⑪豚の角煮-1-







 どういう理由か分からないが、異世界人は自分達と会話が出来るだけではなく文字が読める。


 だが、文字を書けるのかというと、そうではない。


 商人ギルドに登録した時、冒険者ギルドに依頼を出した時は受付嬢の代筆で何とかなったし、コントラ商会との取引の際は自分の名前の記入だけだったので、例えウィスティリア語やキルシュブリューテ語が書けなくても紗雪には支障がなかった。


 だって、紗雪は日本に戻る前提で行動していたから。


 しかし、美奈子から元の世界に戻る術はないと言われたのだ。


 紗雪自身は元の世界に戻る方法を探すのを諦めた訳ではないのだが、フリューリングで違和感なく過ごすには、この世界の常識や文字の書き方だけではなく、神話に伝承、生活習慣といった基本的な事を知る必要があるだろう。


 美奈子から事実を聞かされた次の日から紗雪はレイモンドの家に通いながら色々な事を教わっていた。


「・・・・・・何も知らない人間が今日までよく生きていられたな」


「魔法が一切使えないという理由だけで、ウィスティリア王国の上層部は何も教えてくれなかったもの」


 周囲の反応を見ながらこの世界の常識を学ぶしかなかったのだと、紗雪がキルシュブリューテ語の書き取りをしながらキッチンで圧力鍋に米のとぎ汁で下茹でした豚バラ肉と大根、生姜・醤油・砂糖・酒を入れているレイモンドに話しかける。


「実体験に勝るものはないとはいえ・・・」


 聖女召喚に巻き込まれた紗雪が美奈子のように戦いに縁のないOLという立場であれば、今頃どこかで野垂れ死にしていたはずだ。


 悪霊や妖怪という魔物と戦ってきた家系に産まれただけではなく、戦う術を身に付けた紗雪だからこそ異世界でも生き延びる事が出来たのだと言ってもいい。


「今日のお昼ご飯は豚の角煮?」


「ああ。以前、紗雪殿がお祖母様の為に、と言うよりお祖母様にせがまれて作ったあの料理だ」


 そういえば、そんな事もあったと紗雪は思い出す。





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