第2話 舞踏会

 季節は春、社交界真っ盛り。

 この時期は王都に貴族が集まり、毎日どこかしらで茶会やパーティーが催される。

 そして今宵、王城で国外の王侯貴族も招いた舞踏会が始まろうとしていた。



「今年もたくさんの人が来てくれたね」

 会場である城内の大広間。そこの二階ギャラリーで、リスディアは階下に集まっている人々を眺めながら嬉しそうに呟いた。


 いつも着ている白ローブ。今回、屋内の社交の場という事もあってフードは被っていない。そのため、いつもはほとんど隠れている長髪の全容が露わになっていた。


 ローブの下には、今日の為に仕立てられたこれまた白い服。

 ファッションには疎いのでデザインや色は全面的に仕立て屋に任せているのだが、毎回何故か白系統の服になる。


 ――プロによる見立てだし、自分にはこの色が一番似合うという事なんだろう。

 それに周りの評価もいつも高い。自分では分からないため、この二点でそういう事だとリスディアは判断した。


「王族の御息女や他国の貴族令嬢にも声をかけたんだ。この中にお前の気になる人がいればいいんだけど……」

 ちらりと横を見る。同じく大広間を見下ろしているベルナールは、案の定あまり興味がなさそうであった。


 189センチと上背の高い身体が纏っているのは紺を基調とした服。こちらも今日のために用意されたもの。茶色の短髪も綺麗に整えられており、元々精悍な顔立ちをより一層際立たせていた。


「皆俺よりも兄上と結婚したいと思ってますよ」

「えー、なんでそう思うの?」

「兄上の方が綺麗ですし」

「んー、たしかに中性的で美しいってよく言われるけど……」

 身内の欲目も入っているが自分とは対照的に彫りの深い顔は充分魅力的であると、リスディアは弟の顔をまじまじと見る。


 不躾な視線を不快に感じたのか、ベルナールはふいと顔を背けた。内心で反省してリスディアも正面を向く。

「それに私は結婚出来ない」

「兄上が病弱だからって、生まれてくる子供も身体が弱いとは限らないでしょう?」

「そうだけど、でもリスクは避けたいじゃないか」


 リスディアが危惧しているのはこれ以上王家から吸血鬼が生まれることであるが、そんな事実口が裂けても言えないので、表向きは病弱だからという事にしている。

 おかげでほとんど公の場に姿を現さなくても誰も怪しまない。


「残念ですね、兄上の子なら兄上と同じく美しく聡明な王になれるでしょうに」

「それこそ確定出来ない話だよ。賢い人間になるかは本人の努力次第だし。それに容姿が私に似るとは……ってこの言い方だと自分が美しいと認めてしまっているように聞こえるね」

 決してそんなつもりで言ったわけではないが、気恥ずかしくなり頬をかく。


「綺麗ですよ、兄上は」

 再び賛美を口にするベルナールにもう一度目をやれば、彼もまたこちらに顔を向けていた。

 微かにだが珍しく笑っている。普段は温度を感じられない銀の瞳を柔らかく細め、口は緩く弧を描いていた。


 中々お目にかかれない弟の笑顔に、僅かに心臓が跳ねる。

 身内でこれなら彼に好意を寄せている女性は卒倒ものだろうな、と思いながらリスディアもフフと笑った。

「その笑顔、ご令嬢達にも見せてあげなさい。きっと喜ぶよ」


「……笑ってましたか? 俺」

 どうやら自覚がなかったようだ。少し目を見開き、口元に手を寄せて確認している。

 その様子を愛らしく感じ、再び優雅に声をあげた。


「お二人とも、そろそろお時間です」

 背後から聞き慣れた声がする。

「ああ、ありがとうガスパール。それじゃあ、行こっか」

 振り返り側近のガスパールに礼を言うと、弟とともに所定の位置についた。


 ファンファーレが鳴り響く中、兄弟はゆっくりと階段を下りていく。リスディアは笑顔で、ベルナールはやはり仏頂面で。

 大広間に着くと、客の盛大な拍手に応え二人はお辞儀をした。

 こうして今宵も楽しい夜会になる――はずだった。



「正体を現せ! この化け物め!」

 多くの紳士淑女が集まる会場に、到底相応しくない声が響き渡る。

 次の瞬間、声の発生源である青年が、リスディアめがけて手に持っていた瓶の液体をかけてきた。

 突然の事態に避けることも出来ず、リスディアは真正面から液体を被ってしまう。


「兄上!」

 一拍置いてベルナールに抱き寄せられ、そのまま一緒に青年と距離をとった。

 その間に青年は兵士によって取り押さえられた。

 それでもなお、リスディアに対して憎悪の目を向けるのをやめない。


 青年は見知った人物であった。

 丁度一週間前に、度重なる吸血により命を落とした女性――姦通罪で捕まったセシル・テイト男爵令嬢の婚約者。隣国の王子、ジャスパーである。


「陛下、お怪我は?」

 ギャラリーで見守っていたガスパールが慌てた様子で駆けつけてくる。

「大丈夫。たぶんただの聖水だ」

 ジャスパーが所持していた瓶は、教会で販売している聖水を入れる瓶と同じであった。このことからそう判断したが、中身が入れ替えられている可能性があるので断定は出来ない。


