㉑シュルツベルクへ-2-







「ロードクロイツ侯爵、レイモンドさん。これを敷いて下さい」


「紗雪殿、これは?」


「クッションです。これを座席の上に敷けば乗り心地が少しはマシになるはずです」


 そう言った紗雪は購入したクッションを二人に渡す。


 クッションを使った事で先程と比べて乗り心地が良くなったからなのか、ランスロットとレイモンドの顔は安堵の色が浮かんでいた。


「紗雪殿。一つ聞きたいのだが、牛乳とバターとチーズを何に使うつもりなのだ?」


 シュルツベルクへと旅立つ前、市場で購入したそれ等を収納ポーチに入れるところを目にしていたランスロットが紗雪に尋ねる。


「シュルツベルクって新鮮な魚介類が獲れる事で有名ですが、魚を使った料理って塩漬けかパイの包み焼きかワインで煮込むかですよね?あと、油で揚げた魚料理もありますよね?一方、ロードクロイツは農業と酪農がメインです」


「つまり、紗雪殿はロードクロイツの乳製品とシュルツベルクの魚を使った料理を作ろうとしているのだな?」


「はい」


「しかし・・・乳製品と魚って合うのか?」


 海の幸と言えば白ワインと一緒に食べるのが常識だからなのか、ランスロットが眉を顰める。


「父上、乳製品と魚って合いますよ」


 海老や烏賊、白身魚のように牛乳と合う海の幸があるのだと、レイモンドがランスロットに教える。


「乳製品を使った魚料理・・・。パスタは決定事項だとして、後はミルク煮かシチューかクリームコロッケを作るつもりなのか?」


「そのつもりだったのだけど、何を作ればいいのか思い浮かばないのよ」


 ムニエル、グラタン、ソテー・・・


 魚料理は種類が多いので悩んでいるのだと打ち明ける。


「・・・紗雪殿、実はあの時言いそびれたのだが、南方にはチーズと野菜を載せて焼いた平たいパンと、それを包んで焼いたものがあるんだ」


 冒険者として各地を旅しているレイモンドが、このパンは主に南方の貧しい住民が食べているのだが、載せる具材を変える事でメインとなる料理の一つになるのではないかと紗雪に教える。


(平たいパンにチーズを載せて焼いたものと、包んで焼いたもの・・・これってピザとカルツォーネの事よね?)


 あっ・・・


 レイモンドの一言に紗雪が小さな声を上げて驚く。


「流石、レイモンドさん!」


 実は紗雪、レイモンドに和食・洋食・中華といった異世界の料理を教えてきたが、ピザとカルツォーネは作った事がなかった。


 その理由と言うのが、レイモンドに言われるまで彼女の中ではそれ等の料理が全くと言っていいほど思いつかなかったからだ。


「でも、ピザ生地って自分で作った事がないのよ?」


 そう言った紗雪は、ピザ職人が指の上に載せた生地を回している姿を思い浮かべる。


「紗雪殿・・・俺達は素人だから、本格的に作ろうと気構える必要はないと思う。それに、ピザ生地とやらを一から作るのであれば、カステラの時のように作り方が書いている本を見ながら作るしかないだろうな」


「言われてみれば確かにそうだわ・・・。レイモンドさんの言うように、私が作るのはあくまでも家庭向けであって販売目的ではない。だから、職人のように本格的なものを作ろうと気構えなくてもいいのよね」


