第5話(4)水克火

「た、助かりましたわ、泉さん、お手を煩わせてしまって……」

「い、いいえ、どうぞお気になさらず……」

 泉が静かに首を左右に振る。

「しかし、あの噛みつきの強さ……」

「ええ、接近しての戦いは避けた方が良いかと思います」

「では……」

「離れた距離からの攻撃です」

「そうなりますわね」

 金が体勢を立て直し、泉と並んで立つ。

「よろしいですか?」

「はい」

 泉の呼びかけに金が頷く。

「それでは……参りますよ?」

「いつでもどうぞ」

「『水の矢』!」

「『金の矢』!」

 泉と金が印を結び、揃って、矢を放つ。

「! バウッ⁉」

 二人の放った矢は黒い犬に突き刺さった。

「やった!」

「いえ、まだです!」

 泉は金に警戒を促す。

「バウ! バウ!」

 黒い犬が吠える。金が舌打ちする。

「ちぃっ! 当たったのに!」

「二の矢、三の矢と射かけましょう!」

「ええ!」

 泉の声に応じ、金も再び矢を放つ。

「えいっ!」

「それっ!」

「!」

 黒い犬が身を翻して、泉たちの矢をかわす。

「! か、かわされた⁉ 素早い動き……!」

「金さん、今度は少し間合いと方向をずらして射かけましょう!」

「! 間合いと方向を……分かりました!」

 泉の指示を金はすぐさま理解する。

「ええいっ!」

 泉が水の矢を放つ、

「‼」

 黒い犬がそれを跳んでかわす。金が笑みを浮かべる。

「よくかわしましたわね……ただ……無防備!」

「⁉」

 金の放った金の矢が黒い犬の片目を射抜いた。

「どうです⁉」

「……バウウウウ!」

 黒い犬が逆上する。

「逆上している! 金さん、ご注意ください!」

「ええ! 分かっていますわ!」

「バウウ!」

 黒い犬が先ほどまでよりも素早い動きで、金と泉に接近する。

「むっ⁉」

「は、速い⁉」

 金と泉が揃って面食らう。

「バウ!」

「『金の盾』!」

「バウ⁉」

 金が再び金の盾を発生させて、黒い犬の突撃を阻止する。

「先ほどの反省を生かして、強度を格段に増しております! そう簡単には噛み砕けませんわよ! 泉さん! わたくしの後方にお下がりになって!」

「バウウウ!」

「なっ⁉」

 黒い犬が金の盾に噛みついたかと思うと、歯の間から熱風が吹きつけ、金の盾をあっという間に半分ほど溶かしてしまう。熱風をいくらか浴びた金はその場に膝をつく。

「こ、金さん⁉」

「ま、まさか……熱気で金を溶かすとは……」

 金が苦笑交じりに呟く。

「バウ! バウ! バウ!」

 黒い犬が残った金の盾をどんどんと噛み砕いていく。金が振り返って泉に告げる。

「い、泉さん! 貴女だけでも距離を取ってください! このままでは巻き添えを食らってしまいますわよ!」

「え、ええっ……」

 泉が困惑する。

「お困りのようだね……」

「あっ⁉」

 泉が驚く。自らの側に、手のひらほどの大きさの人の形をした紙がひらひらと舞って、それから晴明の声がしたのだ。泉が呟く。

「お師匠さまの式神……ご覧になっていらっしゃるのですね?」

「ああ、その人形の紙を通してね……」

「……お言葉ですが……随分とまた暇そうですね」

「雅趣に富んだ休日を過ごしていると言ってくれないか」

「それは結構ですが……なんでしょうか、冷やかしでしょうか?」

「違うよ。その黒い犬の対処法を教えてあげようかなと思ってさ」

「……いえ、それには及びません」

「ええっ⁉」

 式神が驚きのあまり、自らをヒラヒラとさせる。

「一瞬戸惑いましたが、見当はつきました……私の術が有効なのでしょう?」

 泉が問いかける。

「あ、ああ、そうだ……一応説明だけはさせてもらおうか……おほん、あれは火の属性だ……ということは泉、水の術を扱える君なら克つことが出来る……! 『水克火』だ!」

「……今はそのご説明を聞いている時間すらも惜しいです」

「あ、そ、そうかい……」

「ご助言については感謝します。ただ、もっと早く教えて頂ければ、余計な被害は出なかったかと思いますが……その辺についてのお説教は後でたっぷりと……」

「う、うむ……」

「さてと……」

 泉が前に歩き出し、黒い犬に近づく。金が慌てる。

「い、泉さん、危ないですわよ⁉」

「いえ、大丈夫です……」

「え?」

「『滝流れ』!」

「⁉ バウウ⁉」

 泉が印を結ぶと、滝のような激しい強い水の流れが発生する。泉はそれを操って、黒い犬の大きく開いた口目がけて流し込む。大量の水を飲み込むようになった黒い犬は溺れた形になり、それに耐えきれずしばらくして霧消する。

「ふう……」

「いいぞ、泉。見事だ……どうだろう、説教の件は水に流してはもらえないかな?」

「水で濡らしてしまいましょうかしら……」

 泉が紙の式神を睨みながら小声で呟く。

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