「あの男、メイユの王子ではないか?」

「まあ……しらゆり王に無体を働いたあの令嬢の?」

「何故このような事を……」

「気が触れたのか?」

 一部始終を目撃していた客人達がざわめき出す。


「違うっ、俺はおかしくない! この男は吸血鬼だ! 俺の婚約者――セシルの血を吸って殺したのを見たんだ!」

 

 王子は衝撃的な事を口にする。何故彼がその事を知っているのだろうか、それともただの狂言なのか。

 どちらにせよ、周囲の人間は彼の言葉を信じていないようだ。どの人物も彼に向ける眼差しは冷たい。


「落ち着いてくださいジャスパー殿、私は吸血鬼ではありません。その証拠にほら、聖水をかけられてもなんともなってないでしょう?」

 リスディアは自分を守るように背中に腕を回していたベルナールから離れると、この場にいる全員に姿を見せるように両手を広げた。


 集中的に液体を被った顔は、白磁のような肌と髪が濡れているだけで大きな異変は見られない。

「そんな、何故……。本には吸血鬼は聖水を浴びると皮膚が焼け爛れると……」

 ジャスパーが項垂れる。

 

 そもそもの話、吸血鬼は架空の生き物として世の中では認識されている。だから生態や弱点は書籍によってバラバラで、実在する吸血鬼リスディアには当てはまらないものも多い。

 聖水がその内の一つだ。


「聖水が効かないのなら……なら……」

 ぶつぶつと呟くジャスパーは、兵士達の腕を振り払うと上着のポケットから銀の懐中時計を出し、リスディアに向けて投げてきた。


 今度は不意をつかれなかったので、リスディアは手早く杖を出現させた。

 全長二メートル、柄の先端がU字型になっている木製の木を軽く振ると、前方に透明な壁――魔法防壁が現れる。

「貴殿は少し頭を冷やしたほうがいい。――貴人牢に入れておきなさい」

 防壁にぶつかった懐中時計がカンッと音を立て床に落ちた後、兵士に指示を出し王子を連行させた。


「待ってっ、待ってくれ! ベルナール! ベルナール! 何故何も言わない! お前も見ただろう!? 北棟の隠し階段を下りた先の地下の部屋で、ベッドに繋がれたセシルの血をこいつが吸うのを!」

 兵士達に引き摺られながら叫ぶジャスパーの言葉を聞いて、思わず弟の方を見る。


 こちらと目が合ったベルナール。だがサッと逸らされてしまう。

 まるで何かを悟られる事を恐れるように。

「ベルナール……?」

 嫌な予感がじわじわと肥大していく。

 ジャスパーの話は地下室へと続くもう一つの道と、あの地下の出来事をひどく正確に描写していた。


 もし彼が本当にあの場で行われていた事を目撃していたら――?

 そこにベルナールも居合わせていたとしたら――?


「やめろジャスパー、俺を巻き込むな。だいいち、いるわけないだろう吸血鬼なんて」

 リスディアの懸念とは裏腹に、ベルナールはジャスパーに賛同するどころか対立した意見を述べる。

「お前……友を裏切る気か!? 隠し階段に手引きしたのはお前だろう!?」

「付き合ってられんな」


 呆れたように言い捨てて、ベルナールは階段を上っていく。

「待っ――」

 弟を呼び止めようとしたリスディアだが、客人を放置したままではいけないと思い直し一旦口をつぐんだ。

「すまないが舞踏会は中止だ。私は気分が優れないのでここで失礼する」


 彼らにそう伝えると、もう見えなくなってしまったベルナール同様に階段を駆けていく。

「オルレード王!」

 だが途中、メイユ国の王に声をかけられた。

 彼も、その隣にいる王妃も顔が青い。

 十中八九息子ジャスパーの言動が原因だろう。


「メイユ王、申し訳ありませんが話はまた後日に」

 今は弟に事情を聞きたい。その思いが先行していたリスディアは、二人を一瞥したあと足早にベルナールを追いかけていった。

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