第5話(3)黒い犬

「こ、これは……」

「泉さん、距離を……」

「え、ええ……」

 金の指示に従い、泉が金とともに、黒い犬から距離を取る。

「……」

 金と泉を認識した黒い犬がゆっくりと接近してくる。

「! お、大きい……」

 泉が息を吞む。

「単純な大きさだけではありませんわね……」

「ええ、迫力があるというか……」

 金の呟きに泉が反応する。

「遠目でも大きいとは思いましたが……」

 金と泉は気持ち見上げるように黒い犬を見つめる。

「おそらく……」

「なんでしょう? 泉さん」

「推測の域を出ませんが……」

「構いません、お考えをどうぞ」

 金が泉を促す。

「妖力……もしくは霊力のようなもので己の姿を巨大化させているのかと……」

「ほう……」

「あくまでも推測ですが……」

「いえ、泉さん、その推測はあながち当たっているかと思いますわ」

「そ、そうですか?」

「ええ、この醸し出されている――わたくしたちがひしひしと感じている――迫力は妖力や霊力の類でないと説明がつきませんもの」

 金が黒い犬を指し示す。

「すると……」

「ええ、あの黒い犬が今回退治すべき妖でしょう」

「ふむ……」

 泉が顎に手を添えて頷く。

「いかがいたしましょうか?」

 金が泉に問う。

「まずは……出方を伺おうかと」

「ふむ……」

「慎重過ぎますか?」

「いえ、無難なご判断かと」

 金が頷く。

「………」

 黒い犬が金と泉を交互に見比べる。やや時間が経過する。

「……そろそろ来ますわ」

「え、ええ……」

 金と泉が身構える。

「……!」

 黒い犬が走り出す。

「来た……!」

「こ、金さん!」

「バウ!」

「『金の盾』!」

「!」

 金が印を結び、自らの前に発生させた金の盾に、黒い犬は突進を阻まれる。

「まずはわたくし狙いとは、なかなか見る目がありますこと……」

 金が自らの緊張をほぐそうと軽口を叩く。

「バウ! バウ!」

「変わった鳴き声……」

「泉さん?」

 泉があらためて黒い犬を確認する。

「犬……ではあるのでしょうが……珍しい犬種ですね」

「と、いうことは……?」

「そういうことかと」

 金の目配せに泉が頷く。

「まあ、犬ならば対処のしようはありますわね……」

「バウ‼」

「なっ⁉」

 黒い犬が金の盾を思い切り噛み砕く。驚いた金が無防備な体勢を晒してしまう。

「バウウ!」

「金さん⁉」

 黒い犬が金に勢いよく飛びかかる。しかし、次の瞬間……。

「バ、バウウ……?」

「こ、これは……?」

「さ、さしずめ『金の骨』ですかね……犬は好きでしょうから……」

 仰向けに倒れ込みながら金が呟く。大きな金色の骨を発生させて、黒い犬にしゃぶらせ……いや、噛ましたのだ。縦にした骨を口に突っ込まれ、黒い犬は明らかに困惑している。

「な、なんと……」

 泉も目の前で繰り広げられている光景に困惑する。

「さてと……」

 金が体勢を立て直す。

「金さん! 一旦距離を取って……!」

「いいえ、ここは攻めの一手あるのみですわ!」

 金が泉の呼びかけを拒否する。泉が驚く。

「ええっ⁉」

「『金の剣』!」

 金が金の剣を発生させ、右手に持つ。

「バ、バウウ……」

 黒い犬は自らの口に挟まったような金の骨の扱いになおも戸惑っている。

「隙有り!」

 金が斬りかかる。

「バウウ‼」

「……なっ⁉」

 黒い犬が金の骨を噛み砕くと同時に、その鋭い歯でもって、金の振るった、金の剣を受け止めてみせた。金が驚愕する。

「……バウ!」

「ぐっ……」

 黒い犬は金の剣も噛み砕こうとする。金が両手で剣を持って、それを防ごうとする。

「…………」

「……………」

 黒い犬と金は一瞬睨み合う。

「……バウウウ!」

「ああっ!」

 黒い犬が金の剣を噛み砕く。金は体勢をわずかに崩す。

「……バウウ!」

「ちっ……」

「金さん! 『水環』!」

「‼」

「⁉」

 泉が印を結んで、急な水の流れを発生させて、その流れに乗り、金の体を引っ張って、黒い犬から引き離す。二人は黒い犬からそれなりの距離を取った。

「あ、危なかった……」

 泉はほっと胸を撫で下ろす。

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