「そういう事だ」


 レイモンドの一言で紗雪の気分が楽になる。


「あのカステラは本を見ながら作っていたのだな」


「はい。カステラは作った事がないお菓子でしたので、本を見ながら二人で・・・正確に言えばレイモンドさんが作りました」


「材料を量るといった下準備をしたのは紗雪殿だ」


 二人の料理の腕とカステラの作り方が載っている本があったからこそ美味く出来ていたのかと、ランスロットは納得していた。


「紗雪殿、ピザについて書いている本は売っていないのか?」


「待って、今から調べてみるわ」


 ピザの作り方を知っておこうと、ネットショップで売っている本を購入した紗雪が早速目を通す。


 ほう・・・


「レイモンドが言っていた南方の料理も、載せる具材を変えるだけで随分と豪華になるだけではなく、デザートにもなるのだな」


 ピザとやらは奥が深いと、ランスロットが呟く。


「紗雪殿。ピザ生地とやらを作るのにドライイーストが必要らしいのだが、それは何なのだ?それに、ドライイーストとやらがなくてもピザ生地を作る事が出来るのか?」


「ドライイーストというのは乾燥させた酵母です。それと・・・ドライイーストがなくてもピザ生地を作る事は可能です」


 但し、ドライイーストを使ったピザ生地はもちっと柔らかく、使っていないものはサクッとした食感になるという違いはありますけどね


「紗雪殿、ドライイーストというのはパンを作る時にパン用小麦粉と一緒に入れているあの茶色い?」


 食パン、バターロール、総菜パン、菓子パン等


 パンを作る時は必ずと言っていいほど茶色の粉末を入れていた事を思い出したレイモンドが紗雪に尋ねる。


「ええ」


 そう言った紗雪はネットショップで購入したドライイーストが入っている袋を開封すると、それをランスロットとレイモンドに見せる。


「この茶色い粉が柔らかいパンを作るのに欠かせない酵母・・・ドライイーストです」


 ランスロットが興味深そうに、だが、真剣にドライイーストを見つめる。


「・・・紗雪殿、ドライイーストをロードクロイツやキルシュブリューテ王国にある食材を使って再現するのは可能なのか?」


 ドライイーストはロードクロイツの食文化の発展に繋がるだけではなく、柔らかいパンを作る種として他国に輸出すれば金になると思ったランスロットが紗雪に尋ねる。


「・・・・・・天然酵母を低温で乾燥させるらしいですけど、私はそのやり方を知らないのでドライイーストを作るのは不可能です」


 紗雪の言葉に、ショックを受けたランスロットが肩の力を落とす。


 これは、キルシュブリューテ王国だけではなく近隣諸国にも言える事だが、近隣諸国では発酵しているパン種の一部やワイン、ビール酵母を使ってパンを作る。


 それ等を使って作ったパンを口にする事が出来るのは王侯貴族や金持ちだけだ。


 平民が口にするパンと比べたら柔らかいのは確かだが、紗雪が知っているパンと比べたら美味しくないのは否めない。


「ですが、果物で作った天然酵母を使えば柔らかいパンやピザ生地が出来ますよ」


 ドライイーストは作れないが、果物を使った酵母であれば作り方を知っているのだと、紗雪が落ち込んでいるランスロットに話しかける。


「紗雪殿、酵母を作る為に使う果物は何でもいいのか?」


「何でもと言うより葡萄や苺、林檎や蜜柑、柑橘系であれば酵母が作れるわ」


 確か・・・瓶に果物と水を入れたら蓋をして・・・それから、その瓶をよく振って、後は放置すればいいの


 但し、酵母は生きているから毎日一~二回は蓋を開けて空気を入れ替える


 匂いを確認して、問題がなければ再び蓋をしてよく振らないといけないけどね


「瓶と蓋は煮沸消毒しないと酵母にカビが生える事と、季節と環境によっては発酵させる期間が異なる事を注意しないといけないわ」


 紗雪が二人に酵母の作り方を教える。


 そうだ!


「レイモンドさん。宿泊する為に立ち寄る町で果物を買って酵母を作ってみましょうか?」


 酵母を作るにしても、果物がなければ意味がないもの


「面白そうだな」


 レイモンドが興味津々の声で呟く。


「紗雪殿。酵母を使ったピザ生地と使っていないピザ生地で作ったピザを食べ比べしたいのだが・・・」


「勿論、そうするつもりですよ」


 南方の貧しい住民が口にする平たいパンが、どのように変化するのだろうか?


 未知の料理に、ランスロットとレイモンドの胸が期待に膨らむ。








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