㉒白鳥処女伝説-2-
「味噌とチーズのコク、キャベツのシャキシャキとした食感が良かった」
ホットサンドを食べ終えた後、ランスロットとレイモンドは紗雪がデザートとして用意したロールケーキを口にしていた。
「このロールケーキとやらも美味いな」
「甘いのが当たり前であるはずのケーキなのに、しょっぱさを感じるのは不思議ですね」
生クリームのふんわりとした軽い食感と甘さ、そして甘いのに塩気を感じるのが、ランスロットとレイモンドにとって新鮮な感覚であると同時に、味噌の塩分が甘さを引き立てているという紗雪の言葉に納得していた。
ちなみに紗雪であるが、御者が泊まっている部屋に食後のデザートであるロールケーキと紅茶を持って行っているので、部屋に居なかったりする。
「それに、この紅茶といったか?・・・コーヒーとは異なる香りと風味がいいな」
ロールケーキと一緒にネットショップで購入した紅茶。
ランスロットにとって紅茶は初めて口にする飲み物であったが、すっきりとした味わいと飲みやすさが気に入ったのか、ロードクロイツに戻ったらエレオノーラと共に休憩の一時を過ごす時に飲みたいと思っている。
「父上。紅茶に牛乳を入れると、味がまろやかになりますよ」
「何!?」
このままでも十分に美味しい紅茶が更に美味しくなるというのか!?
「レイモンド、ロードクロイツに戻ったら牛乳を使った紅茶を淹れてくれ!」
「・・・わ、分かりました」
父の食に対する貪欲さに苦笑を浮かべながらも、レイモンドは牛乳を使った紅茶───ミルクティーを淹れる事を了承するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「レイモンド。紗雪殿を見ていると、あるおとぎ話を思い出すのだ」
「おとぎ話、ですか?」
「ああ、白鳥処女伝説」
そう言ったランスロットは、レイモンドが淹れた紅茶を口に運ぶ。
白鳥処女伝説とは、白鳥に変化して地上に降りた乙女が自分の衣を奪った人間の男と結婚するという話だ。
後日談として、衣を見つけた乙女が夫と子供を捨てて天に帰るというのが主流だが、試練を乗り越えて結ばれるというパターンもある。
「・・・・・・確かにそうですね」
紗雪が天女の末裔である事と、天女の羽衣を持っている事を唯一知っているレイモンドは父の言葉に頷く。
「ですが、父上。紗雪殿は白鳥処女ではなく人間ですよ?」
「分かっている。ただ、二十歳を過ぎても未婚であるという事実が紗雪殿を白鳥処女と重ねてしまっただけだ」
(・・・・・・)
もし、紗雪がフリューリングのものを一切口にしていなかったら、どんな手を使ってでも元の世界に戻ろうとしたのだろうか?
(・・・篁の使命とやらを何よりも重んじている紗雪殿の事だから、元の世界に帰るのだろうな)
紗雪はフリューリングで築いたもの全てを切り捨てて自分の傍から消える。
そして、自分は心を満たされぬ、大きな虚無を抱えて生きて行く──・・・。
(白鳥処女の衣を隠した男も今の俺と同じ思いを抱えていたのだろうか?)
白鳥処女伝説は単なる作り話だと分かっていても紗雪が天女であるからなのか、レイモンドはふと自分と衣を隠した男を重ね合わせる。
(俺だったら・・・)
男のように乙女の衣を隠すのではなく、燃やすなり切り刻むなりして彼女を天に帰さない──・・・。
(そして・・・)
「!!」
(俺は何を考えているんだ・・・!)
そんな事をすれば紗雪を悲しませるだけではなく、恨みを買ってしまうではないか。
ランスロットの白鳥処女伝説という一言で、思わず紗雪を傷つけてしまう行為を脳裡に思い描いてしまったレイモンドは、自分が思っていた事を打ち消すかのように大きな溜め息を漏らす──・・・。
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