㉒白鳥処女伝説-1-







 宿泊する為に立ち寄った町の市場で酵母を作るのに必要な瓶と蓋、葡萄と酵母が入っている瓶を入れる為の鞄を買った後、宿屋へと向かったロードクロイツ侯爵一行。


「天蓋付きのベッドを見るだけで、お姫様になったかのような気分になるのだから不思議だわ」


 三人が居る部屋は、宿屋でもグレードが高い。現代風に言えばスイートルームといったところか。


 キルシュブリューテ王国に来た当初は、お金様を節約する為にバジェットと言っても差し支えのない部屋に泊まっていた紗雪は思わず声を弾ませる。


(紗雪殿から『お姫様になった気分』という言葉を聞くのは、何だか変な感じがするな・・・)


 天女がそのような台詞を口にするとは夢にも思っていなかったレイモンドは奇妙な感覚に陥る。


「紗雪殿、聞いてもよいか?」


 これはキルシュブリューテ王国だけではなくウィスティリア王国や近隣諸国にも言える事なのだが、自分達は王侯貴族でも泊まれる高級宿屋に部屋を取っている。


 だが、冒険者や吟遊詩人といった者達が泊まる安い宿屋と同じように食事は出ないので自分達で用意するか、注文しなければならないというシステムだ。


「日本ではその辺りがどうなっているのかを教えてくれないだろうか?」


 美奈子から日本語の読み書きを教わったり、昔話や物語の類は聞いていたが、風習や生活習慣だけではなく旅行について聞いた事がなかったランスロットは、煮沸消毒した瓶に葡萄とレイモンドが魔法で出した水を入れている紗雪に尋ねる。


 ちなみに瓶と蓋の煮沸消毒と葡萄の水洗いだが、従業員が見守る中、宿屋の炊事場ではなく中庭で行った。


 だって、室内では火を使えないし、水で濡らす訳にはいかないし、客という理由で炊事場に入れてくれなかったから。


「・・・・・・そうですね。今回のように泊まるホテルや旅館・・・宿屋では夕食と朝食が付いている事もありましたし、ホテル内のレストランか町のカフェやレストランに食べに行くという選択もありました」


 地元で採れた食材で作る郷土料理は旅の醍醐味の一つらしいですよ


 そう言った紗雪は、ネットショップで購入した旅行ガイドを二人に渡す。


「旅の醍醐味、か・・・」


 ページを捲れば観光スポットや料理が載っている。


 料理を目的に旅が出来るという事実にランスロットとレイモンドが、平和で美食に溢れている異世界が羨ましいと呟く。


「紗雪殿?異世界では生で魚を食べる・・・のか?」


 刺身が載っているページを見ていたレイモンドが紗雪に尋ねる。


「ええ。日本では鯛・ヒラメ・ハマチ・ブリ・マグロに、海老や烏賊を刺身にして食べているわね」


 キルシュブリューテ王国は生で魚を食べる習慣がないのだから刺身を出す気はないと、顔から血の気が引いて蒼褪めているランスロットとレイモンドに話すと二人は安堵の息を漏らす。


「本に載っているホテルや旅館のように豪華な料理は無理ですけど、私達も食べましょうか」


 そう言った紗雪は収納ポーチから本日の夕食であるホットサンドを取り出した。


「これは・・・温かい?」


 肉・魚・野菜・チーズをパンに挟んで食べる事はあるが、冷たいのが主である。


 それなのに、包んでいる銀色の何かから焼き立てのパンを思わせる温かさを感じる事にランスロットは首を傾げずにはいられなかった。


「照り焼きチキンのホットサンドです。今回は味噌で味付けをしてみました」


「味噌?味噌というのは味噌汁に使っていたあの?」


 美奈子の希望で紗雪が味噌汁を作った事を思い出したランスロットが思わず声を上げる。


「父上。味噌は味噌汁だけではなく、肉や魚の味付けとして使う事も出来るのですよ」


 煮込んだり、炒めたり、照り焼きにしたり・・・


 レイモンドが味噌を使った調理法を話す。


「ホットサンドを作ったのはレイモンドさんですよ」


「紗雪殿の話によると、味噌はケーキやクッキーにも使えるらしいのですが・・・」


 味噌は味噌汁にしか使わないと思っていたランスロットは、レイモンドの解説にただ素直に声を上げて驚く。


「だが、味噌を使って作ったケーキやクッキーの味がどのようなものなのか想像できないな」


「味噌の塩分が甘さを引き立てる感じでしょうか・・・」


 紗雪は味噌を使ったスイーツを食べた事がある。しかし、作り方が分からない。


 だから、ネットショップで購入したものを食後のデザートとして出す事を紗雪はランスロットとレイモンドに約束をする。




※この後、紗雪はホットサンドを馭者さんがいる部屋に持って行きました。










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