41,幻聴

二〇一二年七月二十二日 深夜。

アパート「フシタカ荘」二〇一号室


メルクリウスの戦いから丸一日が経過した。しかし、あれから黒坂先輩から連絡がとれないでいる。ヤツを倒した直後、グレイスという女性の言葉で「後は任せる」と言い残し去ってしまった。


何も説明されていないあの5人。他の先輩たちも知らない人物だったとの事だった。更に、数少ない会話からでもかなり親しい間柄だと分かる。


ここ数日、現実から大きく逸れた生活を送る事で、今更ながらとある事に気付く。それは、彼女が自身の事を「海賊」と名乗ったことだ。


冷静に考えて、巨大企業のご子息と犯罪集団に親交がある事って問題ではないのだろうか?そもそも、海賊とは何だ?


どこかの漫画じゃあるまいし、このご時世で海賊というのが成立するのだろうか?仮に、それが成立したとして、神と名乗るヤツよりも強い海賊とは、一体何なのだろうか?


疑問と不安が募る一方で、直接ではないが爺ちゃんの仇を討つことが出来た。それが嬉しかった。


――ホントに?ホントに嬉しいか?


「え?」


今、何か聞こえたような?


自室の周囲を確認するも、窓は開いていないし、今、江も希ちゃんの家に泊まっているので俺1人。つまりは、聞き間違い?疲れがまだ残っているのかも。


(いいや、聞き間違いではないよ)


「だ、誰だよ!?」


(誰?その質問はおかしいな。何故ならば――)


――この声は、“オマエ”のモノだろ?


確かに、聞こえてくる声は、紛れもなく自分自身の声だった。


「じゃあ何か?自分の声が幻聴として聞こえている訳か?」


(察しが悪いな。もう少し、冴えていると思ったが――)


幻聴の癖に、随分と上から目線だな。


(自身と問答するとして、対等な立場。若しくは、己を肯定するのなら、問答をする必要性などあるのか?)


ほら、やっぱり。これは疲れからの幻聴だ。オマエ自身が認めた。


(僕は「自身と問答するとして」しか言っていない)


「僕?」


これまでの人生において、自身の一人称を「僕」と言った事はない。


(そうそう、自身の記憶にない事を幻聴は、呟かない。まあ、僕は自身の幻聴を聞いた事ないから知らないけど)


だとしたら、オマエは一体何なんだ?


(そうだね。一言では説明しにくいが、君の中の違和感を知る者という表現が一番的確な表現かもしれない)


「違和感を知る者」


(君はあの黒電話の受話器を取ってから、全て変わった――そう思っていないか?)


「だったら?」


実際、あの電話を取ってから、世界は180度変わってしまった。未来の娘の声を聞いて、不思議なサークルに入って、神様と戦って――。


不思議な――いや、混沌の世界に放り出された気分だった。まあ、嫌な事ばかりではなかったけど――。


(ホントに?)


「違うのか?」


(君は自分の両親や、祖父について、異質だと思わないか?)


確かに、錬金術というモノは、世間的には普通ではない。だが、それぐらいしか――。


(設定を誤ったか。いや、高くして余計な事をされるよりかは――)


「設定?一体何の話だよ!」


(物事には、ある程度疑問を持った方がいい。でないと、オマエは知的生命体ではない動物と一緒だぞ?)


「随分と強い言葉だ」


(事実だ。錬金術、母の死、祖父の死、賢者の石、オカルト研究第七支部、そして神。それが偶然用意されたモノだと、本気で思っているのか?)


「ちょっと待て、他のはともかく、母の死って?母さんは病気で亡くなったって――」


(では、何と言う病気だ?)


「そ、それは――」


(何も知らない。そう、何も知らなかった。祖父の死も――)


「いやいや、それは父さんだって知らな――」


脳内の言葉を否定したかったが、一つの疑問が脳内に浮かび上がり、言葉が自然と止まってしまった。


――爺ちゃんは、父さんの父さん。


つまり、父さんが一般人である事は、本来ある筈もない。更に言えば、母さんはどうやって父さんと結婚に至ったのだ?


爺ちゃん経由?いや、たとえそうだとしても、自身と遠く離れた別次元の人間と恋仲に、ましてや結婚までに発展するのだろうか?


(ようやく、疑問を持ったな。昔から思っていたが、人間の多くは疑問を持たな過ぎる)


「今、人間って――」


(はは、それは見逃さないのか?自分たちの事になると敏感に反応する)


「オマエは一体――」


トルルルル、トルルルル、

トルルルル、トルルルル。


急に携帯の着信音が、流れだす。その途端に、幻聴も大人しくなった――気がした。実際、現状に対する反応がない。


頭を掻きつつ、携帯に手を伸ばし、相手が誰かを確認する。


「父さん?」


先程の会話を何処かで聞いていたかのようなタイミングに、不気味さを感じつつ、俺は電話にでた。


「もしもし?」


「ああ、薫。すまないな。今、大丈夫か?」


「問題ないよ」


「そうか」


声は、いつもの通り穏やかなトーン。俺に電話をしてきた理由は、定期的な連絡と、爺ちゃんの店が崩壊した件だった。


事前に和樹先輩からの助言により、こちらはとにかく何も知らない素振りで、何とか通す事にしたものの、成り行きで来週に島根へ向かう事となってしまった。


だが、その会話から最初の不気味さは消えていた。ま、さっきの会話は、偶然の何物でもない訳で、気にする必要などない――ない筈なのだが――。


「なあ、父さん?」


「どうした?」


「母さんは、何故死んだの?」


「急にどうした?」


「いや、爺ちゃんの事があって、そう言えば、聞いた事がなかったなぁ~って」


「そうか」


少しの沈黙の後「今度会った時に話そう」と、言われ、そのまま、電話を切ったのだった。



東京 高層ビル某所。


机と椅子とパソコン。そして、ソファーが1つしかない簡素な部屋に、男女が1人ずつ居た。


男性は椅子に座りながら誰かと通話をし、女性はソファーに寝転がりながら、煙草を吸っている。男性は通話が終わったのか、耳から携帯を離すも険しい表情を浮かべていた。


「どうかした?」


女性は男性の表情を見ていないにも関わらず、相手の変化に気付いたのか、彼に問いかけた。


「どうやら、予定よりも事が早まっているようだ」


「何故、そう思うの?」


「あの方が言っていたのだ。自身の復活のキーは、“母親の死の言及”だと」


「そ、であるならば、この“箱”の出番も近いのかしら」


彼女は、床に置いてあった長方形の黒い箱に触れた。


「いや、それはまだ先だ」


「あっそ。それよりも、いい加減退屈なのだけど、どうにかならない?」


「君の役目が始まるのは、十年以上先の事だ。もう少し――いや1つ頼みたい事がある」


「何をすればいいの?“ヨハン”?」


「君はまだ、世間に存在していない。だから、あの方の護衛を頼みたい」


「つまり、あのメンバーの一員になれと?」


「そうだ“カテリーナ”」

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