第7話 様子のおかしい友人①
「こ、この度は私の婚約者が陛下に大変なご無礼を働いてしまい、申し訳ありませんでした」
舞踏会の一週間前。昼下がり、オルレード城玉座の間にて。
玉座に座る
「顔を上げてください、ジャスパー殿。此度の件は貴殿に非はありませんよ。――それにしても残念でしたねえ、イネスとの婚約を破棄してまで愛する人と結ばれたというのに、こんな形で終わってしまって」
兄の言葉にジャスパーの肩がびくりと跳ねる。
フード越しに僅かに見えるリスディアの顔は微笑みを浮かべていたが、反して口から出た言葉は刺々しい。
擁護するつもりはないが、さすがに友人が哀れになってきた。ベルナール・オルレードは部屋の隅で二人のやり取りを見守りながらそんな感想を抱く。
“
しかしながら、実際はそんな単純な話ではない。
ジャスパーは元々別の令嬢と婚約を結んでいた。
それがイネス・レルネ公爵令嬢である。
彼女はオルレード先代王の姉の娘――要するにベルナールとリスディアにとっては
オルレード王家の血を引く令嬢とメイユの王子。国同士の繋がりをより強固とするために、この二人の結婚は重要な役割を果たしていた。
それを破綻させてまで選んだ令嬢が他国の王を襲おうとしたとなれば、パートナーであるジャスパーにも非難が集まるのは必然。
更にリスディアは昔からイネスの事を懇意にしていた。
セシルの強姦未遂は、ただでさえ可愛い従妹が蔑ろにされたと立腹していた彼に火に油を注ぐ事態であった。
「その件につきましても改めてお詫びを――」
「結構です。もう用件は済みましたね? 私も暇ではないので今日はもうお引き取りください」
これ以上は時間の無駄だと言わんばかりに、リスディアはジャスパーの言葉を遮って立ち上がる。
「待ってください! セシルに――セシルに会わせていただけませんか!? 帰る前にどうしても彼女の顔が見たいのです……!」
「テイト嬢はいま体調不良で面会出来る状態じゃありません」
「ど、どういうことですか!? 彼女の身に何が……。――あ、お待ちください! オルレード王!」
友人の質問に答えることもなく玉座の間を出ようとする兄に続いて、ベルナールも動き出す。
「ベル……!」
助けてほしそうに呼びかけてきたジャスパーに対し、足を止める事なく「諦めろ」とだけ返した。
その後は兄と一緒に執務室に籠り仕事に励んだ。
いくつかの政務を片付け、夜会の招待状の返事を書いている途中で夕食の時間となったため一旦中断。
普段から自室で食事を摂る兄に一緒に食べないかと誘ってみたが断られてしまった。
残念に思いながら食堂を目指す。
「――おいベル、ベルナール」
不意に聞き慣れた声がした。しかし周囲に人の姿はない。
「ここだよ、ここ!」
小さな声の発生源は廊下に置かれた花瓶から。生けてある花の中に、よく見れば黒い物体――カラスが交じっていた。
「……もしかしてジャスパーか?」
「そうっ、その通り!」
「お前、帰ったんじゃ……」
昼間、執務室の窓から従者とともに馬車に乗り城を出た場面を目撃している。
だからカラスの姿となって目の前に現れたジャスパーに対し、疑問と驚きが生じた。
「ああ、お前が見たのは幻術で作った偽物だ。従者を欺くためのな。どうしてもセシルに会いたくて、今の今まで城中を飛び回ってたんだが……。聞いてくれよ、どこ探してもいないんだよ!」
謁見を終えてから現在までかなりの時間が経っている。
友人があの令嬢に抱く感情は並大抵のものではないと窺える。
だが正直ベルナールには、何故彼がそれほどまでセシルに執着しているのか理解出来なかった。
学院時代からあの令嬢は悪評が絶えない。
多くの貴族の子息――なかには既に婚約者がいる者にまで言い寄り、身体の関係を築いていると有名であった。
はっきり言ってしまえば、あまり関わりを持ちたくない人物である。
ましてや婚約者にするなどもっての外。
「北棟には?」
「行ったさ! 貴人牢も普通の牢屋も確認した。でもどっちにも彼女の姿はなかったんだ!」
羽をバッサバッサと動かしながら訴える友人の言葉に、ベルナールは困惑げに眉を寄せる。
と同時に一つの可能性を見出だした。
それは一ヶ月前、まだ学院にいた頃。なんの前触れもなく蘇った昔の記憶。
長い階段を下りた先の建て付けの悪い豪奢な扉。
その奥の部屋、ベッドに眠る見知らぬ誰か。
その横で佇む兄らしき白い影――。
「まさかあそこに……?」
「心当たりがあるのか!?」
無意識に口に出していた言葉にジャスパーが食い付いてきた。
「なあ頼むよっ、俺をその場所まで案内してくれ!」
花瓶から出て床に着地し、カラスの姿のまま足に縋りついてくる。
「悪いが正確な場所までは……。北棟にある事は確実なんだが」
「実際にその場所へ行ってみたらなんか思い出すかもしんないだろ!」
「そもそも俺は北棟へは行くなと兄上から言われている」
「なんだよお前、十八にもなって兄貴に怒られるのが怖いのかよ!」
「お前だって昼間ビビってたじゃねえか」
怖いのは怒られる事ではなく嫌われる事である。
しかしながら、あの部屋がなんなのか気にならないといえば嘘になる。
もしかしたら記憶を取り戻す手がかりになるかもしれない。
「……分かったよ行ってやるよ」
「ほんとか!?」
礼を言いながらジャスパーが肩に飛び乗る。
このまま潜入してもすぐにバレるだろう。ひとまずは兵士に扮するために甲冑の保管庫へと向かった。
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