに香辛料を使い過ぎた料理なんて食ってられるか!!
異世界の料理にすっかり胃袋を掴まれてしまったロスワイゼとアルベリッヒが、鬼気迫る表情を浮かべて自国の料理に対する不満を叫びながらアルバートに進言する。
「・・・・・・分かった!お前達の言う通り、サユキちゃんを養女に迎え入れる!!」
ランスロットの後押しもあるが、何より妻と息子の迫力に負けてしまいgkbrになってしまったアルバートが、紗雪をシュルツベルク家に迎えたのは言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「サユキ殿は無事シュルツベルク家の養女になったのね・・・。えっ?新しい事業を起こすかも知れないから相談したい?」
紗雪達がロードクロイツを発って三日後
式神という形でランスロットから届いた手紙に目を通したエレオノーラの頭には疑問符が浮かんでいた。
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