⑩篁家-2-







(開祖の母である紗霧は地上で生きて行く事を選んだ)


 彼女は夫である雅彰を、息子である雅臣を愛していた。


 だからこそ彼女は天女ではなく、ただの紗霧として生きる道を選べたのではないだろうか?


(私はどうすればいいのかしら?)


 芝生の上に座って、宝石を散りばめたかのように輝く星を眺めている紗雪は自問自答を繰り返す。


「紗雪殿!」


「レイモンドさん・・・」


 やって来たのは、レイモンドだった。


「隣、座ってもいいか?」


「ええ」


 紗雪の了承を得たレイモンドは隣に座り、ただ黙って星を眺める。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 数秒かも知れないし、数分かも知れない。


 忙しない現代日本とは違い、時間の流れがフリューリングではゆっくりと、だが穏やかなものだと感じるのだ。


「・・・レイモンドさん。私の話を聞いてくれますか?」


「・・・ああ。俺では紗雪殿が望む答えを出せないだろうが、誰かに話を聞いて貰うだけでも気持ちが軽くなる」


「子供の頃から修行をした結果、巫女となった私は篁家の人間として悪霊を祓ったり、妖怪を・・・フリューリング風に言えば怪物やアンデッド系の魔物を退治してきました」


 ウィスティリア王国の聖女召喚に巻き込まれた時も、自分は九尾狐とその一族との戦いを終えた直後という事もあり瀕死の重傷を負っていたのだと話す。


「紗雪殿?九尾狐は貴女の先祖が封印したのではないのか?」


 紗雪自身がそう言っていた事を思い出したレイモンドが問い質す。


「ええ。でも、先祖の霊力と霊剣・蜉蝣を以てしても空を駆ける事が出来る九尾狐を封印するのが限度だったのです」


 何故なら、九尾狐と戦ってきた先祖達は天女の羽衣を纏う事が出来ない男子だったから


「?」


 霊剣・蜉蝣と天女の羽衣が何なのか分からないレイモンドは疑問符を浮かべる。


「霊剣・蜉蝣とは妖怪・・・魔物と戦う事が出来る武器、天女の羽衣とは天女・・・神の娘とも神に仕えるとも言われている天界の女、フリューリング風に言えば天使の女性版と言えば何となくイメージが出来るのではないでしょうか?その血を引く女子にしか纏う事が出来ない飛天能力がある衣」


 家宝であり、地上にあってはならない神器があったからこそ、篁家の者は千年以上も妖怪と戦う事が出来たのだ。


「紗雪殿、その霊剣と羽衣とやらは手元にあるのか?」


「ええ。見せましょうか?」


 レイモンドがそれ等の存在を疑っているように感じ取った紗雪がマジックポーチから取り出す。


「これが、羽衣・・・?」


 紗雪の手にある長くて軽い薄い布は縫い目というものがなく、水面のように清らかで透明。そして、何より月の光のように淡く輝いている。それは言葉で言い表せない美しさだった。


「そして、これが霊剣・蜉蝣」


 鞘を抜くと、羽衣と同じように刀身そのものが一つの芸術作品と思えるほどに美しく、神秘的で透明な光を帯びていた。


「俺が使っている剣と形が違うのだな」


 レイモンドが持っているのは、ファンタジーもので目にする両刃のロングソードである。一方、紗雪が持っている剣は時代劇で目にする片刀の太刀だ。


「霊力がない人間や、中途半端な霊力しかない人間が霊剣・蜉蝣これを使ったら生命を奪われるけど」


「それってどう考えても呪いの剣じゃないか!!!」


「持つだけだったら何ともないわよ?それに、そこは霊剣・蜉蝣が使い手を選んでいると言って欲しいわ」


 慌てて霊剣・蜉蝣から手を引っ込めた後、ツッコミを入れたレイモンドに紗雪がツッコミで返す。


「剣が使い手を選ぶというだけでも、やっぱり呪いの剣だろうが!!!」


「・・・・・・言われてみれば、そうかも知れないわね」


 この事実は第三者であるレイモンドだからこそ気が付いたのであって、紗雪を含む妖怪退治を担っていた篁家の者が膨大な霊力の持ち主であるが故に気が付かなかっただけである。


「さ、紗雪殿の一族が魔物・・・妖怪と言えばいいのか?そのような存在と戦える理由が分かった」


(んっ?)


 使い手を選ぶ霊剣・蜉蝣、妖怪と戦ってきた篁の血筋、九尾狐を倒した


 レイモンドはある事に気付く。


「もしかして、邪神・サマエルを倒したのは異世界から召喚したという聖女のマリカ殿ではなく、紗雪殿・・・なのか?」


「ええ。私の手柄をウィスティリア王国が聖女と認定した近藤さん・・・マリカと、彼女の見た目に騙されている王太子のエドワードと騎士のギルバードが横取りしたという訳」


 そんな紗雪がウィスティリア王国にいる限り、真実がばれる可能性があるかも知れないので冤罪を被せて国外追放にしたのだと、お金様を稼ぎつつ元の世界に戻る方法を探していたのだと、これからどのように生きて行けばいいのか分からなくなったのだとレイモンドに打ち明ける。


「・・・・・・紗雪殿、俺の話を聞いてくれるか?」


「え、ええ・・・」


 暫くの間、星を眺めていたレイモンドが口を開いた。


「紗雪殿は以前に俺が言った事を覚えているか?」


「?」


「家を継げない貴族子息が宮仕えや婿入りではなく、職人や料理人になるって」


「ええ」


 貴族の次男や三男が別の世界を選んでいるという事実は紗雪にとってインパクトがあったので、彼女はそれを覚えていた。


「人生の選択は一つだけではなく無数に存在する。・・・元の世界では魔物を狩るハンターとしての生き方しか知らない紗雪殿に、それ以外の生き方を選べというのは難しい話だろうと思う」


 だが、時には休んで寄り道をするのも一つの手だ


「脇目も振らずに進んでいた時には見えなかったものが見えるようになるし、自分のやりたい事が見つかるのかも知れない」


「レイモンドさん・・・」


 紗雪の悩みは解決した訳ではない。


 しかし、聞いて貰っただけでも気分が楽になったのは確かだ。


(もし、私が篁家の人間でなかったら・・・)


 自分は、どのような人生を歩んでいたのだろうか?


(・・・・・・・・・・・・)


 巫女でない自分が思い浮かばない紗雪であった。







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