第8話 様子のおかしい友人②

 オルレード城の間取りを簡潔に説明すると、北棟、中央棟、南棟と三つの建物が連なった横に細長い造りとなっている。

 中央棟には舞踏会が開かれる大広間、執務室、王族の寝室等があり、南棟は主に使用人達の部屋、そして北棟には罪人を収容する牢屋があった。


 全身に金属の装甲を身に纏い、何気ない顔をして北棟へと侵入する。

 棟内には同じような格好の兵士が多数。

 向こうもベルナールも兜で顔を隠しているため、余程の事がない限りは王太子が紛れ込んでいるなど考えもしないだろう。


 ――確か隠し扉は拷問部屋にあったはず……。

 拷問部屋に入る道中に階段を下りた記憶があるため、おそらくは地下一階にあるのだろうと予測を立てる。

 加えて拷問など圧政時代ならいざ知らず、現代では滅多に行われないので自然とその周辺は人の出入りが少なくなるはずだ。

 人通りの少ない場所にある下り階段。朧気な記憶を頼りに、それがありそうな場所を歩いていく。

 時折後ろを見て、ジャスパーがきちんと近くにいるか確認しながら。


 兵士がカラスを連れているのは不自然なので、お互い少し距離を取って移動している。

 物陰に隠れながらついてきている友人の姿を視認し、また動きだす。

 そうして歩き回っていると、いつの間にやら辺りに人影がない廊下へとやってきていた。

 がらんとした寂しい空間の奥、壁が途切れた箇所がある。

 なんとなく近寄り難いその場所に進んでみると、目当てのものがあった。


 下り階段だ。

 ――ここがきっと。

 ジャスパーに手招きする。

「ここか?」

「たぶん」

 トテトテと近寄り再び肩に乗ってきた友人と短いやり取りをした後、薄暗い地下へと進んでいった。

 

 段数はそこまで多くはなく、程なくして鉄扉が顔を出す。

 扉の上部には鉄格子の小窓が付いていたので、そこから中を覗いてみる。

「……暗すぎてよく見えないな」

「任せろ」

 そう言うとジャスパーが光り輝く球体を出してきた。

 突然の発光物に目が眩む。何回か瞬きをした後、もう一度中を覗いた。


 今度はよく見える。

 磔台、鞭、縄、枷、アイアンメイデン――。その他人体を傷付ける事を目的とした器具が至るところに置いてあった。

「ここで間違いなさそうだな」

 目的の場所だと確定したところで、誰かに見られる前にさっさと中に入ることにした。


「で? どこにあるんだよ、隠し扉」

「そこまでは……。手分けして探すぞ」

 人間に戻ったジャスパーとともに室内を探索する。

 棚、壁、床、天井。一通り調べてみたが、それらしきものは見当たらない。

「ほんとにここで合ってるのか?」

「拷問部屋にある事は間違いないんだ」


 もっと詳細を思い出せないかと指で頭を軽く叩く。

 ――確か壁際にあったはずなんだが……。でも全部の壁も、そこに隣接した棚も調べたが何もなかったし……。

 記憶違いだろうかと辺りを見渡していると、ジャスパーがしゃがみ込みの床の一点を見つめていた。

「どうした?」

「いや、ここだけ少しへこんでるなーって」


 ベルナールもそちらに行って目を凝らす。

 友人の指摘通り、ほんの1センチ程度の段差だが床の一部が窪んでいる。

 どこまで続いているのかと目で追っていくと、出入り口から見て左の壁に設置されたアイアンメイデンに辿り着いた。

 ここでようやく気付く。窪みの幅とこの拷問器具の幅が同じであると。


 偶然ではない、何か意図があるのではとアイアンメイデンをくまなく調べる。

 手前に動かそうと試みたがびくともしない。重いからというよりは床にくっついている可能性が高い。

 前面の二枚扉を開くと、昔書物で見た絵と同じようにいくつもの長い釘が内部に向かって突き出ていた。


 隅々まで中見回すと、器具の底の方に僅かな出っ張りを見つける。

 怪我をしないよう注意を払いながら出っ張りに触れると、カチッと音がした。

 程なくしてゴゴゴと音を立てながらアイアンメイデンがゆっくりと前進する。


 驚きつつも二人は端に避け、壁を見る。

 器具がどいた先は石レンガ造りのアーチ状の出入り口。

 中を覗くと下へと続く階段が存在していた。

 光の球で照らしても、奥がどうなっているのか分からない。

 それほどまでに深く暗い階段。


 ジャスパーが再びカラスの姿になり、ベルナールの肩へ。

 ごくりと唾を呑み込む。

 ベルナールの予想が正しければ、この先に一つの部屋が待ち構えているはずである。

 しかし、先の見えない通路は何かもっと悍ましいものが潜んでいる気がしてならない。


 碌でもない妄想を払拭するために深呼吸を一つ。

 意を決して、恐る恐る深淵の中へと飛び込んでいった。



 光球の明かりを頼りに階段を下りていく。

 聞こえてくるのは自身の足音のみ。

「……そういえばお前、帰りはどうするんだ。飛んでいくのか?」

 沈黙に堪え兼ね友人にたわいのない話を振った。

「バッカ、んなことするかよ。そんな体力ないし、だいいち周り海だぞ」

 メイユは島国。四方は海で囲まれており、途中で休憩出来る場所など存在しない。

 数十キロの大海原を休みなしで飛び続けるのは無謀な行為だ。


「早朝に貿易船が出る予定なんだ。それに乗っていくさ」

「そうか」

 短い言葉で納得を示すと、今度はジャスパーが尋ねてきた。

「にしても、なんだって昔のお前はこんなとこ来たんだよ? 北棟の行くの止められてたんだろ?」


 言われてみればたしかに、どういう経緯で行く事になったのか、何故行こうと思ったのか。頭を巡らせてみたが、結局何も思い出せないまま最後の段差を下りた。

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